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3ペットにはならないってば!



「……あ、おきた」

「きゅう?」


 目を覚ますと、私はふわふわのクッションの上にいた。

 そしてものすごい至近距離で私を凝視している二対の瞳が目の前にあった。

 リュクスくんと、彼によく似た大人の女のひとだ。


「シンシア、おぼえてるー? ばしゃでねぇ、ねちゃったんだよ?」

 

 こてんと可愛い顔をかたむけながらリュクスくんが教えてくれる。


「ここ、ぼくのいえ! きょーからシンシアのいえ!」


 なるほど。どうやら眠っている間に彼の家についていたらしい。

 私ってば赤ちゃん竜だから、頻繁な睡眠が必要っぽくて起き続けられなかった。

 馬車の揺れがほど良くてめちゃくちゃ心地よかったんだよね。


 眺めてみたリュクスくんの家は豪華なヨーロッパのお屋敷といった感じ。

 レンガ造りの暖炉に、クリスタルのシャンデリア。壁には大きな絵がかかっていて、壺や甲冑が壁際に飾られている。

 家具類は全部重厚で艶のある木製で、さらに侍女や護衛がいることからして、リュクスくんはいいところのお坊ちゃんなのだろう。

 電子機器は見当たらないから、ファンタジー小説にありがちな中世ヨーロッパっぽい文明発展具合かな?



 私の寝かされていたクッションは、ソファに乗っているようだ。

 その高さに合わせて人間二人はしゃがみ込みじぃっと観察していたらしかった。

 ずっと寝顔を凝視されてたなんて恥ずかしいったらない。

 よだれ垂らしてなかったかな。


 もう、女の子の寝顔を覗き見るだなんて配慮が足りない!


「きゅう!」


 抗議をこめてひと鳴きした。

 同時に尻尾をぺちっとクッションにたたきつける。


 自分が竜って自覚してから気が付いたのだけど、私には尻尾の他に羽もついていた。

 でも残念ながらいまのところ、どう力をこめても飛べない。

 まぁ赤ちゃんだしね。

 きっともう少ししたら自由に飛び回れるのだと思う。楽しみだ。

 羽を動かせば訓練になるかな?

 私が背に力をこめると、羽がピクピク動いた。開きそうで開かなくて、羽ばたくとはとても言えない状態だが反応はしているし慣れればいけるかもしれない。


「きゅーうー」

「はねうごいてる! ね、ははうえ、かわいいでしょう? ぼくのりゅう! シンシア!」

「えぇリュクス。とても可愛らしい竜だわ。それに真っ黒な鱗に深紅の瞳がとても綺麗ね」

「ちちうえが、かってもいいって」

「良かったわね。でももし親竜が探しに来たりしたら、きちんと返してあげるのよ」

「うん……さみしいけど。それはしかたない」

 

 リュクスくんのとなりにいる女性は、会話からするとどうやら彼のお母さんらしい。

 この親子、揃って金髪に緑の瞳、そのうえふんわり優し気で癒し系な雰囲気がそっくりだ。

 そしてリュクス母はおっぱいが大きい。目の前のふわふわ谷間に女の私でも思わずダイブしたくなる。

 竜の身なら許されちゃいそう。 

 

 それはともかく。


 いつの間にか私がこの家のペットになることに決まってしまったみたいだが、もちろん飼われるつもりはないのです。


「きゅ!」


 私は行きます。旅に出ます。

 追わないでください、さようなら。と一声鳴いて歩きだそうとした。


 しかし乗っていたのはソファの上。

 高さがあるって完全に忘れてた。

 一歩踏み出した途端、ガクッと床に落ちそうになる。


「シンシア!」

「っ!」


 落ちる手前でリュクスくんが手を出して助けてくれた。


「はぁ……よかったぁ。もうシンシア! きをつけないと、だめでしょ?」

「きゅう」


 すみません。助けてくれてありがとう。

 でもぎゅっと抱きしめてないで、そこの床におろしてくれないだろうか。


「きゅ、きゅう。きゅう!」

「リュクス、シンシアが苦しそうよ。生き物なのだからもっと優しく扱いなさい」

「あ! ご、ごめんねシンシア。くるしかった?」


 全然苦しくないから、私が鳴いてるのはおろして! って訴えてるだけだから。聞いて。

 

「きゅう」

「あぁ、ゆるしてくれるんだね?」

「シンシアは優しい子ね」


 違う、抱きしめ直すんじゃなくて下ろして! 離して! 外へだしてって言ってるの!


 私は、君の家のペットになるつもりはない!

 言葉が通じないって本当に不便だ。

 私は抗議のためにバタバタと手足を動かし、体をひねった。

 

「あ!」


 よっし、ごろっと一回転したけど今度はちゃんと床に着地できた。

 ちゃんと成長してるぞ私。えらい!

 さっそく逃げだすために歩きだそう。

 全速力で手足を動かして前へ前へと歩をすすめる。


 しかしこっちの五歩に対してたったの半歩で前に回り込んでしまったリュクスくんが、しゃがみこんでじいっとその様子を眺めてきていた。

 よっせよっせと歩みを進める私をながめ、可愛く首をかしげる。


「うーん? あ! あるきたいのかなぁ?」

「かもねぇ。ドアは閉めてあるし、見守ってあげなさいな」

「はーい」


 違う、逃げたいんだよ。

 しかし二人の会話通り、ドアは閉じられていた。

 しかもやっとのことでたどり着いたドアのノブにも届かない。

 何度もドアノブ目指してジャンプするけど……ジャンプしても一センチも体が浮かない。

 この体、どれだけどんくさいんだろう。

 丸くて手足が短くてよちよち歩きしかできないうえ、重くてジャンプもできないなんて。

 竜とはいえ赤ちゃんならばこんなものなのか?

 それともこの世界の竜はそろってこうなの?


 自力でドアを開けることさえできないとか、二十代の成人女性としては情けないことこのうえない。

 この体、不自由すぎる!


「ははうえみて、シンシアおどってる!」

「ふふふ。可愛いわねぇ」


 こっちは必死に逃げ出す手口をさぐっているのに、人間ふたりは察してくれない。

 踊ってるんじゃなくて、ドアノブに頑張って手を伸ばしてるの!

 のんきなリュクスくんは隣で「ぼくも!」と言い出して全身をつかって踊りだした。

 すぐに「じゃあ私も」とリュクス母がくるくるまわりだす。


 親子の笑い声と、私の「きゅう!」という怒りの声がかさなり、とても賑やかな部屋。

 隅に控えている侍女のマリーさんがくすくす笑っている。

 お茶を淹れている途中のメイドのお姉さんも、微笑ましそうにみている。 

 必死なのは私だけだ。



 どうやら私の異世界生活は、この温かいながらも意志の通じないのんきな家から逃げ出すことが第一目標らしい。




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