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「――――はーい、みんなーちゅうもーく。今日は、転入生を紹介しまーす。さぁミライ君、はりきって自己紹介をどうぞー」
黒板の前の教卓に立った龍驤ナオコは、勢いよく言って、着席している生徒達を眺めた。
〝海上都市新東京〟にある唯一の教育機関――――〝新東京都市学園〟。
〝ヴァリス〟に所属する未成年者は、全てこの学園に通う決まりになっている。
〝新東京都市学園〟の黒の制服を身に纏った葦舟ミライは――――これから苦学を共にするクラスメイト達とのファーストコンタクトを前に、大変緊張した面持ちで顔を真っ赤にしていた。しかし、同じく転入生とのファーストコンタクトを迎えるクラス達の表情は、明るくなかった。
主に女子生徒達の表情が――――
眉を顰め、眉間に皺を寄せ、まるで汚らしい物でも見るような目で、転入生である葦舟ミライを見つめている。
そして、ところどこで――――
「あれが…………変態の転入生?」
「トップチームの着替えを覗いていたんでしょ?」
「やだー、女の子みたいな顔して気持ち悪い」
「なんだか……怖ーい」
そんな、ひそひそ話が持ち上がる始末。もちろん、火のないところに煙は立たないので、致し方ないといえば仕方ないのだが――――これから自己紹介を始めようとしていた葦舟ミライは、嫌でも耳に入ってしまう心無い言葉に、どうしていいのか分からず、ただ口をぱくぱくとさせていた。
ミライが浮かべていた人懐っこそうな笑みは凍りつき、心臓は――――「どうしよう? どうしよう?」と、悲鳴のような鼓動を刻んでいる。
頭の中は完全に混乱状態だった。
「やれやれ」と、このクラスの担任を務めている龍驤ナオコが、助け舟を出そうと口を開きかけた、その時――――
「ちょっと、みんな――――のぞきの一件は誤解だって説明したでしょ? ナオコが更衣室の場所を間違えて説明したんだから、非は彼じゃなくてナオコにある。それに、こそこそ陰口をたたくなんて――――私の正義に反するわ」
立ち上がった生徒は、オードリーと呼ばれていた――――星条旗の下着の少女だった。黒い制服の上に、赤いマフラーを巻いているその少女が、澄んだ青い瞳で、噂話を真に受けている生徒達を諌めた
☆
昨日、間違えて女子のロッカールームの扉を開けてしまい、最悪の自己紹介を終えた葦舟ミライに助け舟を出したのは――――龍驤ナオコだった。
あと一歩で、ミライが蜂の巣か小間切れにでもされそうなところ、遅れてやって来たナオコは、「ごめーん、間違えちゃった」と、悪びれるでもなく言って場を取りつくろった。
「正式な自己紹介は明日するから、今日のところは大目に見てちょうだい。行くわよー、ミライ君――――それじゃあね」
☆
「ヴィヴィ、あんた、またみんなに噂話を吹き込んだでしょう?」
「わたくしは……ただ、昨日の出来事を皆さんにお話しただけです。それが…………勝手に大きくなって――――〝ビックフィッシュ〟ですね。それに、下着を見られたのは本当ですもの」
ヴィヴィと呼ばれた――――黒いTバックの少女も、立ち上がった。その表情は余裕綽々のお澄まし顔で、一切の非は自分にないと主張していた。
「――――それが余計だっていうのよ。いい? みんな、ミライは悪くないんだから、これから変な陰口は叩かないこと。言いたいことがあるなら、堂々と口にするべき」
「全く、相変わらず単純ですね。まぁ、短絡というか? これだから、アメリカ人の〝マッチョ〟な考え方は――――」
演技めいた調子で額に手をついたヴィヴィ――――
オードリーは、そんな彼女を不敵に笑い飛ばして、「あら――――」と続けた。
「――――別に、私たちは見られて恥ずかしいような身体じゃないでしょ? それとも、ヴィヴィアン・インヴィンシブルには、自分の体に何かコンプレックスでもあるの? 昨日は、お肌のお手入れを忘れちゃったとか?」
「このわたくしに、コンプレックスなどありません……それに、お手入れもかかしていません――――」
「だったら、これ以上何もないでしょ?」
「…………まぁ、そうですね」
ヴィヴィアンは頷いた後、釈然としない面持ちで静かに着席したが――――オードリーに上手く言いくるめられたことには、まるで気がついていないようだった。
これで、昨日の――〝女子ロッカールーム覗き事件〟が、完全に決着したことが、クラスメイト全員の預かり知ることとなった。
「ごめんね、ミライ。昨日はあんな出会い方になっちゃったから、改めて――――オードリー・エンタープライズよ。トップチーム〝スターソード〟所属。階級は上級大尉。気軽にオードリーって呼んで」
ミライの目の前に来て手を差し出したオードリー・エンタープライズは、颯爽と自己紹介をしてウィンクをしてみせた。
「…………あ、あの、葦舟ミライです。よろしくお願いします」
ミライは、オードリーとクラスメイト全員に向かって、大きな声で自己紹介をした。
そして、オードリーの手を握った。
しかし、その直後――ギュムという変な感触と共に、ボキボキと嫌な音が響いた。
「…………いたっ、いてててて。いたい、いたい、オードリーさん、いたいっ――――」
ミライの華奢な手を握りつぶさんと、力を込めたオードリーに――――ミライは情けない声を上げて助けを求めた。
「なにー、聞こえなーい。それと、ミライ……私は、オードリーさんなんて余所余所しい名前だったっけ?」
「いたい、いたいって――――オードリー」
「GOOD」
訳も分からずに声を上げると、そこでようやく手の痛みは消えた。そして、手の骨が砕けそうなほどに力の入っていた握手が、親しみのこもった握手に変わり――――オードリー・エンタープライズの、アメリカ式の自己紹介が終了した。
そんな様子を楽しそうに眺めながら、龍驤ナオコは心の中で――――
「――――デキのいい生徒を持つと、教師は楽ね」と、感慨に耽っていた。