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落下していく少女を追って、少年が手を伸ばす。
少女を助ける――――ただそれだけを考えて、思い切りにライフルを振った。そして今、余計なことの一切を振り払って、少年は地に落ちていく少女に手を伸ばした。
☆
「この世界のために、そして人類の平和のために、葦舟ミライ君、君には――――死んでもらいたい」
長門イソロクは、非常にも葦舟ミライにそう言い放った。
出撃前の最後のブリーフィングを終えた後、司令官室に葦舟ミライとハルカ・ディスカバリーを呼び出した長門イソロクは、開口一番にそう告げて続ける。
「次の出撃で、君には死を賭して〝トーキョージュピター〟の殲滅に当たってもらう。君が最前線に立つべきだと思ったら、君は迷わず殲滅行動を取ってくれ。たとえ、君の命を捧げることになったとしても。これは龍驤少佐の命令ではない――――私直々の、極秘の命令だ」
そんな命令を受けなくても、少年は最前線に立っただろう。
そして死を賭して怪獣の殲滅に向かっただろう。
たとえ何の能力がなくても、何の役に立たないと分かっていたとしても、どれだけ自分が無力だと知っていても――――少年は、葦舟ミライは、最前線に立ち、今と同じ行動をとっただろう。
それは少年が恐怖を感じないからでも、自分の存在をどうでもいい存在だと考えているからでもなく――――
初めて出会った仲間たちと、初めて見つけた自分の居場所を、守りたいだからだった。
☆
手を伸ばし、青いスーツの少女をその胸に引き入れた少年は、戦士の顔をしていた。
そして戦うものの覚悟と、誰かを守ることができた誇りを手に入れていた。
「ヴィヴィアン? ヴィヴィアン?」
気を失った少女の頭の中に、あたたかい声が聞こえてきた。
「ヴィヴィアン、しっかりして」
気を失っていたヴィヴィアンは、夢から覚めるようにゆっくりと目を覚ました。
気の抜けるような無防備な笑顔が、そこにはあった。
「よかった。ヴィヴィアンが目を覚まして」
「あ、しふね、みらい?」
まだ意識がはっきりとしない様子のヴィヴィアンは、おもむろにミライの名前を呼んだ。そしてその名前が呼び水になったように、少女は正気を取り戻した。自分を胸に引き入れた少年の顔を見上げて、信じられないと頭を小さく振る。
解けた白金に髪の毛が風に揺れた。
花が舞い散るように。
「どうして、葦舟ミライ、あなたがここに? それに、わたくしは、あの時――――」
ヴィヴィアンは後悔と未練に包まれながらも死を受け入れたあの一瞬を思いだし、その恐怖に身震いした。
「わたくしは、生きている? それに、どうしてあなたに抱かれて」
そこまで言って、ようやくヴィヴィアンは、自分が葦舟ミライに抱き抱えられていることに気がついた。
「な、な、な、何をやってるんです? 作戦行動中ですわよ。早く離しなさい。わたくしに戦場でこのようにみっともない格好をさせるなんて、この私に恥をかかせるきですか?」
「ヴィヴィアン、まだじっとしていなくちゃ? そんなに暴れると落ちるって」
ミライは腕の中で暴れるヴィヴィアンに慌てて言った。ヴィヴィアンは混乱状態になりながら、ミライをポカポカと叩いた。
「ちょっとヴィヴィ、駆けつけてくれた王子様にその態度は無いんじゃない? ミライが守ってくれなかったら――――ヴィヴィ、本当にヤバかったんだよ」
空中でくんずほぐれつの二人に、オードリーからの通信が入った。
ヴィヴィアンはあの朦朧とした意識の中で見たものを、小さくも逞しい背中をようやく思い出した。
「わたくしが、葦舟ミライに助けられた?」
ヴィヴィアンは信じられないとミライを見上げた。
「助けたなんて大袈裟なことじゃないけど、本当に無事でよかった」
胸を撫で下ろすミライを見て、ヴィヴィアンはどうしようもなく胸を締めつけらた。
心から、生きていてよかったと思えるほどに。
「ちょっとー、かーなーりー、良い雰囲気のところ、悪いんですけど――――」
艦橋の龍驤ナオコからの通信が入った。
「ミライ君、今は余計なことの一切を省いて尋ねるわ――――戦えるのね?」
ナオコは、ただそう尋ねた。
戦えるのかと? 少年は、答える――――ただ一言。
「はい。戦えます。戦わせてください」
「だったら、ブッ飛ばしてきなさい」
「はい。ブッ飛ばしてきます」
ミライは腕の中のヴィヴィアンを見つめた。
「ヴィヴィアン、一人で飛べる?」
「当たり前ですわ」
「じゃあ、僕、行ってくるよ」
「わたくしも直ぐに戻ります。それまで、わたくしの変わりにしっかりとあの怪獣を叩きのめしておきなさい」
「了解」
「もう一つ、これで二度目ですけど――――絶対に、生きて帰ってくること。よろしくて?」
「ああ、分かってるよ」
ミライは、ヴィヴィアンを腕の中から解放して、〝トーキョージュピター〟――――〝ブラックテール〟に向かっていった。
空を一直線に駆けていく小さくも逞しい背中を見送ろうとしたヴィヴィアンだったが、滲んで歪んでしまった視界のせいで真っ直ぐに前を見ることもできなかった。
「まったく、本当に不細工な飛行。下手くそすぎて、目に埃が入ったしまいました。視界がぼやけてしまって――――ああ、もうっ、どうしてこんな気持ちに? わたくし、ほんとうに死んでしまうところだった? ほんとうに、こわかった」
通信を切って、ただ一人呟いたその言葉は――――
――――いたいけな幼い少女のものだった。




