31約束された
仕切り直してパーティーに戻った私は、お父さんの手元の飲み物がかわっていることに気づいてしまった。
「お父さん、ちょっと……」
お父さんの手を引っ張って下におろしてもらい、グラスの中身の匂いを嗅ぐ。
「シンシア、どうした」
「これ、お酒でしょ?」
「そうだが?」
私がカインのところに行くまではお茶を飲んでいたお父さんは、なんとお酒に切り替えていた。
「シンシア、ほっぺふうせんになってるよー?」
「ずるい……」
「うん?」
「私もお酒飲みたい飲みたい!」
もう久しく口にしていないアルコール。
公爵家では見なかったから気にならなかったけれど、前世の私はお酒が大好きだった。
お父さん、お酒飲む人だったんだ。
夕飯のあとに晩酌とかしてたのかな? 混ぜてくれたらよかったのに!
「私ものみたい!」
と主張したが、お父さんにはひょいとグラスを持ち上げられ離され、カインにはぺちっと頭を叩かれた。
「何を言ってる。この国の飲酒は十四歳からだ」
思っていたよりは早かった。
しかし十歳くらいの見た目な私にはまだまだ先はながい……というかこの人間バージョンの姿、成長するのかどうかも怪しい。
法律にのっとっていたら一生飲めないかもしれない。
私は上目遣いで最上の可愛い顔をつくってみた。
「ねぇねぇ、おとうさぁーん。美味しそうなの飲みたいなぁ」
「う……だ、駄目だぞ」
お父さんはたじろいだけれど、流石に許可はしてもらえなかった。
残念すぎて私はがっくりと肩を落とす。
「大好きなのになぁ」
「は?」
怪訝な顔をする隣のカインにだけ聞こえるように、ぼそりと耳打ちする。
「言ったでしょう、元大人だって」
「あぁそうか……」
カインは納得したように頷いた。
「そうか……酒の味は知っているのか」
「うん」
「ふーん」
「?」
ふーんて、何が?
「よし……さてシンシア、次はいつ会おうか」
「は?」
突然、話題をかえられた。
しかも予想しなかった内容の話に、私は目を瞬いた。
次に会うなんて考えていなかった。
「また会うの? 私と? どうして?」
竜妃と私がまったく関係のない他竜だって分かった以上、もう私への用事はないはずだよね。
なんのために誘われてるんだろう。
戸惑うばかりの私を放って、カインはさくさく強引に話を進めて行ってしまう。
「どうして?」と聞いた答えはくれないままで。
「そうだな、では来週の花の日に。またあの赤い屋根の上で、同時刻ごろに待っていることにしよう」
「は? いや、まだ会うって決めたわけじゃ」
「嫌なのか?」
やけに可愛い寂しそうな顔しないで欲しい。
「ち、違うけど」
「だったらいいだろう。ではな、楽しみにしてる」
「あ、ちょっと……!」
勝手に決めて、私が言葉を返す間もくれずに彼は軽く手を上げて踵を返してしまった。
私たちから三歩ほど距離があいたとたん、すぐに別の人が近づいてカインに話しかけてしまい、もう文句を言いに行くタイミングは完全にのがしてしまったようだ。
困って立ち尽くす私の服の裾を引いてきたのは、カインの立っていた場所……私のすぐ隣にまできたリュクスくん。
カインの背中と私を交互にみてから、こてんと可愛く小首を傾げられた。
「……シンシア、カインでんかとおでかけ?」
「うーん。そうっぽい?」
「いいなぁ、ぼくもいっしょしたい」
「今度言っとくよ。指定されたのは夜だから、今回はだめね」
「えー」
夜にリュクスくんが寝た後にお散歩しているのは、リュクスくんも知っている。
いつもついて行きたいと話はしているが、そもそも彼は夜中まで起きてられない。
私は赤ちゃん竜でたびたびのお昼寝は必要だけれど、どちらかといえば夜行性な方っぽく夜中の一、二時間の散歩くらいは問題ないのだ。
それになにより飛行での移動だから容易に変な人に手を出されない上、飛ばないとストレスが溜まってしまうからと送り出されているのである。
公爵家にきてしばらく、閉じ込められている期間が精神的に本当にしんどかったと訴えた結果だ。
竜は自由に空をとぶもの。地上に縛り付けられるのは窮屈すぎる。
だから公爵家の嫡男という立場の四歳児では夜の散歩の許可が下りるわけもないのだ。
護衛が付いているらしいけれど見たことはないので実質一人で悠々お散歩を楽しんでいる。
「でんかもシンシアもいいのに、ぼくだけだめとか……」
納得いかないリュクスくんはほっぺを膨らませていて、不満そう。
でも仕方ないんだよ。
「ごめんね。絶対に今度カインも一緒に遊べるようにするから。約束! ね?」
「やだ。ぼくもよるにでたい! でたいでたいでたいー!」
「それはちょっと……あ、あー! リュクスくん! ほら、あの五段のおっきなケーキ、切り分けるみたいだよ! 貰いに行こうよ!」
「っえ!? たべたい! ケーキ!」
四歳児の興味はとても移ろいやすいものである。
しかもリュクスくんはお菓子大好きっ子だ。
そしてとても単純な子だったため、ケーキ一つで私はその場を切り抜けたのだった。