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「―――――怪獣〝ブラックテール〟の生体反応消失。殲滅を確認しました」
オードリーの〝スターストライプ〟が〝対消滅エネルギー〟を穿つとほぼ同時に、〝ヴァリス本部〟から殲滅の報告が届いた。
「やったわね」
龍驤ナオコが緊張をわずかに解いて、右手でガッツポーズをとった。
そして、再び険しい表情に戻り――――
「至急、〝スターソード〟メンバーの無事を確認して。ミライ君、無事でいなさいよ」
「最前線のオードリー・エンタープライズ、伊号マヤ――――共に生存を確認。葦舟ミライは、意識を失っている模様です」
「直ぐに回収させるわ」
「待ってください――――」
回収を急がせようとするナオコに、オペレーターの國生ヒトミが制止をかけた。
「――――葦舟ミライの体温が上昇をし続けています。〝VK値〟臨界突破です。いつ〝VK領域〟が暴走してもおかしくありません。今近づくのは危険です。以前VK値が増大」
ヴァリス本部が衛星でモニターしている葦舟ミライの映像が、不鮮明ではあるが艦橋に映し出された。
周囲一帯を全て吹き飛ばし、ぽっかりと空いた地面、まるで月のクレーターのような窪みの中心に、殲滅された怪獣の死骸が横たわり、黒い瘴気のようなものを発していた。そして、そこに葦舟ミライもいた。
爆散して原型を留めていない獣の頭部であった部位の近くで、葦舟ミライが地面に仰向けに倒れている。ミライが纏っていた〝ネクサス・スーツ〟は大破しており、かろうじて残っている部分はスーツの内側から溶け出したように歪んでいる。そして倒れているミライの体は、燃えた鉄のように赤黒く光り、水蒸気の靄のようなものを体中から放出していた。かいた汗すら、すぐさま蒸発しているように。
荒い呼吸を繰り返し懸命に汗をつくりだそうとするミライの体は、体内の熱を何とか外へ出そうと懸命な生理現象をもって対処していたが、焼け石に水なことは明らかだった。
「この〝VK値〟の上昇率は、十五年前の〝アトミック・ボンバー〟と、ほぼ同様の値です。推移もほぼ位置しています。このままでは、99.9999%臨界を迎えます」
〝VK領域〟の臨界突破とは、怪獣が出現時に起こる〝VK値〟の上昇を指し、何もない空間から突如として怪獣が出現できる程の膨大なエネルギー量の観測のことをいう。そして暴走とは。臨界突破した〝VK領域〟がどのような被害を巻きこすか分からない状況に対して、一応〝暴走〟という言葉に当てはめているだけの、〝不確定な現象〟を指す。
しかし、十五年前、〝VK領域〟の暴走によって――――北日本は消失した。
「だったら、なおさら回収を急がせるわ。こちらからも救出チームを送る」
「無駄だ。回収は中止しろ」
撤退命令の時と同様に、長門イソロクが制止の言葉を告げた。
「今の葦舟ミライは、制御を失った〝原子炉〟と同じだ。救出した所で、こちらでも手の施しようがない。それどころか、救出したものを巻き添えにするだろう。それよりも、前線に残っている二人を早く撤退させたまえ。このままだと巻き込まれるぞ」
非情な宣告が艦橋、及び前線のチームに届く――――
「な、長門司令?」
ナオコは声を震わせて、考える。
「エネルギーを体内に取り込み過ぎて制御を失っている? 排熱が追い付かず炉心融解ってこと? どの道、救出は不可能?」
ナオコは握っていたサングラスを再びかけ直した。
「――――全員撤退して」
そして、決断を口にした。
「ナオコ、それ本気で言ってる?」
すぐさま、オードリーからの通信が入る。
「ええ、回収は不可能。このままだと〝VK領域〟の臨界突破――――暴走に巻き込まれるわ。私たちは、あなたたちまで失うわけにはいかない。早く、撤退しなさい」
オードリーからの返事はない。
「オードリー指示に従いなさい」
「ファック――――了解」
強く毒づいた後、オードリーも苦渋の選択をもってそれを了承した。
「だめ。私が、行きます」
撤退を決意した、その時――――伊号マヤの抑揚のない声が響いた。
「マヤ? どういうつもり? 撤退を命じているのよ。指示に従いなさい」
「従えません。私なら、葦舟ミライを救えます。彼を死なせません」
「マヤ?」
龍驤ナオコは戸惑っていた。
今まで伊号マヤが命令に背いたことも、命令に対して意見を述べたことも一度もなかったからだ。命令だけでなく、私生活や学校生活でさえ、彼女が自分の意見を一つでも述べたことを目撃したこともなければ、聞いたことさえない。
伊号マヤの評価は、常に命令に従順であり、与えられた任務に献身的な、典型的な日本人的な〝ネクサス〟――――想像力や、応用力にかけるが、こちらの期待を決して裏切ることはない、優秀な〝子供〟だった。
「マヤ、どうして?」
そんな伊号マヤが、どうして?
当然の疑問に帰結するナオコだが――――しかし、マヤのネクサス能力〝クラミツハ〟なら、ミライのこれ以上の体温上昇を防ぎ、〝VK領域〟の暴走を止めることができるかもしれない。
あくまでも、希望的観測ではあるが可能性はある。
「つまり、臨界した炉を冷温停止させるってわけね?」
伊号マヤは、すでに葦舟ミライの倒れている大地の窪みに足を踏み入れており、彼女の能力で操作した大量の海水を放射し始めていた。
衛星を介した映像はさらに乱れ、状況をモニターし続けることも難しくなりつつあった。判断は一秒ごとに難しくなっていく。
「龍驤少佐、これはどういうことだ? 私は撤退を命じたはずだが?」
再び司令官との通信チャンネルが開き、長門イソロクの窪んだ眼がナオコを見つめる。顔右半分を覆う痛々しい傷痕が、ナオコに向けられた刃のように見えた。
ナオコは上官に向かって大きな溜息を一つ吐いてみせた。
「はぁ、現場の判断、ということになるでしょうね? 私の命令は、残念ながらストライキされてしまいましたし――――それでは、こちらかチームを派遣して、無理やりに伊号マヤを連れ帰りますか? トップチームを相手にして、無理やりに連れ戻せるとは思えませんけれど」
ナオコはさらりと嫌味を言ってのける。
緊縛した間があった後――――
「いいだろう。ならば、現場の判断に一任しよう。被害や損害の全ては、君の責任ということになるが、構わないな?」
「責任を取るのが、上官の役目なのでは?」
「君に任せよう。結果を期待している」
短く告げて、長門イソロクの映っていたモニターが砂嵐に変わった。
「これが成功しても、しなくても――――私は、クビね? それはいい。せめて、みんなで無事に帰って来なさいよね」




