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〝海上都市新東京〟の中心部。
〝対怪獣殲滅機関ヴァリス〟本部の司令室――――
「龍驤少佐、無事にあの少年をここまで連れて来ることができたようだな? ごくろうだった」
与えられた任務の報告を終えた龍驤ナオコは、直立不動のまま目の前に座した上官であり、〝ヴァリス〟最高責任者――――長門イソロク総司令官を、サングラス越しに見つめていた。
長門イソロクは、五十歳前後の男性だった。
黒い制服の下は引き締まった大柄の体躯だったが、しかし、軍隊然とした雰囲気ではなく、落ち着いた雰囲気の、知的で怜悧な印象――――どちらかといえば、学者然とした雰囲気の男性だった。
これまでの経歴は一切不明だが―――――
国際連合に加盟する、常任・非常任理事国の全てから承認を得て、この〝ヴァリス〟を立ち上げる以前から、対怪獣殲滅の計画に関わっていたことは伝えられている。長門イソロクの短く揃えられた髪の毛には、白いものなど一つもなく、顔立ちもまだ若々しかったが、額から右目、そして頬にかけてできた大きな傷痕が、まるで地表の裂け目のように、この男性の顔半分を覆っていた。傷自体はかなり古いようで、すでに完治はしていたが――その傷の深さや、凄まじさは今もなお見て取れ――――この男の顔の上で雄弁に語っていた。
「――――龍驤少佐、下がっていい」
これ以上の報告がないことを理解した長門イソロクは――よく通る低い声で、そう告げた。
「長門司令、今、あの子を――――ミライ君を、ここに連れて来る必要はあったのですか? それに、今後の作戦プランは、本当にこれでよろしいのでしょうか?」
龍驤ナオコも声を低くして、そして抑揚をまるでつけずに――
その胸のうちの一切を読み取られないよう細心の注意を払って、そう尋ねた。
「必要があるから連れてきた。そして、必要があるからその作戦プランを提示した―――――それ以外に、何か説明が必要か?」
「いえ、必要ありません」
「ならば下がりたまえ」
「失礼します」
「ああ、ごくろうだった」
お互い、それ以上には何一つ必要ないと、形式的なやり取りをして龍驤ナオコは踵を返した。
長門イソロクは、出て行こうとする背中を視線で追うこともせずに、机の上に広げられた資料や書類、そして電子タブレットに映る映像などに目を向けていた。そして、窪んだ眼窩に浮かぶ、鷹の目を思わせる鋭い目で、タブレットに映る映像を睨み付けるように凝視する。
七インチのタブレットに映る衝撃的な映像は、龍驤ナオコが退出した後――――長門イソロクの背後のスクリーンにも、同じように映しだされていた。この司令室の壁一面が、映像や情報を映し出すスクリーンとなり、ありとあらゆる情報を可視化している。
そんな中で――――
一際目を引く悲惨な光景があった。
隕石が衝突したかのように窪んだ大地――――
そのクレーターを中心として赤黒く胎動する焦土――――
燃えるような熱をもった地面から発せられる、瘴気のような黒い霧――――
その黒い霧によって、〝完全封鎖指定区域〟は黒く包み込まれていた。
まるで、〝黒い卵〟に包み込まれたかのように。
―――――それが、焦土と化した爆心地〝旧東京〟の、現在の姿だった。