15私、飛んでる!
「シンシア、うさぎさんみたいだねぇ」
私を見ながら自らの頭に手をやるリュクスくん。
そう、今の私の黒い髪は高い位置で結ばれたツインテールだ。
腰まで届く長さが鬱陶しいから結って欲しいとエルメールさんに言ったらこうされた。
結んだ髪の根本には首元のリボンと同じ素材の赤いリボンが付いている。
額の竜石は目立ってしまうので、前髪は分けずにおろすことにした。
「この髪型で本当に大丈夫かなぁ」
なにせ前世の私服はTシャツジーパンばっかりだったので。
頭にリボンを付けるのが、なんとなく恥ずかしい。
可愛いものは好きだし、似合ってるとは思うのだけれど、慣れていなくて変な気分だ。
「まぁ、もじもじしてお可愛らしい……似合っておられますよ。今度は編み込みにさせて下さいな」
「かわいいよ!!」
「あ、ありがとう」
「でも、りゅーのシンシアもかわいい」
「ありがとう……」
「もう、なれない?」
「そ、そんな悲壮な顔しないでよ……ええっと」
よほど竜の私が気に入ってたのだろう。
リュクスくんが目をうるうるさせてきた。
どうやって人間になったかもいまいち分からないから、戻り方もよく分からないんだけど。
あぁ、リュクスくんが涙目になっていく。
「えええっと、ええっと! りゅっ、竜になーあーれぇー!」
やけくそで人差し指をたてて大きく振りながら、力の限り叫んでみた。
すると、なんとまた額の石が光った。
「おぉ!」
「っ!」
リュクスくんの感嘆の声が聞こえるなか、私は眩しくて目を瞑る。
少しして光がやんだあとに目を開くと、竜の姿にもどっていた。
「きゅう!」
まさか口に出すだけで変化できるだなんてビックリよ。
もしかして念じるだけでもいける?
試してみるために、今度は「人間になーあーれー!」と声には出さず念じてみた。
するとまたピカッと額の石が光った。
「おぉぉ!」
「ま、眩しいですわ。リュクス坊ちゃま、直視してはいけませんよ」
「あ、ちゃんと人間になれた。ただそうなりたいって思うだけでいいのね」
「まぁ、本当に竜のシンシアでしたのね」
これまで半信半疑だったエルメールさんも、目の前で変身するところをみてやっと信じてくれたみたいだ。
「……ってひ、ひぇっ!」
私はまた裸体になっていた。
竜になるときに衣服は全部落ちているので、着るものがないのは当然なのに、まったく考えてなかった。
「りゅ、りゅうになーあーれー!」
念じるだけでいいのに、急ぐあまりに叫んでしまう。
その後、落ち着いてから何度か検証してみた結果、竜の身体に服をかぶった状態で変化すると、ちゃんと服を着た状態の人間になれることが発覚した。
服さえ近くにあれば露出魔になることなく変化し放題だ。よかったよかった。
* * *
それにしても、今日は色々たいへんだった。
お墓への埋葬だけでも精神的にも体力的にもしんどくなるものなのに、更に変身能力まで得てしまって忙しない。
ちよっとくたびれた私は、休憩することにした。
カーペットの上に転がって、うんと伸びをする。
「きゅーう!」
人間の体って本当に便利だししっくり馴染むけれど、気楽なのはこの赤ちゃん竜の姿の方だよね。
なにせ赤ちゃんだし。
たいていのことは「赤ちゃんだから仕方ない」ですませてもらえる素敵さがある。
「シンシア、はねがパタパタしてる」
「きゅ?」
嬉しいと尻尾が左右にぱたぱた揺れるのはいつものこと。
だけど、羽の方が勝手に動くのは初めてだ。
羽の場合はいつもは凄くふんばってやっと少し動くくらいだったのに。
これは……もしかすると。
私は転がるのをやめて、四本足で立ち上がった。
ふんっと気合いをいれて背中と羽の付け根に力を込め、意識して羽を動かしてみる。
「きゅ、きゅ、きゅ、きゅー!!!」
――――浮いた!
「まぁ、凄いわ」
凄い、浮いてる。
見下ろすとリュクスくんがいて、目線の高さにエルメールさんの顔がある。
私、完全に浮いてる! 飛べてる! 嬉しい!
「すごい! すごいしんしあ! とんでる!」
「きゅう!」
すごいよね!
「かっこいい! いいないいな!」
だよね! かっこいいよね!
私は意気込み、更に背中に力を込めて羽を動かす。
何度か不安定になって落ちそうになったけれど、しばらくすると体重移動で左右にも行けるし、高さも変えられるようになった。
「すごいよしんしあ!」
でしょう! 私すごい!
私は調子にのってぶんぶん部屋を飛び回った。
赤ちゃん竜の手足だとものすごく移動が大変なのに、飛ぶとたった一秒くらいで部屋の端から端まで行けてしまう。
すいすい移動できる快適さに感動した!
「てんさいだ! シンシア!」
「きゅう!」
だよねだよね! 飛べるってすごいよね!
私はさらに気合いを入れて、空中で華麗に宙返りなんてしてみた。
―――ガシャーン!
「きゃあ! 公爵家に代々伝わる壺が!」
「わぁまわった!」
「きゅきゅー!」
リュクスくんがおおきく拍手してくれたので、嬉しくて連続宙返りを決めた。
―――パリ―ン!
「あぁ! 旦那様が大切にしてらっしゃる壁掛け時計が……!」
「すてきだシンシア! せかいいちー!」
「きゅうっ!」
リュクスくんが飛びあがって大喜びだ。
よし! 今度は四回転決めてみようかな!
「ひっ……国王陛下から賜った飾り剣がぁぁぁぁ!!!」
……―――ちょっと楽しすぎて、その時の私の耳はエルメールさんの悲鳴を素通りしていたのだと自覚したのは、ちょっと落ち着いてから。
リュクスくんと一緒に並んで、夜遅くまでとてもとても長くてきついお説教をされたうえ、お尻ぺんぺんまでうけることになってしまった。