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 目を覚ますと――――


 ――――真っ白な天井だった。


 だけど、まだおぼろげな少年の瞳が一番初めに捉えたものは、見知らぬ天井ではなく、自分をこの場所へと連れてきた女性だった。


 ――――龍驤ナオコ。


 彼女が少年を連れて生きたあの日から――――


 少年の物語は、はじまった。


 ようやく長すぎるプロローグを終えたようだった。

 

 あの7月4日から、全てがはじまったんだ。

 そう、少年は思った。


 あの日、あの車の中で、龍驤ナオコの隣で、これから訪れる場所、海上都市新東京、そしてヴァリスの話しを聞き、窓の外を眺めながら思ったことと、今目を覚ました少年が感じたことは――――



〝なんだか、特別なことが始まりそうな気がする〟。



 少年は、


 葦舟ミライは、そんな気持ちで目を覚ました。


 まるで新しい自分が、今この瞬間に生まれたような、そんな気持ちだった。


 新しい物語のページを開くように。


「ミライ君、おはよう」


 龍驤ナオコはベッドに横たわる葦舟ミライに向けて、優しい微笑を浮かべて〝おはよう〟の挨拶をした。


「おはようございます。みんなは、無事――――だったんですね?」


 葦舟ミライはまだ冴え切らない頭を、混濁する記憶を引きづりながら、ボロボロの身体を半分だけ起こして、そう叫ぶように尋ねた。


 そんな少年の様子を、いや、英雄といって差し支えない葦舟ミライの姿を見つめて、龍驤ナオコは困ったような笑みを浮かべた。


「自分のことより、仲間の心配? ええ、なんとかね――――覚えている?」


「いえ、ぜんぜん」


「なら、後でゆっくり聞かせてあげる。今は――――」


「ナ、ナオコさん?」


 ナオコはゆっくりとミライに腕を回して、そっと抱きしめた。


「よく、頑張ったわね。あなたのおかげで、あの怪獣は殲滅できたのよ。誰一人、失わずに」

 

 ナオコは少年を抱きしめながら、そう言った。

 母のような優しさと温かさをもって。


 ――――〝よくやった〟と。

 

 ミライは顔を赤くしながら、その最高の褒め言葉に胸を詰まらせた。

 

 僕は、よくやったのか? 


 よくできたのか?


 僕は今、褒められているんだ。

 

 ミライは生まれて初めて自分が褒められような気が、生まれて初めて誰かの役に立てたような気がしていた。まぎれもなく、自分が誰かのために何かできた気がした。

 

 そのことが誇らしく、何よりも嬉しかった。

 そして、彼女の胸が中にいることが心地よかった。 


「二人とも見せつけてくれちゃってー」


「全く。目が覚めて早々、このスケベ猿は、まるで懲りて無いようですね?」


 いつの間にか、病室の扉の前には二人の少女が立っていた。


 オードリー・エンタープライズとヴィヴィアン・インヴィンシブルが、強く抱きしめられたミライを見つめていた。

 

 しかし、そのどちらもが心から安堵していた。


「ほんと、よかったよ。ミライが一週間も目を覚まさないから、ずっと心配してたんだよ」


「全く、人騒がせな男ですわ」

 

 ナオコの腕の中から解放されたミライは、二人を眺めて微笑んだ。


 その屈託のない無垢な笑顔を見た二人は、ようやくこの一週間ずっと二人の胸に詰まっていた重りのようなものが取りのぞかれたような気がしていた。


「二人とも、ありがとう。心配かけてごめん」


 ミライがそう言うと、開いた病室の扉からもう一つの人影が病室に現れた。


「葦舟、よかった。目が覚めたのか? 本当に良かった」


「ミサキ?」


 ミライは、病室に入って着て早々、今にも泣き出しそうに顔をぐしゃぐしゃにしている島風ミサキに驚いた。島風ミサキの吊り上った目も、逆立った身の毛も、今は全てが垂れ下がっていた。


「ミライ君救出のMVPもご到着ね」

 

 さぁ、仕切り直しとばかりに――――ナオコがミサキにそう告げて、集まった生徒たちを眺めた。


「MVPって、ミサキが僕を助けてくれたんですか?」


「そうよー」


 そう言って、ナオコは――――


 あの〝VK領域〟の暴走、旧東京に現れた怪獣消滅の顛末を話した。



 ☆



 怪獣が爆縮する、瞬間――――

 

 白い翼がはためく中――――

 

