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「わたくしだけを除け者にしないでくださる?」


 氷の地獄と化し、ばらばらになった怪獣の死骸が横たわる戦場のなれの果て――――そして、窪んだ地面に横たわる二人。


 決意の眼差しをもって、この場所に残ると決めたオードリーの隣に、もう一つの人影が現れた。


「…………ヴィヴィどうして?」

 

「いてもたってもいられなくて、飛んできました」


 そう言ったヴィヴィアンの様子は、確かに満身創痍の状態だった。纏っている〝ネクサス・スーツ〟も、修理と補給を急いで切り上げて来たといった様子で、櫛の入っていない解けた金色の髪の毛が風に煽られていた。


「どうせ、あのスケベ猿に拾われた命です。わたくしだけが生き残っても、後味が悪いでしょう?」

 

 ヴィヴィアンはそう言って白金の髪の毛を撫でてみせた。


「それに、きっと助かります。生きて帰ると約束しましたもの」


「そうだね。私のシックスセンスも、そう囁いてる。ミライは生きて帰るって」

 

 ☆


 体中が燃えるように熱かった。


 しかし、全身が火に変わってしまったみたいなのに――――どうしてか心地よかった。熱で寝込んでいる子供の看病をする母親が、ひたいに冷たい手を当ててくれいるような、そんな心地良さだった。

 

 そんな記憶を、葦舟ミライはもっていないはずなのに。

 

 どうしようもなく、心地良いい。 


「――――こ、ここは、い、いっ、伊号さん?」

 

 ミライが初めに目にしたのは、伊号マヤの無感情な顔だった。

 だけど、真っ直ぐにミライを見つている赤い瞳が、少しだけ穏やかに緩んだように見えた。

 

 しかし少女は憔悴しきっていた。


「いしきを、とり、もどした? よかった」


「伊号さん? 僕は、どうなって。それに、どうして?」

 

 ミライは自分が伊号マヤに抱きしめられいるこの状況が理解できず、そして窪んだ大地の中に横たわっている巨大な黒い物体が何なのかも分からなかった。


 黒い物体はまるで取り出した心臓のように鼓動し、脈動し、胎動していた。まるで何かを刻んでいるかのように。

 

 記憶が飛んでいた。


「伊号さん? 伊号さん、大丈夫?」


「目が覚めて、よかった」


「伊号さん? 伊号さん?」


 意識が戻ったことに安堵した伊号マヤは、ミライの胸で静かになり、動かなくなってしまった。絶対零度の中でその活動を停止してしまったみたいに。


「ミライ、意識が戻ったのね。マヤは?」

 

 オードリーが、空からこちらに向かってくる姿が見えた。

 その隣には、ヴィヴィアンもいた。


「葦舟ミライ、早くその場所から移動しなさい。もう直ぐ、怪獣が爆縮します」


「ミライ、マヤをつれて早く飛んで」


 懸命な二人の声が聞こえる。


 ミライは、自分の周囲からものすごい〝エネルギー〟を感じた。それは自身の纏っている〝VK領域〟を震わせて――――それを呑み込んでしまうほどの、絶大なエネルギーの量だった。

 

 怪獣の黒い骸が、今にも弾けてしまいそうにボコボコと膨れ上がっていた。

 

 それが、起こるのはもう寸前だった。

 直感的に破滅を感じ取った。


 ミライは、近づいてくる二人を見る――――


「このままじゃ、みんなが?」


 ミライとマヤを回収して撤退したとしても、爆縮に巻き込まれることは避けられないだろう。しかも〝ネクサス・スーツ〟が大破した今、ミライには空をとぶことも叶わない。


 全てが手遅れで、全てにおいて万事休す。


 絶体絶命だった。


 ミライは、自分の体にしな垂れるマヤの頬を優しく撫で、少女の小さな体を抱えて立ち上がった。


 その腕の中で少女を守るように、そして怪獣の死骸に右の掌をつけて、そこから生まれるエネルギーを全て吸収しようと、ミライは思いきり息を吸って――――そして、吐いた。


「ミライ、何をするつもり?」


「もしかして、あなた?」

 

