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11脱走


 今日はお墓への埋葬の日。


 公爵家からほど近い、丘の上に建てられた真新しい墓石の前に私たちはいる。


 周りには誰も居ない。

 埋葬も済んで参列していた人たちは解散し、使用人の人たちは気を使って場を離れてくれたのだ。

 リュクスくんとお父さん、そしてペットの私が墓の前にたたずんでいた。


 たった今埋められたばかりのお母さんのいるあたりの地面を、しゃがみ込んだリュクスくんがそっとなで呟いた。


「ばいばい、ははうえ」


 ぽとり――雫が落ちて地面に黒い染みをつくる。


 彼がお母さんはもういないのだと、納得は出来なくても認めたのはこの時かもしれない。

 さよならを最後にちゃんと言えて、偉いね。


「きゅう」


 ありがとう、と私もお母さんに一声だけないて一歩後ろへさがった。

 

 リュクスくんにはお父さんが寄り添っている。

 たった一週間だけの付き合いだった私は、これ以上は遠慮するべき場面だろうと一歩さがった。



 ……埋められる前に見た棺の中、綺麗に化粧の施されたリュクスくんのお母さんは、穏やかに眠っているだけのようにみえた。

 でも首や額には布があてられ、胸から下は花に完全に埋もれさせ見えないようにされていて、その下はきっとひどい状態なのだろうと想像してしまう。

 それでもきちんと整えられた彼女の姿はとても綺麗だとも思った。


 マリーさんも家族に引き取きとられる前に一度会ったが、同じように綺麗に整えられていた。


 犯人はかつてこの公爵家の領地内で頻発していた盗賊団の残党だったらしい。

 数年前にリュクスくんのお父さんが一掃し壊滅させたのを逆恨みしてのことだとか。

 狙いはやはりお母さんを亡き者にすることが第一の目的だったとか。

 息子であるリュクスくんも第二目標とされていたらしかったけれど、それは防げたとか。

 あまり詳しい事情はこの赤ちゃん竜の身では聞き出せなかった。

 侍女さんたちが話していたのをちらっと耳にできた程度だ。


「きゅ……」


 リュクスくんとお父さんはお母さんとの思い出を墓に語り掛け続けている。

 私はさらに一歩、離れることにする。

 いやだって、よそ者だしね。

 気を使って家族だけにしてくれて離れていった使用人さんたちのところに行くべきかな。

 そう思って、一歩、また一歩と離れていく。

 歩みはとっても遅いけれど、ゆっくり歩けば転ばないんだよ。急げば転ぶから慎重に。


「……」


 ひらけた丘の上だから、風がとても気持ちいい。


「きゅ?」


 そういえば私、公爵家に拾われてから初めて敷地の外に出してもらってるな。

 何度も何度もドアノブに飛び付こうとしたけれど結局かすりもしなかった。

 

 リュクスくんは、まだまだお墓のお母さんと話しているようでこっちを見ていない。


「きゅ……?」


 これは……逃げるチャンスかもしれないと、ふと思いついてしまった。

 

 そもそも私は彼らのペットになるつもりはない。

 前世は人間だから『飼われている』ことがとても嫌なのだ。


 それにせっかく人間以外の生き物になれた。

 生活費を稼ぐ必要もなく、野宿で生きていける動物のこの体。

 竜がいるならペガサスや妖精なんかの不思議生物もいるかもしれないし、そういうのを探すために異世界をのんびりめぐる旅に出たいとも思っていた。

 ムウムのミルクなんてどこにでもあるものらしいので、飢え死にする可能性も低いだろう。




 今、誰も私をみていない。

 もちろん犬みたいにリードも付けられてない。

 このままここから離れれば、最初の野望通り旅にでられるかもしれない。

 自由に、なれるかもしれない。

 そんな想像が湧いてきてしまった。


「……」


 私は周りを見渡しつつ、ゆっくりさらに距離をとってみる。


 二歩、三歩後ずさったあとも声を掛けられなかった。


 そのまま彼らにくるりと背中を向けて、真っ直ぐに進む。

 誰にも見つかってない。


 埋葬という時に脱走なんてごめんなさいとも思うけれど、こんな時くらいしか逃げるチャンスがないのだ。

 次にいつ機会がくるのか分からない。

 ひょっとしたらもう二度と外にだしてもらえないかもしれない。

 

 





「きゅ、きゅ、きゅー」


 私は草地の上を短い手足でどうにか進む。

 よっせよっせと足を前へ出す。

 たぶん転がったほうが早い。でも前の失敗があるので転がることはしない。

 しかし、所どころでやっぱり草に足を取られてころんと一回転はしてしまう。

 それでも私はくじけない。立ち上がって進むのだ。


 まだ見ぬ異世界へのあこがれを、現実にするために。


「きゅーうー」


 振り返ると、リュクスくんはずいぶん遠くになっていた。


「きゅ」


 また一歩、進もうとしたとき。


「……シア?」


 気付かれてしまったらしい。

 リュクスくんの声が聞こえてしまった。 


 とたんにズキリとした痛みが胸に走る。


「シンシア? どこ!?」


 私の姿は見つかってないらしい。

 この体はとっても小さいし、距離もあるし、たくさん生えた草でみえないのだろう。

 でも振り返るとこちらからは草と草の合間から、遠目でリュクスくんが見える。

 竜は耳がいいようで、離れていても声もはっきりと聞こえた。




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