 艦橋にいる龍驤ナオコを含めた全員が、ミライの生存を諦めた。


 しかし、


「おッ、おれが、俺が葦舟を助けに行きます。俺の能力なら、〝テレポート〟なら、爆縮に巻き込まれることなく、葦舟を救出して戻って来れます。行かせてください」

 

 島風ミサキが、待機ポイントから救出の声を上げた。


 その報告を聞いた瞬間、龍驤ナオコは判断をあぐねた。


 現場がどのような状態なのか、すでに状況の把握はできていない。通信はすでに途絶え、衛星からの映像も届かない。そして爆縮のエネルギーと、ミライが放出している未知のエネルギーが、今現在〝爆心地〟に置いてどのような影響を与えているのか、まるで分からなかったからだ。

 

 それに加えて、半年前の怪獣殲滅の際に負った心的障害(トラウマ)で、島風ミサキの精神は完全に折れてしまっている。そのような状態で、彼が能力をまともに行使できるとは、ナオコには思えなかった。


 その上、〝テレポーター〟は〝ヴァリス〟にとってかなり有益な能力だった。


 最前線に出さずとも、その能力の有用性は十二分に証明されている。

 その能力を失うことは、ヴァリスにとって大いなる損失を被ることになる。

 

 そんなことが脳裏をよぎり、ナオコが決断を下せずにいると――――


「ミサキ、ミライの座標を送った。必ず二人で帰ってきて。グッドラック」

 

 オードリーがそう言って、ミサキに全てを託した。

 だから、ナオコも全てを託すことにした。


 全てを、子供たちに。



 ☆



 島風ミサキは怯えていた。

 自分の纏った灰色のスーツが、冷たい〝墓石〟に見えて仕方なかった。


「ビビってんじゃねー、俺。やっ、やれる。こっ、こんどこそ、俺は、やれる。前線に出れる。くそがっ、震えてんじゃねーよ。おれ――――」

 

 ミサキは自分の震える身体と、折れきった自分の精神と向き合った。

 怯え、たじろぎ、逃げ出そうとする自分自身と向き合った。


「ああ、ビビってるさ。ビビってるけど、行くんだよ。ここでいかなきゃ、俺はいつまでたっても逃亡者のままだろうがっ」

 

 ミサキは半年前の出撃で多くの仲間を失った。

 自分がリーダーを務めるチームは、自分以外誰も助からなかった。

 

 あんな気分はもう御免だった。

 もう誰にも、あんな気分を味あわせたくなった。


 今、葦舟ミライを助けられるのは自分だけだった、


「助けるんだよ。俺が、葦舟を、もう誰も死なせねー、もう誰も見捨てねー、俺は、俺は――――飛べる。飛べよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 そう叫んだ島風ミサキは、オードリーが指定した〝座標〟に向けて、迷い、臆しながら飛んだ。 

 

 しかし、少年の決意は紛れもなく本物で、迷い、臆したとしても力強かった。

 

 怪獣が爆縮する瞬間に、島風ミサキは葦舟ミライを抱えて空へと帰還した。

 その姿は、もう逃亡者ではなく――――

 

 かつてネクサス・ランキング八位にして、ネクサス最高の殲滅補佐数を誇ったヒーロー。


〝スピット・ファイヤ〟と呼ばれ、賞賛された――――


 少年の姿が在った。



 ☆



「ミサキが、僕を? ミサキ、ありがとう」

 

 ミライは〝ありがとう〟と告げた。


「そんなこと、別にどうでもいいんだよ。お前が無事で、本当に良かったよ」


「今回のMVPはミライとミサキの二人に譲るよ」


 オードリーが心から嬉しそうに言った。


「ミサキはお漏らししながらの下品なMVPですけどね。まぁ、仕方なく譲って差し上げますわ」


「ヴィヴィアンッ、お前っ、それは言わない約束だろ?」

 

 ヴィヴィアンの指摘に、ミサキが顔を真っ赤にして大声で抗議した。

 そして、みんなが笑った。


「みんな、本当にありがとう」

 

 なぜか嬉しいはずなのに、涙が止まらなかった。

 

 みんなが迎えてくれることが、還りを待っていてくれることが、還る場所があることが――――こんなに嬉しいことだとは知らなかった。

 

 少年は今、その暖かさに、嬉しさに、初めてふれて――――


 震えていた。


 ああ、本当にこの場所に、〝ヴァリス〟に来てよかったと、少年は思った。


「ここが僕の居場所なんだ。僕は、何度でもここに還って来るんだ。何度だってここに帰ってきていいんだ。そのことが、僕はこんなにも嬉しいんだ」


 窓の外を、白い鳥が飛んでいた。

 


 ――――そして仲間たちの元に、青い空へと還っていった。


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