24金の瞳の正体は
さわやかな秋晴れが心地いい日、リュクスくんの洗礼式はやってきた。
「さぁリュクス、シンシア。ここが大神殿だ」
「ついたー!」
「わぁ、すごく大きい建物だね」
私はお父さんとリュクスくんと一緒に、会場である大神殿の正面扉の前に立っている。
遠くからも一端は見えていたし、すでに馬車で門は通り抜けてから敷地内の長い庭園を眺めつつ道をたどって来たので、かなりな規模の施設だとは分かっていたけれど。
そびえ建つ真っ白な玉ねぎ型の屋根がのった白亜の宮殿とでも呼ぶかのような大きな建物は、すぐ近くから見上げるとやはり圧倒的な迫力があった。
ちなみに王都の中央に、この大神殿と王城は隣同士で建っている立地だ。
それぞれの間には通路がわたされ、互いに行き来できるようになっているらしい。
国政と宗教がいがみ合っていた歴史も大昔にはあれど、ここ百五十年くらいは仲良く共存しているのだとか。
正面の扉がマンションの三階に届くほど大きくてびっくりするけれど、開け放たれたその扉の向こう側に広がる神殿の中はさらにびっくりするほどに広い。
おそらく部屋数はそれほどなく、この礼拝をする部屋が大神殿の建物の大部分を占めているのだろう。
入口からまっすぐのびる通路の左右にいくつもの長椅子が並び、その奥の一段高くなったところに祭壇が置かれていた。
そのまた奥には天井ぎりぎりまで届く大きな女神像がたっていて、手からは水が流れ像を囲む池に落ちていっている。あれは噴水みたいな仕組みになってるのかな。
式典のためなのか青色の可愛らしい花がところ狭しと飾られていて、白い建物に鮮やかに栄えている。
「大きい……とにかく大きいね。それと綺麗でかっこいい。いいなぁここ」
「シンシア、しんでんすき?」
「かっこいい建物で好き」
この世界の宗教はよく知らないけれど、この神殿はすごく好みだ。
日本ではなじみのない規模と形がすごく興味深い。
なんだか外国にいる感が強くて、眺めているだけで楽しい。
「シンシア、そろそろ入ろうか」
大神殿を眺め続ける私の背を、お父さんがトンと叩いて前に進むよう促した。
そっか、入り口にずっと立っていたら邪魔だよね。早く動かないと。
「いよいよだね、リュクスくん。洗礼、頑張ってね!」
「うん! みててね!」
「もちろん! しっかり見てるよ」
洗礼を受ける今日の主役のリュクスくんの服装は白いシャツとハーフパンツ、首元に青いスカーフだ。
周りにちらほらいる子供たちも白と青を基調にした格好だから、着る色が決まっているのかな?
私はただの付き添いなので淡い桃色のドレス。
大きなお団子を頭のてっぺんに作ってもらっている。
額の竜石が見えちゃうと注目を浴びちゃって居心地が悪くなるだろうから、前髪が浮かないように気を付けないと。
「ハイドランジア公爵、ようこそ大神殿へ」
扉をくぐったところで、その脇にいた誰かにお父さんが話しかけられた。
「これはこれは……ご無沙汰しております。ここにいらっしゃるということは、もしや今回洗礼の儀を受け持たれるのですか?」
「あぁそうだ。光栄にも大神官殿に指名していただいたのでね」
「名誉なことですな。楽しみに拝見させていただきます」
「ははっ。私はいいからご子息だけを見てやれ。――洗礼式おめでとう、リュクス」
「ありがとうございます。カインおうじ」
お父さんとリュクスくんと親しげに話している人は、白い神官服を着ている若い男の人。
後ろで一つに結んだ銀色の髪に金色の瞳という、神秘的な色合いだ。
穏やかな物腰と話し方で、神官という職がとてもよく合っている感じだけど……あれ? なんとなく違和感がある。
「んん?」
私はその人をまじまじと見上げて、ぱちりと目を瞬いた。
その若い神官は私に視線を移すと、にんまりと笑う―――まるで悪戯に成功した子供みたいに。
「あー! そっか! あの時の!」
「ははっ! 気づくのが遅いな」
「シンシア、どうしたの?」
「何事だ?」
思わず大きな声を出した私にリュクスくんとお父さんがびっくりしているけれど、今はそれどころじゃない。
そう、神官は以前、夜中の散歩中に私を捕まえて屋根の上で会話を交わした黒づくめの怪しい男の人だった。
前の真っ黒な服のときはどこぞの盗賊かと思うくらいに怪しかったのに、真っ白の神官服をきると聖人君子な感じで神聖ささえ感じるなんて。
雰囲気が違いすぎるものだから、気付くのが遅れてしまった。
「あの時の不審者だ! 神官だったの!?」
「不審者とは失礼な」
「こ、こらシンシア! 我が国の第二王子に対して失礼だぞ! 申し訳ありません殿下……!」
はい? お父さん、今なんとおっしゃいました?
お父さんと神官の顔を交互に見るけれど、二人とも冗談を言っている雰囲気ではなかった。つまり本当に彼は……。
「だ、だいにおうじ? 王子様なの?」
「そーだよ? しんしあ、カインおうじでんかとしりあい?」
「一体どこで知り合ったんだ?」
「……散歩中に一度だけ会ったの。ええと、本当に本気で偽りなく王子様なの?」
聞くとカインという名前らしい彼は、とってもいい笑顔を浮かべて頷いた。
ほんとの本気で、王子様なの?