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33オトナの時間


 


 ランプが煌々と照らす室内。


 二十畳ほどの空間の中央には背の低い大きめのソファとローテーブルを中心に毛足の長いラグが敷かれ、壁際にはレンガ造りの暖炉があった。

 反対側の壁には艶のある重厚な木製ベッドにクローゼットもあって、落ち着いた大人の私室といった感じ。

 少なくとも、客人を迎える場所として作られたものではなく、個人でゆったりと過ごすための場所のような。


 おそらく屋敷内には他のきちんとした応接室などもあるだろうに、このあきらかなプライベートスペースに彼は私を引き入れている。

 それだけ心を開いて貰えてるのかと思うと嬉しくもあり、そこまで仲良くなる何かがあっただろうかと首を捻る部分もある。



 カインは中央の大きな布張りの椅子へと深く腰掛けた。


「シンシアも座ったらいい」

「立ちっぱなしもあれだもんね。じゃあ、失礼して」


 ローブを外したカインは、動きやすさ重視なのか体型に沿った真っ黒な服だった。

 スタイルの良さが際立ち、かつ色のせいか男っぽさがでているような気がする。


「十五歳のおこさまのくせにいい体しちゃって……ずるくない?」

「ゼロ歳児な竜の変貌ぶりにくらべたら年相応だろう」


 スタイルの良さがなんとなく悔しくて悪態をついたけれど、もっともな返しをされてしまった。

 椅子に座った私は、ようやく今日なぜここに呼び出されたのかの話を切り出した。


「で、私はどうしてここに呼び出されたの?」

「特に理由はない」

「な、ないんだ? え?」


 本当にないの? ただのきまぐれ?

 私の疑問符だらけの表情をよみとったらしいカインは、年齢にしては長くすらりとした足を組みながら、ひじ掛けに肘を掛けて頬杖をつく。 

 その姿勢で小さく口元を微笑ましながら、こちらを見ていた。なぜだかずいぶん楽しそうに。


「ただ、シンシアともう少し話がしたいと思っただけなんだ」

「なんの話を?」

「なんでも。適当に世間話でもいいから、会話を交わしたかった。そうだな……おそらく私にここまで遠慮なくざっくばらんな態度で接する者は珍しくて、気負わなくて話せた時間が心地よかったからだろうか」

