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17好き嫌い




 私ってばご飯を食べられるようになった喜びでうっかりはしゃぎ過ぎてしまった。

 幼児に口元をぬぐってもらうなんて大人げなかったよね。

 それにパンがゆで泣いちゃうとか、もっと大人げなかった。

 でもそれくらい美味しかったんだ!



 そんな泣くほど感動的な【はじめてのご飯】を経て、食事時は人間の姿でテーブルに着くようになった。

 一緒のテーブルで食べるようになってから、私はあることが気になるようになった。


「ごちそーさまでした!」


 そう言って元気に手をあわせたリュクスくん。

 しかし彼の前のお皿には、まだ野菜がごろごろ残っている。


 他も見てみるとスープカップの中も具が残っているし、ミニサラダの皿にいたっては手付かずのまま。

 今まではテーブルより低い位置で食べていたからあまり見えなくて気にならなかったけれど、隣で食べるようになって初めて、リュクスくんの好き嫌いが激しすぎることに気づいてしまったのだ。


「リュクスくん、ブロッコリー」

「……」


 指摘すると、むぅっと、リュクスくんの唇が大きなへの字へと曲がっていく。


「食べないとだめだよ。全部じゃなくても、一個だけでもさ」

「や」

「やじゃないの。お野菜にはいっぱい栄養があるんだからね」

「けっこーです」

「はい、どうぞ」


 お皿に乗っているブロッコリーにフォークを刺して口元にもっていったけれど、ぷいっと顔をそむけられた。


「リュクスくん……」

「いーやーだーよー」

「食べて」

「やっ!」

「もうっ」


 ……別にね、好き嫌いがあるのは仕方ないと思うんだ。

 大人になった時にもまだ食べられないものがあっても構わない。

 食事の好みなんて人それぞれーーーってことで終わらせてあげたいけれど、でもそれって一つか二つの話。


 リュクスくんは、あまりにも嫌いな食べ物が多すぎる。

 ビーマンにニンジン、トマトにカリフラワー、かぶにきゅうりに豆類などなどなどなど……。

 つまり野菜が全滅。

 さらに魚類も全滅だ。


 彼はパンとパスタ、あとは肉類のみを食べる子だった。これはさすがに栄養が偏りすぎている。


「これだけは食べるまで部屋に帰っちゃだめ」 

「なにそれ。シンシア、いじわるだめだよ!」

「いじわるじゃないよ。リュクスくんの体を心配してるの」

「いじわるだよ! ぜったいたべない!」

 

 私は眉を寄せた。

 

 別にこれで元気に生きてるんだしいいじゃないと考えられるならよかった。

 でも公爵家のシェフはリュクスくんが食べないと分かっているのに、それでも栄養たっぷりのバランスが取れた食事を作ってくれている。

 少しでも口に入れてくれるのではと期待して。

 小さく刻んだり、星型にくり抜いてみたりと工夫もみられる。

 それらを丸ごと全部を残すのはもったいないし、申し訳ない気分にもなってしまう。


「リュクスくん、はい。あーん。おいしいよー」

「ぜーったいやだ! まずい!」

「あ! こらまだだよ!」


 私の制止なんて聞かず、リュクスくんは椅子から降りてそそくさと部屋を出ていってしまった。


「……うーん」


 リュクスくんが食べなかったブロッコリーを自分で食べながら考える。

 新鮮で、茹で加減も程よくとっても美味しい。

 これをなんとか食べさせる方法はないだろうか。


「古典的だけど、一応あれを試してみようかな」


 絶対に食べてくれるという保証はないものの、前世の園児たちには効果抜群だったあれを。




 

* * *



「……料理をなさりたいのですか?」

「料理というかお菓子づくりをしたいのよ。だからキッチンを貸してほしいの」


 キッチンに行ってシェフに声をかけた私に、コック帽子をかぶった中年の男性シェフは困惑した色をみせた。

 たぶん、このシェフには子供のおままごとみたいに取られているのだろう。

 遊びに本物のキッチンや調理道具を使われるなんて、あまり気がすすまないらしい。

 

 だったらここはこの可愛い美少女の見た目を利用して、うるっと瞳をうるませながらの上目遣い作成だ。


「いいでしょ? シェフさん、おねがぁーい!」

「ううん……。まったく仕方がないですね」


 デレッとされた。

 たいへんちょろいシェフだった。


「ーーでは火を使う時は言ってくださいね? あと包丁も、一人で使わないと約束してください」

「えぇ? 包丁くらい使えるよ」

「いけません。守っていただけないのならお貸しできません」


 頬を膨らませながらもキッチンは使いたいので私は頷いた。

 料理が出来るとは、本当にまったく一切思われていないのだろう。

 

 でも私は前世で一人暮らしだった大人の女。

 家庭料理くらいならばっちりだ。


「じゃあシェフ。人参を五本と小麦粉。砂糖とバターと卵をもらえる? あるかな?」

「はいはい、ございますよ。これをどうするんですか」

「人参はみじん切りにしてすり潰したいの」


 包丁を使うのが許されなかったので、細かく切ってすりつぶすのは任せることにした。

 その間に私は小麦粉をふるう。

 そして別のボールで卵白と砂糖を合わせて泡立てる。


「……お菓子をつくってらっしゃるのですね? なのに人参をこんなに使うのですか」

「そうよ。お菓子なら野菜入りでもリュクスくんが食べてくれるかなって」

「ほぅ、野菜入りのお菓子とは……それはそれは……なんとも子供らしい自由な発想だ」



 シェフが困惑した反応なのは、この国にはお菓子……それも特に焼き菓子に野菜を混ぜ込む文化がないから。

 図書室でレシピ集を何冊か読んだけれど、ほぼ存在しなかった。

 読んだと言ってもまだ簡単な単語くらいしか文字は分からないから確証はなかったけれど、シェフの台詞的に勘違いではなかったみたい。


 理由とすれば、たぶん果物とくらべて野菜は甘みが少ないからお菓子とは合わないと考えられているのだろうと思う。

 前世の世界みたいに品種改良が進んでない為、どの野菜も苦味やえぐみが強めなんだ。


 でも人参はこの世界の野菜のなかでも苦味もクセもない部類のものだし。たぶんいける! はず!


「きっとおいしいから、あとでシェフも味見してね」

「え、えぇ……では少しだけいただきます。あ、一口だけで結構ですよ」


 きっとまずくなるんだろうなと予想されているらしく、頷きながらも愛想笑いだった。


 期待されていないことは面白くない。

 すごくおいしいものを作ってやると意気込みながら、私は卵白を泡立てる。

 



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