34魔法使いになります
「きゅーう」
「ごろーん」
右にごろっと転がると、隣にいるリュクスくんもごろっとついて来る。
「きゅーう」
「ごろごろーん」
左にごろっと転がると、またもやリュクスくんも一緒にごーろごろ。
お昼前、庭の木陰で過ごすのんびりタイム。
こもれびと緩やかな風が気持ちよくて、土と草の香りにほっとする。
「シンシア、あきたよう」
「きゅーう」
私は三日はひたすらやり続けられるよ。ごろごろ最高。はい、ごろーん。
「おいかけっこしよーよーう」
「きゅーう」
今はだらだらしたいのです。はい、次は左にごろごろーん。
「つまんなーい」
「きゅーう」
「もー!」
不満そうな声を右から左へ聞き流しつつ、並んでころころ芝生の上を転がっていると、ふと顔に影がかかった。
「きゅ?」
「あ、エル」
私たちの顔を覗き込んでいたのは私達の専属侍女のエルメールさんだった。
だらけきってる私と違って、姿勢正しくメイクもきっちり、今日もきりりと格好いい雰囲気だ。
私はもうお昼ごはんの時間かな? 呼びに来てくれた? と身体を起こす。
でも残念ながら違ったようで、エルメールさんはしゃがみ込んでリュクスくんと私に交互に視線を合わせてきた。
「リュクス様、シンシア様。さきほど連格が入りまして、魔法教育の先生が決まったようですよ」
「まほーきょういく?」
「魔法を教えて下さる先生ですわ。しかもあの有名な、幼児向けの魔法教育を専門とするフィリオエール・シュワラドトット様です」
「きゅう!」
ふぃりおえーるしゅわら……?
ただでさえカタカナな名前覚えるの苦手なのに、すごく長くてもう分かんない。
よし、勝手にフィー先生とでも覚えとこう。
私は赤ちゃんだからあだ名で許される! はず!
「お忙しい方なので、来ていただけるのは月に二度ほどの契約になりましたが。きっといいお勉強の時間になりますわね」
「あたらしいおべんきょーかぁ」
「きゅ?」
リュクスくん、すごく嫌そうに顔をしかめてる。
そばで見ている感じ、どうやら彼は楽器や作詩などの芸術方面が得意みたい。
逆に学問は苦手のようで。
というか、教科書とにらめっこしてする分野の勉強はそもそも本人にあまりやる気がみられない。楽しくないそうだ。
ただし公爵家の嫡男ということで一流の先生がついているので、貴族の同年代の中で平均点取れるほどの教育は受けているようだけれど。
それでも好きじゃないものは好きじゃないらしい。
誰が見ても「嫌だなぁ」という感じにぶすくれている。
そんなリュクスくんへ、エルメールさんが口の端を上げてちょっと含み笑いをしながら教えてくれた。
「まぁそんなお顔をなさらないでくださいな、リュクス様」
「だってぇ。おべんきょ、つまんないもん。ふえるのやだー」
「リュクス様は洗礼式を終えて、火と水の祝福を賜りました。魔法は幼い頃ほど技術を身に付けやすいと言われています。公爵家の跡継ぎとして、今から一流の魔法の練習は絶対に必要なのですよ」
「ふうん」
エルメールさんの真面目な話にも、リュクスくんは興味なさげだ。
「あら、そんな興味なさそうなお顔をされててよろしいのですか? 魔法の授業は、シンシア様と一緒なのに」
「え!」
リュクスくんがやっと話に食いついた。
でも私と一緒ってどういうことだろう?
今までリュクスくんの勉強に私が一緒することはなかったのに。
「きゅ?」
うーん? ……あー、そういえば私も魔法習いたいって、前に言った気がする。
あれを覚えていてくれて、一緒に学べるように手配してくれたのか。
そういえば洗礼式後から始めましょうっていうのも確かに聞いていた。
「シンシアと、いっしょ。おべんきょー、いっしょ」
リュクスくんの目がきらきら輝きだした。
お勉強にやる気になるのはいいね。
「ぜったいたのしい! すてきだね!」
「きゅう!」
だね、一緒に勉強する仲間ができるって嬉しいし、楽しくなるよね。
この国で貴族の子が学校に通うのは十二歳からだそうで、だからリュクスくんに学友と呼べる相手はまだいない。
今の所家庭教師の先生と一対一で教わっている状況なので、授業中は少しの息抜きもできなくて窮屈なのだろう。
ちなみに平民の子どもは、五~十一歳くらいの間の都合のいいタイミングで二年間初等学校に通って読み書きと簡単な歴史を学ぶらしい。
十二歳からの高等教育を受けられるのが貴族の子息たちと、あとは平民のなかでも初等教育学校で優秀な成績をだした一握りの子供達。
平民のほとんどの子どもは学びたくても高等教育を受けられないっていう現状にすこし思うところはあるけれど、初等教育は全員が受けられるようにしているあたり教育に力を入れている国のようなので、今後改善していくだろうなとは思う。
「まほう、たのしみだねぇ」
リュクスくんが膝に私を抱き上げ、頬を摺り寄せながら笑顔をみせる。
そうだね、魔法が使えるようになったら凄く楽しそう。
それに私って、洗礼の時にとてつもない色数のリボンにラッピングされちゃったから。
普通の子は一本だけなところからして、なにげに魔法の才能すごいと思うんだよね。
もしかすると大魔法使いになれちゃうんじゃない?
ほら、転生者ってだいたい何かしら才能持って生まれるのがセオリーだし。
今まではちょっとどんくさい赤ちゃん竜扱いだったけど、そのうちスーパーエリート竜になっちゃうかも。
「きゅう!」
「魔法教育の先生はちょうど一週間後にいらっしゃいますわ。それで、シンシア様は人間と竜のどちらでやるつもりですか?」
は、そうか。外部の先生なら竜か人間のどっちかだけで対応するべきだよね。
うーん、会話がなりたったほうがやりやすいし、人間バージョンで授業受けようかな!
「きゅ!」
「ひとにするって」
「まぁリュクス様、シンシア様の言葉がお分かりになるのですか?」
「なんとなく!」
たまたま当たっただけだろうけどね。
では子供が二人ということで連絡しておきますね、とエルメールさんは立ち去っていった。
どうやら彼女は授業を受けるのが竜一匹と子供一人なのか、子ども二人なのかの確認をしに来たらしかった。
どっちも私だけど、今の所公爵家の外の人に私の変身能力は秘密にしておきましょうという流れだから。
さて、魔法という異世界っぽい能力が扱えるめどもついたことだし、ごろごろの続きをしようかなと思った。
しかしリュクスくんの「おにごっこしようよー」の連続おねだりはやがて泣き落としに変わる。
そんなにしたかったの、おにごっこ。
だらだらしたい私は結構粘ったけれど、結局は根負けして庭を飛び回ることになってしまうのだった。