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32心配




 ――――待ってる。


 そう言って、まともな返事をする間もくれず踵を返した人。




「きゅう」


 勝手に時間も場所も決められて、待たれても困るんだけどなぁ。

 でも真夜中に十代の若い子が待ちぼうけしているなんて危ないじゃない? 気になるじゃない?


 私はどうせ散歩のついでだしね、と思ってとりあえずカインの言った金曜日――この国で言う花の日に見に行ってみた。

 すると彼は本当にあの赤い屋根の上で待っていた。

 空から見下ろすと、真っ白な神官服ではなく、城で見た王子様っぽい服でもなく、全身を黒いローブ姿で髪も流したままの、黒ずくめの不審者スタイルだ。


「きゅう」

「あぁ、シンシアか」


 降りていくと、くしゃっと子供らしい笑顔をされてしまった。

 ただただ無邪気な『嬉しい』の感情が見える。

 すっぽかさずに来てよかったと、うっかり思ってしまったじゃないか。

 

「結構むりやりな約束だったし、放っておかれる可能性のほうが高いと思ってたんだが、普通に来てくれたな。良かった」

「きゅーう」


 だって誰かが自分を待っていると知っている中で放置しとくのって、罪悪感がわいちゃうじゃない。


 嫌いな人ならどうでもよかった。

 でもカインのことは別に嫌いじゃないし。

 公爵家以外の人との交友を広げられる機会はありがたいとも思う。

 ただこっちの都合も聞かずに、勝手に会う予定を立てられるのが困るだけ。


「きゅーう。きゅう!」


 今度はきちんとこっちの予定も聞いてよね!

 まぁ赤ちゃん竜の私に予定らしい予定なんてひとつもないけどさ!


「なにを怒ってるんだ?」

「きゅう!」

「……竜のままだと話が通じないし、またローブでぐるぐる巻きもあれだからな。準備しておいてよかった」

「きゅ?」


 そう言うと、カインはさっさと屋根の上から屋敷の三階のバルコニーへと飛び降りて行ってしまった。

 私もあとを着いて飛んでいくと、彼はそのまま躊躇なく戸をあけ、室内へと入ってしまう。

 

「きゅう!」


 こらダメでしょう! 鍵が開いてたからって勝手に人様の家に入るだなんて!


「きゅっきゅきゅーう!」


 叱るために声を上げたが、カインは特に悪びれなくさらに奥に進んでしまう。

 仕方なくそろそろと中を覗き込むと、彼は部屋の隅にあるクローゼットからワンピースを取り出しているようだった。

 振り返って、ハンガーにかかったそれをこっちに見せてきた。


「ほら、かぶるだけで着られるタイプだから、これなら侍女もメイドも必要ないだろう? ここに何着か用意してあるから、これからは好きに着るといい」

「……きゅ?」

 

 え、どういうこと。どうして私の服がこの屋敷に用意してあるの。


 勝手に取ってるのかとも一瞬考えたけれど、カインの持っている服はどう考えても十歳前後の女の子……人間になった私サイズのものだ。

 しかもきちんとしたドレスではなく、かぶって着るだけでいいラフなワンピース。

 端にレースがたたいてあって可愛いデザイン。

 どう考えても私の為にわざわざ用意されたもの。

 うーん? もしかしてこの家、カインの家なの? だから勝手に入っていったの?

でも君の家ってお城じゃなかったっけ。

 

「きゅーう?」

「何言ってるかわからん。早くはいってこい」


 いまだにバルコニーから顔だけを覗き込んでいる私を、彼は促してくる。

 躊躇していると、カインは焦れたのか近寄ってきて扉を大きく開け、頭からワンピースをかぶせてきた。


「本当にわからん。とにかく人間になってくれ」


 そうだね。意思疎通がなりたたないのは面倒くさすぎる。

 私はさっさと人の姿になっちゃうことにした。


 はいっ、人間になーあーれぇー!


 唱えると同時に竜石が光る。

 その直後、人間の足で立った私は、まず疑問を口にする。


「ねぇ、このお屋敷ってカインのもの? 勝手にはいっても大丈夫な場所なの?」

「ああ、それを心配していたのか。大丈夫だ。私個人のものではないが、父の……王家の持ちものだ。今は何人か管理のために常駐してはいるが、今日ここを使う旨は言ってあるし顔を見せないで放っておくようにも伝えてある」


「へーえ。王城以外にも家持ってるんだね」

「国内各地に別邸的なのはあるな。ここは城以外で秘密裏に人と会う必要があるときとか、あとは忍びで城下におりたときの滞在用だ」


 本邸(王城)から一時間も離れていないのに別邸が必要なのかと首をひねったけれど、どうやら密会やらお忍びやらと、こっそりした活動に役立つらしい。

 暮らしている家に自由に人を呼べないのって面倒くさそう。大変だねぇ、王子様。

 

「不法侵入じゃないなら大丈夫か。じゃあお邪魔します」

「ふ……ここまで説明してやっと入る気になるとは、意外に真面目だな」

「人様の家に勝手に入らないなんて、ごく普通の感覚でしょ!」

「そういうものか?」


 え……この人、不法侵入が普通の感覚なの?

 

「いや、その蔑むような目をやめろ。情報収集の仕事などでたまーに屋根裏にひそんだりしてるだけだ」


 さっきの反応だとたまーにではなさそうですけどね。

 

「王子様で神官様な立場の人がする仕事じゃない!」  

「得意なんだから仕方ない。適材適所だ」


 話を軽く聞いたところ、風魔法で足音を消したり、気配を消したり出来るんだって。

 それが買われて密偵のような仕事をこなしたりもしているらしい。

 やっぱり誰かを雇うより、身内であるほうが信頼が出来るのだそう。


 でも王子と神官と密偵の仕事をこなすとか凄いハードワーク。

 カインってまだ十五歳でしょう? 王族の子育てってスパルタだ。


「ねぇ……大丈夫?」


 私はカインの顔を覗き込みながら訊ねた。


「何がだ?」

「……過労死する前に、ちゃんと休みなよ。続けるの大変なら無理って断りなよ」


 過労死した経験者の私からの助言。

 働き過ぎはいけないのです。


「ちゃんと休んで、寝て、美味しいもの食べて、笑って過ごす時間が無いと死んじゃうよ」


 実際に死んじゃった私が言うんだから間違いない。

 私の経験のこもったアドバイスに、カインはなぜか目を見開いて瞬いて、固まってしまった。


「カイン? どうしたの?」

「っ……いや」

 

 しばししてから我に返った彼は、またくしゃりと嬉しそうで無邪気な笑顔を浮かべた。


「そんな心配されたのは初めてでびっくりした」

「初めてなの? 働きすぎって言われないの?」

「初めてだが?」


 周りの誰も、十五歳の少年を働かせていることに疑問を持たないのか。

 立場も立場だし、前世の世界とは違って子供のころからの労働も珍しくないのかもしれない。

 でも私の感覚では学校に通って青春に浸かっている時期の子なのだ。

 そんな子が、真夜中まで危険な仕事をこなしていて、しかもそれを周りが普通に受けとめている。

 この世界の人間って、大変だなぁ。竜でよかった。


 カイン……ほんとに、私みたいに過労死しないでよね?




 

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