 ようやく駆けつけた二人に尋ねられて、ミライはおもいきりに笑った。

 屈託のない無防備な笑顔で、ミライは笑ってみせた。


「二人とも、早く伊号さんをつれてこの場所から撤退するんだ。ここは――――僕が何とかする」


「ミライ?」


「何とかって、そんなこと――――」


 ミライは、左手で抱えていたマヤを素早く動いたオードリーに引き渡し、そして怪獣の骸に触れている右手に左手を添える。膨れがある黒い瘴気を、暴走する消滅のエネルギーを吸収するように、右手を突き出した。

 

 ミライの体の中に再び膨大なエネルギーが流れ込み、停止したはずの炉に再び火が灯される。


「早くっ、このままじゃ四人ともこれに巻き込まれて全滅だ。僕ならこのエネルギーを何とかできる。だから、早く伊号さんを連れて行って」

 

 怪獣の骸は赤黒く染まり、すでに爆縮は始まろうとしていた――――

 

 ミライが取り込んだエネルギーは直ぐに体内に留まっておけず、体中から放出されようとしている。このままだとこの場所にいるミライ以外の三人も、対消滅エネルギーの爆縮と、ミライが放出するエネルギーに巻き来れてしまうことは間違いなかった。


「僕、このヴァリスに来てよかった。短い間だっけど、みんなと、仲間になれて本当に嬉しかった。だから、早く行けよ」


「そんな湿っぽい話、おやめなさい」

 

 ヴィヴィアンが顔を歪ませて涙声を上げた。


「ヴィヴィ、撤退するよ」

 

 すでにマヤを抱えて撤退の準備をしていたオードリーが、短く言った。その表情はヴィヴィアンと違って精悍だったが、強く噛んだ唇から赤い血が滲んでいた。


「オードリー? そんなっ、また、わたくしたちは失うというんですか? もう誰も死なせないと誓ったはずなのに、また仲間を助けられずに、ただ失うと――――」


「ヴィヴィ、ミライの気持ちを――――男の子の決意を無駄にしないで。ミライ、先に行くだけだから」

 

 オードリーも精一杯笑ってみせた。

 ミライが眩しすぎると思った笑顔で――――


「帰ってきたら、みんなでパーティだから遅れないようにね」


「ありがとう」

 

 ミライはおもいっきりに微笑んだ。


「葦舟ミライ、また空中戦闘機動の訓練をつけてさしあげます。早く戻ってきなさい」


「楽しみにしてる」


  叶うことない知ってなお、言葉はどこまでも優しくて、どこまでも希望に満ち溢れていた。

  

 そして、二人は空へと上った。

 

 それを見届けると――――ミライはもう彼女たちほうを見ることもなく、爆縮のエネルギーに包み込まれた。


「本当に、このヴァリスに来てよかったな。僕は、ひとりぼっちじゃなかったんだ。こんなにたくさんの仲間たちがいたんだ。もっと早く出会えればよかったのに。僕の居場所は、ここにあったんだ」

 

 その言葉と共に、膨大なエネルギーが内側に向かって集まり、怪獣の骸を中心に小さな〝ブラックホール〟を発生させた。


「ここから消え去れよ。お前たちが来るから、お前たちがいるから――――僕の仲間たちが、戦い続けなくちゃいけないんだ。だから、お前はここで、きえろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ミライは、そのエネルギーの全てを呑み込んた。

 

 そして自らの体内に取り込んだそのエネルギーを、その小さな背中から翼のように放出した。


 その翼は、どこまでも広がって行く。

 そして、大気圏を飛び越えて星の外側へと延びていく。

 

 太陽はいつの間にか高いところに浮かんでいて、燦々と輝く陽光を降り注がせていた。



「ああ、あったかいな。どうしてだろう? この場所が、この暖かさが、すごく懐かしいんだ。懐かしいはずなのに。僕は、ここじゃない場所に帰りたいんだ」

 


 白い翼がこの星を包み込むようにはためいて、怪獣の消滅が完全に確認された。


 ――――葦舟ミライと共に。


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