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「自己紹介も済んだところだし、ミライ君は…………島風君の後ろの席に座ってもらいましょうか?」
ミライが案内されたのは、窓際の一番後ろの席だった。
「それじゃあ、私はこれで――――みんなー、いい子でオベンキョするのよ?」
「…………あれ、ナオコさんが授業をするんじゃ?」
ミライは、ホームルームを終えて教室を出て行くナオコの背中を不安げに眺めた。
「まさか? あの人は、あれで〝ヴァリス〟の戦術指揮官なんだぜ? 担任なんて形だけだよ」
そう、振り返った少年が教えてくれた。
逆毛立った黒髪に、細い黒瞳――――ミライと同じ日本人だった。
「島風ミサキ。ヨロシクな――〝ベビーフェイス〟」
「よろしく…………〝ベビーフェイス〟って――――僕のこと?」
「当たりだろ。教室に入って来たとき女かと思ったぜ」
島風ミサキと名乗った少年は、意地悪く笑って見せ、体の向きを完全に後ろに向けた。
ミサキは意地の悪そうな笑みを浮かべ、ミライに顔を近づけた。
「なぁ、葦舟――――昨日、うちのトップチームの下着姿を見たんだろう? よく殺されずにすんだな?」
「…………えっ? うん、まぁ――」
ミライは何て答えたらいいのか分からず、曖昧な感じで言葉を濁した。
「そのトップチームってオードリーのこと?」
「――――お前、そんなことも知らないのかよ?」
「うん。僕、ずっとサナトリウムで暮らしていたから、ほとんど何も知らないだ」
「へぇ、サナトリウムで暮らしていたねぇ?」
島風ミサキは、ミライの言葉に何か言いたげだったが――――「まぁ、それはいい」と両手を広げた。
「〝トップチーム〟っていうのは、対怪獣殲滅の〝精鋭部隊〟のことさ。このクラスからは、〝オードリー・エンタープライズ〟、〝ヴィヴィアン・インヴィンシブル〟、それと、〝伊号マヤ〟の三人が所属していて――――現在は、もう一人を加えた〝四人一組〟のチームだ。チーム名は、さっきオードリーが言った通り〝スターソード〟。そのチーム名の由来は――――オードリーとヴィヴィアンの能力から名づけられてる」
ミライは教室を眺めた。
一番先頭の席には、オードリー・エンタープライズが座っていて、教室のほぼ中央にヴィヴィアン・インヴィンシブルが座っていた。二十名にも満たないクラスには所々に空席が目立ち、男子生徒よりも女子生徒のほうが多かった。男女比的には三対一ぐらいだろうか?
女子の制服も黒の軍服調ではあったが――ズボンではなく、プリーツスカート。
そんなところが、どこか学生服っぽさを強調していた。
「――――三人とも、すごいんだね」
「すごい……なんてもんじゃないさ。特にオードリーとヴィヴィアンは、〝ランキング〟の上位ランカー、それも、〝一位〟と〝二位〟だからな――――まぁ、世界中で〝ヒーロー〟扱いだろうさ」
どこか下らなそうに〝ヒーロー〟という単語を呟いた島風ミサキは――――
窓の外の青い空を仰いだ。
「〝ランキング〟っていうのは……何なの?」
「〝ランキング〟っていうのは、〝PKDインダストリアル〟って会社が公開している〝ネクサス〟のランキングで、一般人には〝ヒーロー・ランキング〟なんて言われてる」
「〝ヒーロー・ランキング〟?」
「怪獣の撃墜数、撃墜補佐数、作戦への貢献度、その他のもろもろをポイント化して、上位から並べたのが――――その〝ヒーロー・ランキング〟ってやつだ。全く下らねぇよ。何だよ、ランキングって…………見せもんや、パフォーマンスじゃねぇんだよ」
空を見上げながら、心底つまらなそうに島風ミサキは呟いた。
そしてミライの肩に腕を回して、ようやく本題といった感じでにやりと笑みを浮かべた。
「――――で、どうだったんだよ? うちのトップチームの下着姿は? とくにランキング一位、二位は、ランキングに恥じずスタイル抜群だろ? 生で見た感じは、どうなんだよ。伊号だって、ちょっとマニアックだけど需要はありだぜ?」
島風ミサキの言葉を聞きながら、ミライは昨日のロッカールームでの彼女たちの姿を思い出した。
星条旗、黒のTバック、そして――
「おい、何一人で顔を赤くしてるんだよ…………俺にも教えろよ?」
頭の中が湯立ちはじめたミライを、ミサキは大きく揺さぶる。
「えっと……その……なんて言ったらいいんだろう?」
「わかった、わかった。まずは、いつもお高く澄ました女王様――――ヴィヴィアンからいこう」
「えっと、ヴィヴィアンさんは…………」
ミライは、ヴィヴィアン・インヴィンシブルの黒い下着菅らを思い浮かべた――黒のストッキングに、黒のガーターベルト、フリルのついた黒のTバック。そして、そこからこぼれる白い桃のような、小ぶりなお尻――――
「えっと、ヴィヴィアンさんは…………」
「――――ヴィヴィアンさんは?」
「えっと…………ヴィヴィアンさんは――――」
「――――ヴィヴィアンさんが、どうかしたのですか?」
ミライが口を開こうとした、その瞬間――――
第三者の不機嫌な声が響いた。
そして、二人があんぐりと口を開いて顔を上げると、そこには腕を組んで顎を上げ、碧色の瞳に軽蔑の色を浮かべている――――ヴィヴィアン・インヴィンシブル、その人が立っていた。
「――――本当に、日本人ってむっつりスケベなのですね?」
甲高い音が二発、鮮やかに教室に響き渡った。
「ミサキ、あなたは最近やる気がないだけじゃなくて、いつも下らないことばかり話題にして――――軽蔑しますわ」
ヴィヴィアンは吐き捨てるようにった。
「――――それと、葦舟ミライさん……あなたにも、がっかりしました。このヴィヴィアン・インヴィンシブルが、お友達は慎重に選ぶことをご忠告しておいて差し上げます」
華麗にそう告げて踵を返していく、女王様然とした少女の背中を――――
真っ赤な手形を頬に浮かべた少年二人が眺めていた。
ミライは呆然と、そして島風ミサキは自虐的な笑みを浮かべてた。
どこか、心地いいといったように。
「――――ホント、阿呆ね」
ミライの隣の席に、小柄な日本人の少女が座っていた。
そこでようやく、隣席が伊号マヤの席であることに葦舟ミライは気がつくことができた。
じんじんと痛む頬と、完全に無表情で目すら合わせない伊号マヤの態度に――――
――――ミライは、これから自分はどうなるのだろうという、重たすぎる不安を抱いていた。