39再婚
「来週から、後妻を迎えることになった」
いつも通りの穏やかだった朝ごはんの席。
リュクスくんと私と一緒にテーブルを囲んでいたお父さんが、とつぜんそんなことを言いだした。
「はっ!?」
私はびっくりするあまり、フォークを落としてしまい。
「ごさい……あたらしいははうえかぁ」
リュクスくんはスクランブルエッグをもぐもぐ食べ続ける。
食べにくいのかぽろぽろテーブルクロスに落ちていた。
さらにトマトソースが口の横にも服にもついていたりと惨事になっているが、本人は美味しさにごきげんでどんどん口に詰め込まれていく。
でもあれ? どうして驚いてるのが私だけなの?
リュクスくんのお母さんが亡くなってから、まだ半年しか経っていない。
リュクスくんは夜になると度々お母さんとマリーさんを呼びながら泣いているし、お父さんも日に一度は飾ってある絵姿を眺めて切なそうにしている。
お母さんの部屋の前で立ち止まって、涙ぐんでいる使用人さんも何度か見かけた。
この屋敷の中にはまだ痛みが残ってる。
なのにもう後妻を迎えるなんて、早すぎると思う。
「ど、どうしてこんなに突然!?」
「うむ。相手は伯爵家の令嬢なのだが、ぜひにと頼まれてな」
「頼まれたから……? そんなにあっさり?」
「あっさりでは無いよ、シンシア。わがハイドランジア公爵家と隣接していて、交易のさかんな領地だ。繋がりを強くしておいて損はない。互いに利益のある縁談だと判断した」
「なにそれ」
利益があるから結婚する。
そんな結婚、本当にいいの?
私は隣のリュクスくんを改めて振り返ったけれど、リュクスくんは「あたらしいははうえ、なかよくなれるかなぁ」なんて無邪気なことを言いながら、さらに口をミートソースでべちゃべちゃにしている。
あぁ、服も真っ赤になっちゃってる。
なんだか……いきなりの再婚に抵抗があるのは私だけみたい。
私の感覚が変なのかな。
「ねぇリュクスくん」
私は体ごとリュクスくんのほうをむいた。
きょとんとした顔でこちらを見上げた彼に、真面目な顔をして尋ねてみる。
「どうして、ビックリしないの。嫌じゃないの? 新しいお母さんだよ?」
もしかすると彼が無理をして平常にみせているのではないか。
そんな心配がわいて、緊張しながら様子を伺った。
でもリュクスくんは青色の瞳をぱちぱち瞬いたあと、不思議そうにこてんと首を傾げてしまう。
「どーして? いやじゃないよ?」
あれ、全然予想と違う反応だ。
「え、えっとね。リュクスくんのお母さんが居なくなってまだ半年くらいしか経ってないのに、その同じ立場に知らない人が来るの、嫌じゃないのかなっておもったの」
「うーん?」
リュクスくんはフォークで刺したウインナーを頬張って、もぐもぐ咀嚼して、呑み込んだあと。
「ははうえと、あたらしいははうえ、べつのひとだよ?」
「う、うん」
「いっしょじゃないよ?」
「うん。……そう、だけど。でもね、でも、お父さんに新しい好きな人が出来るの、いいの?」
「すききらい、かんけーないよ?」
「え……」
「シンシア、貴族の婚姻は互いの家の利益になるか否かだ。恋愛結婚も世にないわけではないが、さすがに公爵家の家督という立場である私が、個人の好みで相手を選ぶことはないよ」
「そ、そうなの?」
リュクスくんもお父さんも、まるで私の考えがおかしいみたいな反応だ。
「竜は互いのフィーリングでつがいを決めるというから、シンシアには難しい感覚かもしれないな」
私が竜だからっていうわけじゃないと思う。
身分というもののない、日本人の感覚が政略結婚はよくないもの、みたいな気持ちにさせるんだろう。
でもリュクスくんにとってもお父さんにとっても結婚に恋心は必要ないものらしい。
少なくとも私にはリュクスくんのお父さんとお母さんは、相思相愛にみえていた。
でもその時に結婚した相手と気が合っただけ、というたまたま結果が良かっただけなのだろうか。
文化の違いってこういうのを言うのか。
「納得するしかない……のかなぁ」
「シンシア、ういんな、おいしいよ」
「うん。食べる。リュクスくんはブロッコリー食べてね」
「いーやー」
仕方ない、今度はブロッコリーを使った何かをつくろう。
細かく刻んでクリームシチューに入れちゃうとかどうかな。
味は誤魔化せるとおもうけど、緑が見えちゃうとだめかな。
テーブルに向き直って食事を再開してからも、私はブロッコリーの活用方法を考えると同時にもやもやした気分を抱き続けていた。
結婚は好きな人と好きな人がずっと一緒になるためにするもの。
そんな感覚は、この世界では捨てるべきなのだろうか。