12光るなんて聞いてない
「シンシア、シンシア?」
不安そうな幼い声が、私をよぶ。
「どこ⁉ シンシアー!?」
呼ばれる声に反応しちゃだめ。
自由に世界を旅する生き方をしようと思うのなら、ここにとどまらずに行くべきなのだ。
でも。
「シンシア……ふ、ぇ……どっかいっちゃったぁ」
リュクスくん、泣き出してしまった。
震えた声で泣きながら「シンシア」「シンシア」と私を呼ぶ。
お父さんもあわてて私を探しているけれど、やっぱり小さすぎて草にまぎれてみえないらしい。
「やだ、シンシア。いなくなっちゃやだ」
私、「シンシア」なんて名前じゃないのに、もう馴染んでしまった。
「いなくならないで」
ふり返って、戻るべきじゃないのに。
飼われる立場のペットなんて、とっても嫌なのに。自立したいのに。
「いっしょにいて」
園児が心配で離れられなくて、そのせいで過労死した前世があるからこそ、今度は縛られずに生きようと思ったのに。
「しんし、あ」
――あぁ。だめだ。
声が痛い。
置いて行けない。
「きゃん!」
私はうんと首を伸ばして、大きな声で空へむかってないた。
ここだよと知らせるために。
「シンシア!」
リュクスくんはすぐに気が付いてくれて、こっちへかけて来る。
可愛い顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。
あ、転んじゃった。
それでも助けに来たお父さんの手を取らずに自分の力で立ち上がり、ふたたび駆けてくる。
「シンシア、シンシア! シンシア! いた。っ……よかったぁ」
辿り着くなりこっちへ伸ばされた小さくてふっくらとした手が、私を抱きしめた。
すり寄せられた頬が柔らかくて、あったかい。
「きゅう」
――だめだなぁ。もう完全にほだされてる。
「シンシアまで、いなくならないで。おねがい」
切なる願いに、きゅっと胸が縮んだ。
リュクスくんの肩越しに、お母さんの墓石が見えた。
「きゅう」
『飼われる』ことは、思いのほか気持ち的にしんどかった。
竜の本能なのかな、外に出たくて出たくて仕方がなかった。
自分の意志で一歩も外に出られないのが、もどかしかった。
だからこの弱くて小さな体で外へ出ていくことがどれだけ危ないかをなんとなく分かっていても、出ていくことを望んだんだ。
でもやっぱり、どうしても。
泣いている子を見捨てられない。
前世でどれだけ体調が悪くても、どれだけ同僚が辞めて行っても仕事を続けていたのは、待っている園児がいたから。
「先生、またあしたね」って手を振って別れられたら翌日も出勤するしかないじゃないか。
しんどくても、やめられなかった。
子供が好き。可愛くて可愛くてどうしようもないほどに好き。
大好きな子供たちのそばにいたい。笑ってほしい。ただそれだけで、私は彼らの先生で居続けた。
「きゅう」
うん、決めた。
君がもうすこし大人になって一人で立てるようになるまで、そばにいることにしよう。
仕方ないから、それまではペット役をしてあげる。
「きゅう」
リュクスくん、と呼びながら、ぺろりと頬をなめた。
「ふっ」
ちいさな唇から、笑いがもれた。
笑ってくれたのが嬉しくて、何度も何度もほっぺをぺろぺろする。
「くすぐったいよ、シンシア」
「きゅう!」
「ふはっ、あはははは!」
わぁ、リュクスくんのこんな無邪気な笑い声、久しぶりに聞いたな。
嬉しくて私はまたほっぺを舐める。ぺろぺろ。ぺろぺろ。
人間の大人だったら変態っぽいことしてるなぁとほんの少しだけ思いながらも、ぺろぺろした。
「ふふっ……! シンシア、だいすき」
「きゅ」
うん。私も、だいすき。
そうだ。私はこの子が大好きになってしまった。
前世でみていたどの園児よりも、大切な子になってしまった。
だいすき。
―――その時。
お互いの『大好き』の気持ちが二人の間でカチリと重なったような、今まで感じたことのない不思議な感覚がした。
なに? これ。
びっくりした瞬間、体がカッと熱くなり、私の額のムーンストーンみたいな乳白色の石が強い白い光を放ちだした。
「きゅ!?」
「え、シンシア!?」
なにこれ、どうして光ってるの?
持ち主の私の意志に反して、額の石の光はどんどん強く大きくなっていく。
眩しくて仕方がない。
耐えられなくて、きゅっと一瞬だけ目をつむった時。
一際に光が大きくあたりへ広がっていって、ゆっくりと消えていった。
「なに今の、眩しすぎる。め、目が……」
目をしぱしぱ開けたり閉じたりして、視界の感覚を取り戻す。
やっと戻った視界の先には、さっきとおなじようにリュクスくんがいた。
そのすぐ後ろにお父さんもいて、私をみている。
うっかり光っちゃったせいで驚かせてしまったらしい。
私も凄くびっくりした。竜石って光るものだったのか。
あれ? ……なんだか少しだけ、目線の高さに違和感があるような。
「もしかして、リュクスくん小さくなってる?」
いつだって見上げる体勢になっていたリュクスくんを、今は見下ろしているのだと気がついた。
首を傾げる私の前で、リュクスくんがぼうぜんとした様子で言葉をこぼす。
「シンシアが、おっきくなったんだよ……」
「え?」
そういえば私、人の言葉を話してる?