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38いらない子




 しばらく風に吹かれていると、ふと眼下にある赤い屋根の屋敷に人影を見つけてしまった。

 

 その人影は、今夜も真っ黒なローブを頭からすっぽりかぶっている。


「きゅ」


 あ、見ていたのに気づかれたらしい。

 こちらを見上げた彼に、手招きされた。


 私たちは毎週、花の日に会う約束をしている。

 とは言ってもまだ一ヶ月くらいなのでここで会った回数は全部合計しても五回程度だ。

 いつも美味しいお酒をもってきてくれるので、楽しみにしている。

 けれど今日はまだ水の日。

 約束している日ではないのに、彼はそこにいた。

 ちなみに一週間は月、火、水、木、花、闇、光の七日間で出来ている。


「きゅう?」

「花の日ではないのに、ここにくるのか」


 たまたま空から見えたから、下りてきただけだよ。


「きゅう」

「竜に空を飛ぶのを禁じるのは出来ないと分かるが、それでもあまり遠くに行かないようにな」


 はいはい、公爵家の人にも飽きるくらいに言われているよ。

 知らない人にはついていかない。

 飴をくれるって言われても貰っちゃダメ。

 下町は治安が悪いから地上に降りちゃダメ。

 

 ちゃんと実行してるよ。私は良い子な赤ちゃん竜なので。

 会ったことないけど護衛も付いてるらしいしね。


「きゅう」

「……? どうした、大人しいな」

「きゅ?」


 別に? 普通だよ。

 どこからどう見てもいつもと一緒でしょ。


「何を言ってるか分からん。ほら」


 カインはローブを外して、膝に私を乗せるとそれでぐるぐるに巻いてくれた。

 人間になって会話が出来るようにしろということなんだろう。

 意思疎通が図れないのは面倒なので、さっそく「人間になーあーれー!」と唱えて人間になる。


「……別に、何もないよ?」


 流れで膝に横抱きで乗せられたまま見上げると、カインは不満そうな顔をした。

 

「嘘つけ」


 ほっぺを摘ままれて、思いっきり引き伸ばされる。


「いひゃい! ひゃめてよぉ!」

「そんな分かりやすく落ち込んどいて何もないなんて言うからだ」

「だって、別に何もないし――いたいっ!」


 ほっぺを解放されたかと思ったらデコピンをくらった。

 

「暴力反対!」

「シンシア……」

「う」

 

 見つめて来る真剣な目に、私はだまり込んでしまう。

 そのまましばらくの沈黙が流れた。

 私が話したくなるのを、待ってくれるつもりなんだろう。

 


 ずっと待ってくれしまうから……――しばらくして、私はうっかり。

 ぽろっと、小さな声で漏らし始めてしまう。


「……別に、そんなにたいしたことないんだけど」

「けど……?」


 先を促されてしまって、気まずさに少し視線をずらした。


「……今日…ね、魔法の訓練をしたの。リュクスくんと一緒に」

「竜が魔法の訓練? おもしろいな」

「やっぱり珍しいの?」

「珍しいというか、言葉を話す竜がいないから。そもそも人間の講師がつくことがない」

「まぁ、そうだよね。それでどんな赤ちゃん竜でもある程度は魔法使えるんだよね?」

「あぁ。火の玉を吐き出したり水を出した度の初級なら、生まれてすぐからでもするらしいな。難しい魔法は成長にしたがって使えるようになるようだが、勉強して覚えている様子はないから本能で知っているのだろう」

「でも私は……できない。そんな本能ない。やり方が分からなかった」

「………」

「そのうえ、人間の先生に教えてもらってもできなかった」


 ローブの中でわたしは無意識に膝を抱えて、背を丸めてそこに顔を押し付けていた。

 カインが背中を腕で支えてくれているから、ちょっと不安定な姿勢だけど大丈夫。


「空も……飛べたのはずっと遅かったし。今も魔法は使えないまま。竜としては劣等生で、だから私はお母さん竜に捨てられた―――そうでしょう?」

「断定はできない。なにか事情があったのかもしれん」

「でも一番可能性の高いのは、いらないから捨てたって理由でしょ」


 カインが、膝に押し付けていた私の顎を掴んで顔を上げさせた。

 こんな泣きそうな顔、見せたくなかったのに。

 

