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1気づいたら異世界


 前世での最期の記憶は、とつぜん倒れてしまった私をかこむ、子供たちの泣き叫ぶ姿。


「せんせぇ!」

「どうしたの? いたい? いたい?」

「うわぁぁぁん! しぇんしぇぇぇぇ!」


 不安そうにするみんなを抱きしめてあげたい。 

 なのに体がもう動かない。

 起きあがれないどころか、声も出なくて、浅い呼吸を繰り返すのみ。

 

「せんせぇ! せんせぇ!」

「おきてえ!」

「ちぇちぇー!!」


 ――ごめんね。



 

 こうして私は意識を完全に失って、死んだ。


 二十四時間運営の未認可保育園で保育士として働き、人手不足ゆえに半年間一日も休んでいない体が限界を迎えたがための結果。



 つまり過労死だった。



 

 * * * *



 ――――うん、過労死……した、はず。

 倒れて気を失ったあとからの記憶がないから百パーセントではないけれど、あれはきっと死んだ。

 

 しかし今の私は、なぜか見渡す限りの草原にいる。

 目を開けたら、ここにいたのだ。


「きゅ……」


 しかも私ってば、なにやら丸っこい動物になっているような?


「きゅーう」

 

 それに言葉を話せないような?


「きゅう! きゅうきゅーうっ!!」


 訳の分からなさに混乱して力の限り叫んでみた。


「きゅう」


 あぁ、やっぱり「きゅう」としか声がでない。話せない。


 感覚的には私は丸々とした小動物になっちゃってる。

 お尻に尻尾が生えているようだけど、鏡がないので全貌はわからない。

 そして周りには誰もいない。

 ひとりぼっちで草と土にまみれている寂しい状況だ。



 とりあえず現状をしっかり把握するために、落ち着こう。

 こういう時は深呼吸だ。

 大きく息を吸いながら草の上にころりと転がって、吐きだしながら快晴の空を見上げてみる。

 そうしてしばらく考えて頭の中を整理して、少し悩んで、混乱と不安に少し泣いて。


 時間をかけて、結果的にこれは転生というやつなのだなと理解した。


 だって太陽が二つあるんだよ。

 空にはわけわからん七色に光る鳥が飛んでるし。

 ……就職してからは遊ぶヒマなんてなくなっていたけれど、学生時代はラノベにゲームにアニメにと、どっぷり二次元の世界に浸っていたいわばオタクだった。

 どこぞのファンタジー小説で見たような、地球ではありえない景色が広がっている。

 だからこれは人間以外の生き物への異世界転生だって思った。

 

「きゅーう」


 前世では私は生まれてすぐに公園に捨てられた孤児というやつだったので、親も兄弟もいなかった。

 うけもっていた園児たちも成長するにつれ私のことなんて忘れていくだろう。

 だから向こうの世界での心残りは特にない。


 あ、そういえば今の動物の身なら、別に生活費を稼がなくてもいいんだよね。

 つまりはニートでも構わないわけだ?

 それは素敵だ。


「きゅ……」


 見上げた空はとっても広くて、肌を撫でる風もきもちいい。

 しけった土の匂いが落ち着く。

 こんなにのんびりした心地で横になるのはどれくらいぶりだろうか。

 


 ……学生時代に中二な心で夢見ていた異世界というところに、今自分はいる。

 広がる草原の向こうは、一体どうなっているのだろう。

 ここはどんな世界なのだろう。

 もしかして魔法とかあったりするのかな。

 

 状況をのみこんで、改めてこの世界について考えてみるとワクワクしてくる。

 今の自分がニートで許される生き物なら、のんびり放浪していろんなところをめぐってみたいものだ。


「きゅう」

 

 ……伸ばしてみて見える自分の手足は短くて、二足歩行は不可能。

 本当に丸々してる……これはきっと、歩くより転がって進んだ方が早そう。

 まわりに誰もいないし、ひとりぼっちで寂しくなってきたし、とりあえず転がって移動してみることにした。よいっしょ。


「きゅう」


 そう思ってまず転がってみたのが、間違いでした。


 ニ・三度回転して移動してみた直後。


「っ!?」


 草原の傾斜は目で見てたぶんいけそうだなって思っていたのよりきつかった。

 そして思っていたより私の今の身体はどんくさかった。

 その上、自覚していた以上に丸々とした身だった。


 勝手に体がころころ転がりだしたのだ。

 ころころころころ、私は草と土に絡まりながら傾斜を転がり落ちていく。

 この短い手足では力が入らなくて、自分では止められない。


「きゅーう!きゅーうー!」


 どんどん転がる速さが早くなっていく。

 こわい。



「きゅう! きゅうー!! きゅー!」


 誰か止めて! 誰かー! 助けてー! 

 しかし鳴き声は誰にも届かず、私はひたすら草地の傾斜を転がり続ける。



 ころころ。


 

 ころころ。



 ころころころころと。



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