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―――下着姿の女の子たちだった。
ナオコに言われた通り、左に曲がって二つ目の扉を開けた先は――細長い一室だった。
傍目にも、そしてミライの目にも――そこは紛れもないロッカールームに見えた。
女の子三人が着替えをしていた。
「――――――、えっ?」
―――下着姿の女の子たちだった。
「…………あれ、君は?」
「――――――あの、」
一番手前で着替えていた少女――――
肩先まで伸ばした明るい金髪に、海のように青い双眸をもった少女が―――気さくな微笑を浮かべて尋ねた。下着の形は大胆で、派手な色合いをしていた。よく見ると、アメリカの国旗――〝星条旗〟をプリントしたものだった。良く引き締まった体に、たわわに実った乳房を包み込んだブラジャーは――右胸に星のマーク、左胸にストライプだった。
「こんなかわいい子……うちの生徒にいたかしら? 見たところ、日本人っぽいし……マヤの知り合いでは?」
「…………………その、」
星条旗の少女の隣で着替えていた少女が、一番奥で着替えている少女に尋ねる。
真ん中で着替えをしている少女は、星条旗の少女と同様に金髪だったが、その金色は抜けるように白く――〝白金〟のように御淑やかで、上品な色合いをしていた。双眸は翡翠をあしらったような碧色で、髪の毛と同じように、肌の色も抜けるような白―――しかし、身に着けた下着は、その御淑やかさや、上品さと反比例するかのように大胆だった。黒いストッキングから延びるガーターベルト、フリルのついた黒いTバック―――そして、同じくフリルのついた黒のブラジャー。
星条旗の女の子とは対照的に――黒のTバックの女の子は、ファッションモデルのようにスレンダーな体つきをしていた。
「――――さぁ?」
そして、最後にそっけなく、まるで興味もないといった感じに呟いた、マヤと呼ばれた少女――――
大胆に実った手前の二人とは違い―――小学生といわれても納得してしまいそうな、未発達で、華奢な体つきをした少女は、ザックリと切られた黒髪に、赤い瞳、清楚な白色の下着を履いていたが、すでにブラジャーは身につけておらず――
あらわになった、ふくらみのない乳房をさらしていた。
「――――――――これが、女の子?」
葦舟ミライは、自分の身に何が起こっているのかまるで理解していなかった。
それでも生まれて初めて見る同世代の女の子――
そして、女の子の下着と、生のおっぱいを目の前にして―――――思わずそう呟いてしまった。
「―――――ど、ど、ど、どうしよう?」
ミライの世界が、ぐるぐると回りはじめたのを感じる。
そして、導火線に火をつけたように――――
心臓の鼓動が高鳴っているのを感じた。
まるで、今にも爆発してしまいそうなぐらいに。
「…………ねぇ、君はここの生徒? 階級と所属は?」
一番手前の星条旗の少女が、微笑を浮かべたまま声をかけるが――
ミライは声を出すこともできずに、三者三様の下着姿に釘付けになっていた。
完全に混乱していた。
錯乱していると言っていい具合に――――
「おーい、君――――顔を真っ赤にしちゃってどうしたの?」
「――――――――、あにょ、」
「きっと、オードリーを見て驚いてしまったのですね。取って食われるとでも思っているんじゃないかしら?」
「――――――――――――しょの、」
ミライの囁くような声は、ことごとく打ち消される。
「―――ちょっと、ヴィヴィ……それ、どーいう意味よ?」
「もちろん、言ったままの意味です…………あなたガサツだし、乱暴だから、きっと蜂の巣にでもされてしまうって、怖がっているんです」
「あんたねー」
「だから、わたくしが変わってあげます」
「―――はぁ?」
「さぁ、可愛らしい、そこのあなた…………どうしたんです? 道にでも迷ってしまったの?」
「ふざけないでよ。先にこの子に声をかけたのは―――私よ」
「あーもー、やかましいですね。直ぐに声を荒げて――――これだから、アメリカ人はガサツって言われるんです」
「あんたなんか、いつも澄まして天気の話ばかりで―――これだから、イギリス人は退屈なのよ」
「―――何ですって?」
「―――何よっ」
ミライのところまで足を進めながら、いがみ合いを続ける二人―――
星条旗のオードリーと、黒のTバックのヴィヴィは、ミライのことを完全に女の子だと勘違いしたまま――――どんどんと少年の元に足を進めてくる。
―――――心の中でミライは必死に考える―――――
「――――どうしよう? これって、何だかまずい気がする? 僕を女の子と勘違いしているみたいだし……バレたら、やっぱりまずいのかな? ………………でも、ナオコさんには、この部屋で着替えるように言われたし? それより、星条旗、黒のフリフリ、白の質素な――――――肌色、肌色、肌色? どうしよう? どんどん、近づいてくる」
「……………あっ、あのっ―――――」
少年はついに、意を決して拳を強く握り、強い意思のこもった眼差しを、少女たちに真っ直ぐに向けて――――口を開いた。
「―――――今日から、この〝ヴァリス〟に所属することになりました、葦舟ミライです。よろしく、お願いします」
「……………」
「……………」
―――――痛々しい静寂がうまれた。
「―――――君って、もしかして?」
「―――――あなた、もしかして?」
「……………あの、ですね、」
大声で自己紹介をした少年の、直ぐそばまで来ていた少女二人は虚をつかれたように――――鳩が陽電子砲でもくらったような間抜けな顔になって、お互いの顔を見合わせた。
「――――オードリー?」
「――――ええ、ヴィヴィ」
二人は示し合わせたかのように頷いて顔を強張らせた。
そして、目の前のミライをじろりと見つめた。
髪の長さ、髪の色、瞳の色、体つき、下着の好み――全てにおいて正反対を体現したような二人が、この時だけは息がばっちりと合って、まるで双子のように見えた。
「君は、どうして女の子のロッカールームを堂々と開いて、私たちの下着姿を堂々と拝んで、そして堂々と自己紹介なんかしちゃっているのかな? これは、私の正義に反する」
「どうやら、あなたの辞書には〝恥を知る〟という言葉がないようですね? 全く以て、エレガントじゃありません…………いいでしょう、わたくしが、無知なあなたに教えて差し上げます」
静かなる怒気と、荒ぶる重圧がミライを包み込み―――――
ミライを震え上がらせた。
「……………あの、しょの………僕は、ナオコしゃんに………言われてぇ―――――――」
情けないその姿は、まるで二匹の獅子を目の前にした草食動物のよう――
「…………ご、ごかい、なん、です―――――」
必死に震える声を振り絞ったミライだったが――――その声は、悲しくも喉元のあたりで泡のように弾けて消えてしまった。
そして、断末魔の叫び声が響く中で――――――
一番奥の小さな少女だけが――――
我関せずと無表情のまま、もくもくと着替えを続けていた。
「―――――――阿呆ね」