「ふぅん? つまりは、気が合いそうだしお友達として宜しくしませんかってこと?」

「そういうことかな……?」

「そういうことっぽいね。ふふ、私、人間の友達って初めて」

「リュクスがいるだろう」

「リュクスくんは友達とは少し違うんだよね。保護者的なというか、姉的視線というか……私にとって彼は護るべき相手だから」


 リュクスくんはリュクスくんで、私をただひたすら愛でる可愛い竜としてしか見ていないような気がするしね。 


 だから普通に、お互いに対等な感じで会話しあえるのは、カインが初めてだった。


「私も、対等な友人関係というのは初めてだ」


 カインは歯を見せて嬉しそうに笑った。


 神殿で神官として働いていたり、王子様としていろいろ責任を背負っていたりするカイン。

 でも中身は十五歳の、まだ成人してもいない男の子。

 年相応な明るい笑顔が好きだなと思ったし、友達になれるのは嬉しいなと、私は素直にそう思った。


「あぁそうだ」



 ふと何かを思い出したみたいに、カインが立ち上がる。


「どうしたの?」

「パーティーで随分物欲しそうな顔をしていたから、準備させていた」


 物欲しそうな顔ってなんのことだろう。

 首を傾げる私ににんまりと笑いながら、カインは部屋のドアを開けた。

 扉の脇に用意されていたらしいワゴンを部屋に引き入れている。

 視界にはいってきたそのワゴンの上に乗せられていたものに、私は目を奪われ、声を震わせる。


「そ、そ、それって」


 カインはちょっと悪戯めいた目を細め、一本のボトルを手にとって見せた。


「極上のワインだ。あとは林檎酒と、ウイスキーも用意してある」

「わーお……すてきすぎる」


 パーティでは、子どもの私は飲ませてもらえなかった。


 公爵家でも、たとえ人間の姿になれようが私は生後半年ほどの赤ちゃん竜だし、どれだけ欲しがっても飲酒の許可はされない。


「公爵家で禁止なのは聞いている。理由もな、赤ん坊の竜にアルコールがどんな作用があるかなんて誰もしらないし当然だろう」

「こ、ここでは飲んでいいの!」

「まずは一口だけ。それで様子見させてもらうぞ」

「はい! きっと大丈夫! 問題なし! ぐいぐいいけるよ!」

「期待しよう。……つまみもあるし、ゆっくり酒盛りが出来るといいな」


 禁書の内容を話しちゃったり、赤ちゃん竜にアルコールを用意しちゃったりと、カインって結構豪胆というか適当というか。

 ルールや規則を簡単に破っちゃう子だよね。

 まあそのおかげで私はお酒にありつけるのだからいいけど。



 その後、試しに一口飲んでみたワインはたまらなく美味しかった。

 王子さまが用意してくれるだけあって芳醇で、深みがあって、でも鼻から抜ける香りはフルーティーさも少しあって呑みやすい。


 一口だけ堪能したあとにしばらく待ってみたけど特に何も起こらなかったので、もうぐいぐいいった。

 

「おい、飲み過ぎじゃあ……」

「大丈夫大丈夫! ぜんぜん問題ない!」

「……しかしもう一人で二本あけてるぞ」


 あれ、もうそんなに飲んでる?

 でもまだ本当にちょっとだけのほろ酔いしか出来てない。

 私はさらにぐいぐいいった。


「めちゃくちゃ強いじゃないか」


 酔いが回って赤い顔でぐってりと椅子に沈み込むカインに比べて、少しふわふわするかな、程度だ。


 どうやら赤ちゃん竜な私はお酒に強かった。


「おつまみも美味しい! クリームチーズに入ってる赤い粒々、これって何?」

「蟹の卵をスモークしたものだ」

「へぇ、初めて食べた。お酒にあうねぇ」

「それは良かった」


 次に新しく開けたのは土瓶に入ったお酒。

 注がれると乳白色で、すこしとろみがあるものだった。 


「あ、ミルク?」

「ヤギ乳を発酵させてつくるものだな。なかなかクセになる」

「へぇ」

 

 一口舐めるみたいに飲んでみると、ちょっと酸っぱくて、ヨーグルトみたいな食感だった。

 

「うん、いける」

「そうか」

「ねぇカイン。……また、こうやってお酒用意してくれる?」


 公爵家では私はやっぱり赤ちゃん竜扱い。

 みんなが甘やかしてくれて、大事にしてくれて、そして少しだけ過保護なのだ。

 だから大丈夫だよっていっても、お酒は飲ませてくれないんだろう。

 一度飲んでしまった以上、もうお酒なしには戻れないのに。


 今夜だけの気まぐれだったらどうしようと少し不安を込めながら聞くと、カインはふわっと笑って頷いてくれた。


「あぁ、またここに酒を用意しておく」

「やったー!」


 こうして色々用意してくれちゃうあたり、カインは私に甘いよね。


 たぶんそれは、この子供な見た目のせい。

 私も大人を相手するときと比べると、やっぱり小さい子には無条件で甘くなっちゃうし、仕方ないか。

 小さい子が喜んでくれると嬉しくて、甘やかし気味になってしまう。親だと責任が付いてまわるし躾の為にも甘やかしてばかりではいられないけれど、私たちの関係はそうじゃないもんね。

 

 うん。つまりは小さくて可愛いってだけでもう最強の武器なのだ!

 それに私達は友達な関係にもなったし。

 カインにおねだりすればお酒は手に入る! 素敵!




 ―――こうして、四歳児リュクスくんと健康的に過ごすばかりだった毎日に、少しの変化が訪れた。

 

 週に一度の花の日の夜。

 貴族街のはずれにある小さな赤い屋根の屋敷で、十五歳の男の子とおしゃべりしながら杯を傾けるという予定が出来たのだった。


 



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