8
二十年前の七月四日――――
『アメリカ合衆国、ネバタ州南部、〝グレーム・レイク空軍基地〟に、突如出現した〝怪獣〟――後に〝グレーム・レイク・1〟と呼ばれる、六十メートル級の大型怪獣によって、アメリカ合衆国はその国土の半分を失いました』
「…………なるほど――――」
夏の日差しが窓ガラス越しに差し込み、机の上の教科書を焦がすように照らしている。
歴史の教科書を開いた葦舟ミライは、必死に黒板に書かれる文字をノートに写していた。
『突如出現した怪獣に、当時のアメリカ政府はもてる戦力のすべてつぎ込み怪獣殲滅に当たりましたが、その作戦はことごとく失敗の連続。打つ手のなくなったアメリカ政府は各国に支援を求め、NATO軍と国連軍が派遣されましたが戦況は芳しくなく、戦闘は二週間もの長い間、休むことなく続きました。そして、長き渡る戦い末――――十五日目にようやく、怪獣〝グレーム・レイク・1〟の殲滅に成功しました。この初めての怪獣出現――――〝Born on the Fourth of July〟を機に、各国では怪獣に対する調査と怪獣出現に備えた、あらゆる防衛策がとられました。そして人類は、その後、数度の怪獣出現を経て、ようやく怪獣に対するいくつかの事実と、その対策方法の基礎をつかんだのです』
教師の説明は滔々と続いていく。
『まず、怪獣の出現方法、出現時期は完全に不明――――海の中や、地面の下、空の上から突如出現して、一番手近な人口密集地を襲うという習性のみ、全ての怪獣に一致しています。怪獣の姿形はすべて異なり、同一の個体は存在していない。魚のような姿の怪獣、恐竜のような怪獣、鳥のような怪獣、火を吹く怪獣、雷を放つ怪獣、酸を吐き出す怪獣――――その全てが人類の最大の脅威となりました。そして特に人類に甚大な被害を齎したのは、五番目に出現した怪獣〝ヴァルプルギス・ナハト〟と、七番目に出現した〝アトミック・ボンバー〟。この二匹の怪獣によって、人類は多くの犠牲を払い、その生存圏を失いました。とくに〝アトミック・ボンバー〟の出現した、北日本から東京にかけての被害は甚大でした。〝北日本消失〟と呼ばれている惨劇によって失われた人命は、日本の人口の約半分とも言われています。最終的に首都東京にて、〝アトミック・ボンバー〟の〝殲滅〟は成功しましたが、その結果、首都東京は消滅。その後、自衛隊と国連軍による調査団によって、たった一名の生存者が発見されました』
「―――――――――っ?」
手を動かしていたミライの手が、ピクリと止まった。
自分が知っている、唯一ともいっていい怪獣――――〝アトミック・ボンバー〟という名の怪獣に、ミライの心拍数が自然と上がっていく。背中に嫌な汗をかき、わきの下がじんわりと湿っていた。
首都東京を含む北日本を失った惨劇の唯一の生き残りという罪悪感や、後ろめたさに似た感情が――――少年の心を震わせる。
「僕は、日本の人口の半分を失うことになったあの出来事の唯一の生き残り。僕だけが…………生き残った。生き残ってしまった」
突然、目の前で歴史の講義をしている教師が、自分の名前を呼ぶんじゃないのかという不安に襲われた。
そして、激しく糾弾されるんじゃないかとさえ。しかし、その予感が的中することはなかった。
『五十メートルを超す大型怪獣に、人類の通常兵器はほぼ通用しません。その原因を、長い間、我々人類は突き止めることができなかったのですが、〝PKDインダストリアル〟の研究結果をもって、ようやくその原因を突き止めるに至ることができました』
『――――〝フォークト=カンプフ領域〟』
『怪獣たちには、〝VK領域〟と呼ばれる特殊な〝力場〟を形成する器官が備わっていたのです。そして、その〝VK領域〟を前にしては、どれほど強力な通常兵器も歯が立たず、その力場を突破し、怪獣にダメージを与えることが適いません。大量破壊兵器をもってしても、殲滅の可能性は決して高くない。その事実に人類は絶望しかけたのですが――――人類の希望の全て消え去ったわけではありませんでした。人類の新しい希望。それが、〝ネクサス〟と呼ばれる、新しい子供たちです。〝ネクサス〟は、生まれながらに特殊な能力を有しており、その能力の行使には〝VK領域〟が深くかかわっているという研究結果が〝PKDインダストリアル〟の研究の結果、証明されたのです。〝ネクサス〟は〝VK領域〟を介して特殊能力を行使する――――そして、〝ネクサス〟の特殊能力のみが、唯一怪獣に対して有効な殲滅手段となりうるのです』
必死にノートを取りながら、葦舟ミライは考えた。
「――――いったい、僕にはどんな特殊な力があるんだろう?」
窓の外に広がる青い空を眺めながら、燃え盛る太陽を眺めた。
太陽が燦々と輝いていた。
あの日の東京のように――――
――――――ミライは、何故かそのことを覚えていた。