22ドレスアップ
謎の男の子と会ったあとも、特に私の日常は変わらなかった。
毎日のんびりまったりするばかりなペット生活を送っている。
そんなある日のお昼すぎ。
「わぁ……!」
高く積みあげられたのは、たくさんの色とりどりの箱。
可愛い包装紙につつまれていたり、大きなリボンが巻かれて、全てがラッピングされている。
それらの積みあがった量の多さに、私は思わず声をあげてしまっていた。
なんとこれ全部が私のものだっていうんだから、驚きだ。
箱を見上げる私に、隣にいる侍女のエルメールさんがにこやかに笑い、一番上のものをとって手渡してくれた。
「さぁ、開けていきましょう」
「綺麗にラッピングされてるから、ちょっともったいないかも」
「ふふ。中のものはもっと綺麗ですよ」
そんな会話を交わしながら、私たちは包みを解いて箱をあけていく。
リボンを引っ張ってほどく瞬間ってわくわくするよね。
中にどんなものが入ってるんだろうって想像するとただただ楽しい。
そうやって開き、一つ目の箱の中から出てきたのは銀細工で出来た髪飾りだった。
「可愛い……! 小鳥の形だ」
「シンシア様にお似合いになりますわ。――――ほら」
エルメールさんが髪につけてくれた。
私たちは顔を合わせて笑い合い、続いて他の箱もどんどん開けていく。
出てきたのは髪飾りだけではない。
ドレスに、靴、帽子、バッグやアクセサリー。
下着にストール、ハンカチや香水に、お化粧品道具。
明け終わってキラキラ眩しいものがたくさんが並んだ光景は、それはもうテンションの上がるものだった。
「うわー! いいね! 素敵だねぇ」
「えぇ、シンシア様。さっそくこれからお召しくださいな」
「う、うん……着る。着たい」
これまでの私は、人間になった初日はリュクスくんのお父さんのお古を着せてもらい、翌日からは既製品の子供服を着せてもらっていた。
どれも質が良い一級品で、不満なんて何もなかった。
でも貴族はオーダーメイドが基本。
公爵家のペットな私にもきちんとしたものを着てほしいということで、人間になったその日に呼び寄せた針子さんに注文してもらっていたものが、やっと今日出来上がってきたわけだ。
そしてこの日に合わせて、公爵家お抱えの工房へ頼んでいたアクセサリーやバッグ類も届けられた。
そんなわけで私はエルメールさんに手伝ってもらいつつ、たくさんのドレスを順番に試着していく。
ドレス自体は仮縫い状態のときに試着したんだけどね。
しかしアクセサリーや髪型も合わせてみてから、また丈や装飾を変更することもあるらしい。
ちなみに人間の十歳児くらいな容姿なのでコルセットはまぬがれた。
この国ではデビュタントの十五歳くらいから着けるのが一般的らしい。
ちなみに私の胸は完全なるまな板だ!
そして相変わらず下着の方はカボチャパンツ。
しかもこのパンツ、最近は侍女の誰かがこさえてくれたらしい動物や花の刺繍やアップリケが付いてたりするんだよね。
これはちょっと恥ずかしい……十歳児としても子供っぽすぎるでしょう。
でも侍女さんたちが楽しそうなので我慢してる。
私は空気の読める大人な赤ちゃん竜なのです。
なにはともあれ、鏡に映ったドレス姿の自分は本当のお姫様みたいで何だかドキドキしてしまう。
こんな格好、前世ではしたことがないから。
「ねぇねぇエルメールさん、これ派手すぎない? 変じゃない? 大丈夫かなぁ」
いつもは竜から人間に戻った時にぱぱっと着られる簡単なワンピースだから、きちんとしたドレスはそんなに着る機会はない。
慣れなさ過ぎて心配になってしまった私に、エルメールさんはにっこりと笑う。
「とんでもない。よくお似合いですわ。どこの令嬢よりも素敵なレディです」
「そうかな。なんだか変なかんじ」
褒められるとやっぱり嬉しくて、しかしやっぱり慣れない恰好に照れてもしまってもじもじしてしまう。
そんな私を微笑ましく見るエルメールさんが、ブラシを取り出し髪をすきはじめた。
「今着て頂いているドレスで今回届いたものは終わりですわ。今日はこのドレスで過ごしましょうか――――しばらく、じっとしていてくださいね」
「はーい」
髪を触ってもらうのって気持ちがいい。
「……髪はそうですね。せっかくですから少し時間をかけて編み込みを……いえ、綺麗な黒髪ですしハーフアップにして半分は流した方がいいかもしれませんわ」
「長いの邪魔だから、まとめて欲しいなぁ」
「そうですか? ではハーフアップはやめてまとめ髪にしましょうね。飾りにご希望は?」
「えーと、あ、あれがいい。可愛いお花のやつ」
私が指したのは小さなパステルカラーの花がたくさん入った小箱。
花の一つ一つにピンが付いているので、それぞれを好きなところに留められる。
小さな花が髪にたくさん散らばってついてるのって可愛いと思う。
今着ているドレスもパステルカラーなイエローだ。
フリルを重ねたティアードスリーブな袖にボリュームのあるアンブレラスカートと呼ばれる形のこのドレスはフワフワヒラヒラでお花が合いそうな雰囲気だ。
「いいですね。ではこちらを」
「ふふ、楽しみ」
「私もです。きっととても可愛らしい姫君になりますわね」
エルメールさんはとても器用に、髪を結ってくれた。
結ったあとは小花の髪飾りをひとつずつ取り出し、バランスを考えて付けていく。
「さあ出来上がりましたわ」
出来上がったのは綺麗なまとめ髪。
今まで高い位置でのツインテールや大きなお団子ヘアが多かったけれど、そういうのとは少し違う。
カジュアルな雰囲気が消えて、フォーマルな感じになったって言えばいいのかな。
編み込んできっちり纏め上げたこの髪型は、いつもより少し大人っぽくて新鮮だった。
「ありがとう。とっても素敵」
「良かったです。ではリュクス様に見せてあげてくださいな。首を長くして待ってらっしゃいますわ」
「そうだね」
今ごろ別室でトマスさんと遊んで待っているリュクスくんのところへ、私はふわふわしたドレスの裾を揺らしながら向かうのだった。