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30不安だったこと


 この国にいる他の誰も、おとぎ話の中のキャラクターと私を重ね合わせたりはしない。

 過去の事実を知っている国王陛下であっても、ただ同じ力を持っている珍しい竜というだけの認識だ。


 竜妃は大昔に死んだ。

 死んだ者は蘇らない。

 

 当たり前のこと。


 でもカインだけは、もしかすると復讐のために竜妃が蘇ったのではと想像してしまって不安に思ったようで。

 彼はちょっと、感性が豊かと言うか、人の気持ちを人一倍考えてしまうタイプなのかもしれない。

 他人の話だからと放っておかないで、自分のことみたいに傷ついて、不安になって、どうやって先祖の罪を償えばいいのかと悩む、繊細で優しい子。


「ねぇ、……言ったでしょう? 私は竜妃じゃないって」


 私は今度こそはっきりきっぱりと告げた。


「ほん、とうに?」


 返ってくるのは、揺れた声。

 その不安だって弾き飛ばせるくらい、私はしっかりと頷き、ことさらに強く言う。


「本当に。まっっったくの他人! だって私、半年前までこの世界にいなかった存在だもの。竜妃が存在していたって、関係の持ちようがないもの」

「……は?」



 カインは突然のわけの分からない話にぽかんとしている。

 前世の記憶なんて、話していいことなのか分からない。

 でも彼の憂いを晴らすために、この世界の、この国とはかかわりのない遠い存在だったことを伝えておきたいと、私が思ったんだ。


「どういうことだ。産まれたのが半年前ということか?」

「違うよ。この世界に来たのが、半年前なの。信じられないと思うけど、一応話すね」


 ―――それから私は、元人間だったこと。


 こことは違う世界で生きていた大人だったことを告白した。

 話し終えてからしばらくは悩むみたいな顔をしていたカインだったけれど、ややあって呑み込んだのか「そうか」と小さく呟いて頷いた。


「信じてくれるの?」

「生後半年の竜にしてはしっかりしすぎている。中身が大人だと言われて、やっと納得出来た気がする。それにしては少し幼い言動が度々混ざってはいるようだし、異世界とかは……理解しがたいが、でも嘘を付いているのだと確証も持てないし、とりあえず否定はしないでおく」

「それでいいよ」


 赤ちゃん竜の体に引きずられるのか、竜っぽい仕草や幼い言動を時々自分が取っているのは自覚していた。

 完全な大人な精神だとは、言えない気がする。


「理解できなくて当然だし、私も自分がどうして竜になってるのか、自分がこうなのか分からないしね」


 頭がおかしくなったのだとか、変な妄想癖をもっているのだとか思われなくてよかった。

 カインは全部を信じるのは難しくても、私を受け入れてくれようとしてくれている。馬鹿な嘘だと笑われなかっただけで嬉しい。

 

「だからね。私は竜妃とは他人。世界さえ違うところで生まれ育った遠い他人なの。それにね、なにより! 大昔の話にご先祖様がしたことに、あなたが罪悪感を抱く必要なんて一切ないの!」


 不安を取り除いてあげたくて、そこを特に強く強調した。


 自分の血族がしたことだと申し訳なく思うのは何となくわかる。

 でも、誰も覚えていない程に遠い昔の罪まで背負って、そこまで辛い思いをしなくていいよ。

 竜妃に感情移入して、申し訳ないと泣きそうにならなくていいよ。


「ほーら、ずっと大昔の話を引きずってないで! 今目の前に居る可愛い竜に笑顔を見せてごらん?」


 私は背伸びをして、両手を伸ばした。

 怖い夢とかを見た時に不安そうしている保育園の生徒たちに、していたこと。

 ほっぺを両手で包んで顔を近づける。

 目と目を合わせて、それから額を合わせて柔らかく優しい口調になるように気を付けながら言い聞かせる。


「カインはいい子ね。とってもいい子。優しくて、人の気持ちを考えられる素敵な子。可愛い子、大丈夫よ。絶対に大丈夫、貴方は過去のことにとらわれなくていい。もうとっくの昔に終わったことを、気にしなくていいの」


 貴方の不安は、ただの杞憂。


 何も心配のいらないこと。


 だから泣きそうな顔をしないで、笑ってみせて。 



「……―――――私は……禁書を読んで、過去に先祖がしたことがとても怖くなった。人間相手の戦争なら何度も歴史上繰り返されてきたことだ。けどたった一匹の竜を私欲のために何十年も傷つけ続けてきた話なんて聞いたことが無かった。竜は、美しく気高く、自由に空を飛び交う存在だ。それを無理矢理縛り付けていたなんて驚いて……この城の中で実際にそれが行われていたのだと想像すると怖くなって……だから何だか、とても、とても不安になったんだ、が……」


 カインは私をぎゅっと抱きしめる。

 子ども体型の私なんて、彼の腕ですっぽり包まれてしまう。

 あったかい体温のなか、肩にうずめられた口元から呟かれたのは、さっきまでの不安にゆれていた子供の声じゃなかった。


「有り難う。シンシア」


 

* * * * *

 

 

 少し落ち着いてから、私はカインと一緒にティーパーティの会場へと戻ることにした。


「あ、シンシア! カインでんかと、どこいってたの?」

「大人の話ってやつよ、リュクスくん」

「ぷぷー! おとなだって! おもしろーい!」


 リュクスくんはなんでこんなに大うけしてるの。

 そんなに私、大人らしくない?

 見た目は子供でも君よりは絶対大人なんですけどね……!


 



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