「……私ね、前世でも捨て子だったの」

「そうなのか」

「そう」


 どういえばいいのか迷っているみたいなカインの顔に、思わず小さく笑いが漏れた。泣きそうなのに、口元があがる。


「前世では生まれて直ぐに公園に置き去りにされて、父親も母親もいっさい分からなかったらしいよ。今世と一緒だね」

「恨んでいるのか」

「ううん。ただ―――ただ私はとことん親に恵まれない運命なんだなぁと……ちょっと思ってしまって、悲しくなってしまったの」


 ほとんどの子には当たり前にいる親という存在が前、世も今世も私にはいない。

 お母さんがいるってどんな毎日なのだろう。

 お父さんがいるってどんなに心強いのだろう。

 何をしても絶対に守ってもらえると断言できるほどの味方がいるって、どれほど安心できるのだろう。

 何の遠慮も無くとことん甘えられる存在があるって、どれくらい幸せなんだろう。


 そんな親ばかりじゃないと否定する人もいるだろう。

 でも、どうであれずっと親なしの私には親がどんなものかがわからない。


 欲しいと憧れはしても、絶対に手に入らないものだ。


「ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「嘆いたって欲しがったって、どうにもならない。ただ困らせるだけなのに」


 愚痴ったって相談したって、ただただ困らせるだけなのに。


「探そうか。お前の親竜のゆくえを」

「いらない」


 たまの夜だけの付き合いだから。

 いつもの『日常』にカインはいないから、何をもらしても私の『毎日』の生活は変わらないから、つい漏らしてしまったんだ。


 そうだよ、私には味方がたくさんいる。

 親にとっていらない子なのは寂しいけれど、それはもう仕方が無い。

 受け入れて、これからの竜生をやっていくしかないんだ。

 割り切れないほどうじうじした性格ではないし、ワガママでもないつもり。


 ――でもやっぱり、今はしくしくと胸が痛むので。

 今ここにあるあったかいものについすり寄った。


「……」

「……ふ。私にここまで遠慮なく甘えて来るなんて、お前くらいだな」


 そう言いながらもカインは私をすっぽり包んでくれた。

 思わずほぅっと息が漏れてしまう。

 手で背中と頭を交互に撫でられると、くすぐったいのに心地が良くて、どこよりも安心できて、全身から力が抜けた。

 すっかり気を抜いてしまった私はいつの間にか、そのまま意識を手放していた。





 「――――きゅう?」


 目が覚めると、竜に戻っていた。

 そして見知った黒いローブにぐるぐる巻きにされた状態で、ハイドランジア家のリュクスくんの眠る隣で眠っていた。

 



* * * *



――カイン視点――




 空に浮かぶ月明かりの下。



 風魔法で屋根から屋根を跳び、馬よりも早く駆けてきた先は、シンシアが拾われたという郊外の草原だ。

 小さな川が流れ、ほどよく自然に触れられる場所。

 ここは王都に住む貴族にとって、定番のピクニックや遠乗りに使われるところとして有名だった。


「普通は、こんなところに野性の竜はいないんだが」


 竜が生息するのはもっと自然の多く、人里の離れた場所。

 あとは王城に数匹の竜と竜騎士がいるくらいで、普通に王都で暮らしていて出会う生き物ではないはずだった。


「ここで、赤ん坊の竜がおいて行かれた……?」


 住処よりずっと遠いこの場所へ、わざわざ捨てにきた?

 飛行中にうっかり落としたとしても、拾いに来るはずでそのまま置いてきぼりはありえない。

 

「わからんな。シンシアが捨てられた決定的な理由が浮かばない」


 ここにくれば何か手がかりが見つかるかもと思ったけれど、何も怪しいところはないただの草原だった。


 さっきの……シンシアの、不安そうにする顔を思い出すとザワリと胸が騒いだ。


 親竜を、どうにかして探し出したい。

 これ以上あんなふうに泣かせたくない。


「いらなかったから捨てたなんて、あるはずが……ないだろう」


 確かに一番の理由の可能性としてあり得るものではある。

 だが、きっと違う。

 何かどうしようもなかった理由があるはずだと、そう思いたかった。 

 それを調べて、教えて、安心させてやりたかった。

 あんな顔はもうさせたくないと、強く思った。



 唯一、私を王子として扱わない彼女の存在は、私の中で思いのほか大切なものになっていたらしいと、自覚してしまった。


 


 


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