25洗礼式
あの不審者が、なんと王子様だった。
「本当に王子様なんだ……だったらどうしてあの時、あんなところにいたの? あ――えっと、いたんですか?」
「敬語はいい。お前に身分は関係ないだろう」
「あ、そう?」
言われると、たしかに竜の私に人間の上下関係は関係ないような気もする。
公爵家の人たちは身内だからいいかなって思って最初からため口だし、むこうも竜相手だからとため口だ。
王子さまだと流石にダメかなと思ったものの、カインが構わないらしいので直さないことにした。
誰かにしかられたらまたその時に改めればいいだろうし。
「分かった。で、どうしてあの夜あそこであんな格好で――」
「リュクスはしばらく見ない間に大きくなったな。もう立派なハイランドジア家の男だ」
「えへへ。ありがとうございます」
話を変えられた。
……どうやらあの夜のことについては、この場で触れない方がいいらしい。
夜に出歩いてるのは秘密なのかな?
その後しばし話をして知ったのは、リュクスくんのお父さんとカインのお父さん……つまり国王様がいとこ同士だということ。
つまりリュクスくんとカインははとこの間柄らしい。
私もリュクスくんも知らなかったけれど、夜中にこっそりひっそり王様と一緒にお母さんの弔問にお忍びできてくれてもいたのだとか。
しかし私に付いているらしい護衛があの時出てこなかった理由がやっと分かった。
相手が王子様で、しかもお父さんと親しく、私に危害を加えないだろう人なのだと判断されたからだ。
「でもカインは王子なのに神官なんだね? それって普通のこと?」
私は前に会った黒ずくめの格好とは違う、白い神官服を着たカインを眺めながら首を傾げた。
「私は光の魔法適性が強かったからな。光魔法を学ぶには神殿で修行するにかぎるんだ」
「お勉強のためなんだ」
「そうだな。だからいずれは国政に戻ることになるが、しばらくはこうして神官として、民の心と神について学びつつ魔法の勉強をすることになっている」
「なるほど。つまり本業は王子様だけど、修行のために数年間だけ神殿に出向しているってこと」
「簡単にいえばそんな感じか。神殿側と国族側の交流は重要だからな。互いに人のやりとりは濃厚にして、隔たりが出来ないようにという意図もある」
どうやらカインは王族と神殿との橋渡し的役割でもあるらしい。いろいろ大変だねぇ。
「……そろそろ時間か」
「あ、本当だ。人が増えてきてる」
到着したときはまばらにしか人が居なかったけれど、カインと話しているうちに席が埋まりはじめていた。
少し離れたところに、カインに話しかけたそうにチラチラとこちらを見ている人たちもいる。
王子様だもん、お近づきになりたいんだね。
「洗礼式後のパーティーでまた会うだろう。その時に色々話そう、シンシア」
「わたし……? うーん、わかった」
カインは、はとこのリュクスくんではなく私とのお喋りを所望してるらしい。
まぁ別に断る理由もないかと頷いておく。
どこの誰かもわかったから警戒する必要もないし。
「ではリュクス、シンシア行こうか。カイン殿下、失礼いたします」
「しつれーいたします」
私たちが離れると、カインの方には身なりのいい親子がさっそく声をかけに行っていた。
一応は神官としてここにいるのに、王子としての応対もしないといけないなんて大変だなぁ。
そしてすぐにリュクスくんのお父さんの方にも、知り合いらしい貴族が続々と話しかけてきた。
私はなんとなく流れでハイドランジア公爵家の遠縁の子ということになって、挨拶をしつつ時々会話にも参加していく。
普段は公爵家にいる人以外と話す機会はほとんどないから、色んな人と話すのはけっこう楽しい時間だった。
* * * *
そうして席がほぼすべて埋まったころ、洗礼式が始まった。
厳かな空気の中、前方の席に並び座るのは今日洗礼を受ける子どもたち。
この大神殿では国内の貴族の子供のほとんどを受け入れるらしく、結果な大人数が揃っている。
だから遠方に住んでいる子だと移動にかなりの月日数をかけてくる必要もあり、人生で初めての一大行事になるのだとか。
もちろん金銭的事情とかで近場の地元の神殿で洗礼されときますって家もちらほらあるようだけど。
ちなみに一般庶民はそれぞれが家から近い神殿で受けるのだとか。
そんな本日の主役の子供たちは、みんな白と青の衣装で華やかに着飾っていて愛らしい。
私たち付き添いの保護者や家族は、彼らより後ろの席から見守ることになる。
まず長い白い髭を生やした神官長が前方の祭壇に立ち、神様は尊敬すべきすばらしい存在だ的な話をつらつらと話していた。
興味のない私は眠気とずっと戦ってた。
「……――ごほん。では洗礼の儀を始める。神官たちはここへ」
しばらくしてやっとメインイベントである洗礼が始まるらしい。
眠気をなんとか追いやって見ていると、ぞろぞろと出てきたのは四人の神官たち。
祭壇の前に、神官長と四人の神官の合わせて五人が等間隔に並んで立った。
「どうしてたくさんいるの?」
隣に座るお父さんにきくと、小声で教えてくれる。
「子供達の数がたくさんいるからな。神官長お一人で全員の洗礼をしていたら日が暮れてしまう。手分けしてするんだ」
「へぇ」
どうやら洗礼とは丁寧にも一人一人にやるものらしい。
まとめてばーんとやっちゃえるものじゃなかったんだね。
見ていると五人並んだ神官たちが、それぞれ自分の受け持つ子供たちの名前を順番に呼んでいくようだ。
緊張したようすの最初の子供が出てきた。
神官と向かい合い、神官に額を見せているみたいだ。
神官は手に持った豪華な装飾がされたお椀に入った液体を指に付け、なにやらぶつぶつ唱えている。
お父さんにきくと、器の液体は祭壇の一番奥に立つ女神像の手から流れ落ちる水に神官が三日間祈りを捧げ続けた『聖水』というものらしい。
「――君に、神の祝福を」
そう唱えながら、神官は聖水に濡れた指をそっと子供の額にあてたのだった。