14幸せの笑顔
異性のぶかぶかな服一枚という、場合によってはときめく素敵シチュエーション。
でもそれは恋人と二人きりでいちゃつく時であるからこそ良いものなのである。
さわやかな青空の下、人様のお墓の近くでうっかり裸体をさらす醜態をやらかした自分を隠すことが目的では、ただただ恥ずかしくて情けなく、そして申し訳ないだけだった。
穴に入りたいってこう言う気持ちをいうんだね……。
なので公爵家に戻ってすぐ、出迎えてくれた侍女さんたちへ私は何よりもまっ先に訴えた。涙ながらに。
「はやく! はやくまともな服くださーい!!」
「えぇっと……どなた様でしょう?」
* * * *
私が竜のシンシアだと矢継ぎ早に説明すると、驚きながらも慌てて服を探してくれた。
少し疑っているみたいな雰囲気はあったけれどね。
でもリュクスくんもトマスさんも同じように説明したし、とにかく服をというお願いに一生懸命答えてくれた。
しかしその侍女のエルメールさんは、今、申し訳なさそうに眉をさげている。
「すみません。探してみたのですが、シンシア様くらいの女の子用の服がこのお屋敷にはなくって。今、お抱えの工房へ針子を呼びに走らせておりますので」
エルメールさんは、金髪の中に緑色がメッシュみたいに所々入った変わった髪色をした女の人。
二十代半ばで背が高い。
切れ長な瞳とあいまってクールな印象のスレンダー美人さんだ。
おっとりした感じだったマリーさんと変わって、これからは彼女がリュクスくん専任の侍女になるとのこと。
兼任して、私のお世話係でもあるらしい。
私をペットな赤ちゃん竜だからと気安く話してくれていたマリーさんとは違い、誰であっても丁寧な敬語を使うきっちりした人だ。
そのエルメールさんが謝っているのは、残念ながらこの家に推定十歳ほどの女の子サイズの服がなかったから。
別に謝る必要なんてないのにね。
とにかくすぐに用意できるものをと探して着せてもらったものは、リュクスくんのお父さんである公爵様の子供の頃のお古だった。
「エルメールさん、これで十分だよ。着心地ばつぐんだよ? 用意してくれて有り難う」
私の恰好はワイシャツにニットのベストで、首もとには赤いリボン。
あとはベストと同じ色合いのショートパンツに、編み上げのロングブーツという、貴族の男の子の服装だ。
生地はとても上質なものみたいだし、定期的に手入れもされていたようで肌触りがよくて動きやすい。
お古であってもなんの問題もない。
「スカートよりパンツスタイルの方が楽だし」
「そうですか? でも……」
エルメールさんは納得いかない様子で、私を頭から足先までにゆっくり視線を流してからため息を吐いた。
「こんなに可愛らしいお姿ですし、お似合いになるドレスをやっぱり着ていただきたいものですわ。呼び立てている針子には、必ず急ぎで、そして最高なものを作らせますわね。本日中には出来上がるまでの間に合わせに、既製のドレスも何着か調達いたします」
「うーん……」
「あら、乗り気でない反応ですね? ドレスはお嫌でした?」
「可愛い服は好きだよ」
可愛いものはすき。可愛い服も着るのは嬉しくなる。
ただ、私は庶民なのですこし尻込みしてしまうの。
「今こうやって着るものがあるのに、わざわざ新しく買うなんてもったいないなって思ったの。しかもオーダーメイドでしょう? 絶対高いじゃない」
「お気になさることはございませんわ」
「そう? いいのかなぁ」
「ええ、なにせハイドランジア公爵家のシンシア様飼育費は潤沢ですから」
「しいくひ……」
いわく、宝石をふんだんに盛り込んだようなドレスを何着も作るならともかく、子供が普段着るドレス程度ならすでに予算に組み込まれている公爵家の『飼育費』で十分らしい。
飼育費って響きがなんだかなー。
でも私って竜だし動物だし、飼われてる立場だし、衣食住完全にお世話になってるし。
どう考えてもペットの枠組みなんだろうけど! 飼育されてるんだけど! 飼育費って!
響きがなんとなく嫌!
そんな、ちょっとの不満をどう伝えようかと考えていた時――コンコンと、部屋の扉がノックされた。
「もーいーいー?」
リュクスくんの声だ。
「うん、着替え終わったよ。はいって大丈夫だよ」
「おじゃましまーす……わぁ! シンシア、かわいい!」
「ふふ、有り難う」
「ほんとかわいいねぇ、いいねぇ。すてきだねぇ」
「リュクスくん、褒め上手だよね」
私のまわりをくるくる回りながら上から下までしっかり見てくれて、ものすごく褒めてくれるリュクスくん。
これはうっかり図にのってしまいそう。
というか、さっき鏡で見た私は自分でいうのもなんだけど確かに可愛かった。
黒い髪に赤い瞳の、目鼻立ちのはっきりした美少女。
たしかにエルメールさんが素敵なドレスを着せたいというのも、納得できてしまう姿だった。
「ねぇねぇシンシア?」
「なあに?」
みると、リュクスくんは昨日のまではまったく見せてくれなかった笑顔を浮かべていた。
見る人が幸せになる、ずっと見たかった笑顔が、私は嬉しかった。