35私たちの先生
そんなわけで一週間がたち、私たちがフィ……なんとか先生に魔法を教わる日が来た。
「よろしくお願いします! フィー先生!」
「フィーせんせい、おねがいしますっ」
「早速あだ名をつけていただけるとぉは嬉しいですねぇ。よろしく、シンシア様、リュクス様」
私に影響されたリュクスくんもフィー先生呼びになっているけれど、特に気にしないでくれる朗らかな先生でよかった。
フィー先生は魔法というよりも魔法教育で有名らしく、子どもの扱いにも手慣れているらしい。
五十代くらいの男性で、にっこり笑顔に笑いジワが浮かぶ優しい雰囲気の人だった。
でも私はなによりも、フィー先生の特徴に目を奪われていた。
「フィー先生! 髪綺麗ですね!」
「髪ですか? 有り難うございまぁす」
フィー先生の髪はモスグリーンとかいうのかな、温かみのある緑色をしてていて初めてみる色だ。
しかもしかも、なんと耳が尖ってる。肌は褐色。素敵すぎる。
「フィー先生! 先生はもしかしてエルフなんですか!?」
「ダークエルフという種族でぇす。この辺りではぁ珍しいかもしれませんね」
「ねぇ、えるふってなぁに?」
「たぶん人間より魔力が強くて魔法が上手い種族のことだよリュクスくん」
前世のファンタジーな話ではそんな感じだった。
でもこっちではどうだか分からないなとフィー先生の方を伺うと、私の知識は間違ってなかったらしく笑いジワを深めて頷いてくれる。
「その通りでぇす。とはいっても群を抜いてずぅばぬけているというほどでもなぁく、修練を積んだ人間でぇもエルフより魔法に優れた者はたぁくさんいまぁす」
「そうなんですね」
この辺りでは珍しい種族ということは、先生は遠いところからこの国にきたのかな?
少し独特なイントネーションが入った話し方だしね。
この世界の言葉は一つしかないようだけれど、地域や国によって独特のイントネーションや方言みたいなものはあるらしい。
だから外国の人相手でも会話は成り立つけれど、少しだけ違いあったりはするんだって。
フィー先生は外国の人なのに魔法教育者としてこの国で有名で、しかも公爵家嫡男という立場のリュクスくんの先生も任されるほど。
つまり本当に優秀で、信頼もされているすごいダークエルフなのだろう。
「――――でぇは、そろそろ始めましょうかぁ」
「はい。よろしくお願いします」
「おねがいします」
リュクスくんと一緒に、私はそろってぺこりと頭をさげた。
私たちのいるのはリュクスくんが普段家庭教師の先生を呼んだ時に使っている勉強部屋だ。
黒板があって、それに向かい合うように子供用の机といすが二つ並んでいる。
渡された教科書のどこを開くのだろうと待っていたけれど、先生からの指示は意外なものだった。
「教科書はいりませんよぅ」
「え?」
「いらないのー?」
「はい、まぁずは外に出てみましょう」
首を傾げる私たちに、フィー先生は腰を落として視線を合わせながらにっこり笑う。
「教科書を読んでの勉強なんていつでもできまぁす。それに最初から堅苦しい感じだぁと、嫌気がさしてしまいまぁすから。さきぃに実践で簡単な魔法を使えるようになってしまいましょーう。二人で屋敷のお庭へ私に案内してくれるでしょうかぁ?」
「ぼく、あんないする! きれいなおはな、せんせいにおしえてあげるっ」
「それは嬉しいでぇすね。よろしくお願いしまぁす」
リュクス君が乗り気になった様子に、私は感嘆した。
フィー先生、さすが子供の魔法教育で有名なだけあるよね。
たった四歳の子供が机に座って集中できる時間なんてたかがしれているし、リュクスくんはそもそもが勉強嫌いだ。
私が一緒だからと魔法の授業は少し楽しみにしていたけれど、勉強自体にはあまり乗り気ではなかった。
きっと小難しい座学から入っていたら、彼はますます苦手意識を持ってしまっていただろう。
初めは外で気楽に、散歩を交えてというやり方は、とてもいいと思う。
本当に彼は優秀な先生なんだなと、この時点で納得してしまった。
それに私だって、座学で教科書とにらめっこするよりも、早く実際に魔法を使ってみたい。
先生の提案はとても魅力的で、わくわくする。
「はいっ、フィー先生! 私は池の魚を教えてあげるね、青色でキラキラしててとっても綺麗なんだよ!」
「それはいいでぇすね。ぜぇひ」
「それからお散歩のあとは魔法見せてね」
「ぼくもっ」
「えぇ、もぉちろん」
先生が出してくれた左手にリュクスくんが、右手に私が手を伸ばしてみんなで繋ぐ。
そのまま三人並んでお喋りしながら、私たちは賑やかに庭へとでるのだった。