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「どうやら、舞台は最終章に入ったみたいだね? ――――〝生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ〟」


〝トーキョージュピター〟の黒い殻が崩れ落ち、中から〝九つの尾〟をもった〝黒い獣〟が現れた。それを目の当たりにしたハルカ・ディスカバリーが両手を広げて、まるで生まれ出た新しい命を祝福するかのように微笑を浮かべて、戯曲の台詞を引用してみせた。ハルカは最前線で戦う仲間の危機にもまるで動じず、観客席に腰を下ろして劇を鑑賞しているかのような態度だった。


 しかしミライには、そんなハルカの態度を気にしていられる様子もなかった。


「ハルカ君、僕たちも行こう」

 

 ミライは叫ぶように告げた。


「どうしてだい?」


 ハルカは首をかしげる。


「君が戦場に行ったところで、今のミライ君の力で何かの役に立つとは僕には到底思えない。足を引っ張るだけだよ。最前線に出ているのはこのヴァリスでの最高の能力と実績をもつ三人だ。ミライ君、君じゃあとうてい及ばないよ。龍驤ナオコの指示通り、僕たちは撤退するべきなんじゃないかい?」

 

 先ほど、最前線の三名に撤退の命令が入った際に、ミライとハルカの二名にも撤退の命令が出ていた。しかしその命令を頑な拒否したミライは、三人が無事に帰ってくるまでこの場所を離れないと言って聞かなかった。


「確かに、僕は役に立たなかもしれない。何もできないかもしれない」

 

 ミライは声を荒げて続ける。


「それでも、ただ見ているだけなんてもうできないんだ。これ以上僕を引き留めるなら、僕はハルカ君を振り払ってでも行く」


「あはは。まるで、駄々をこねる子供だね? だけど君のそういうところが、僕は気に入っているよ。いいだろう。長門司令から直々に命令を受けていることだし、僕は僕の役を演じよう」


「長門司令からの命令って、もしかしてあの時の?」

 

 ミライは出撃前、最後のミーティングの後で長門イソロクから言われた言葉を思い出していた。


「ああ、そうだよ。僕は、長門司令直属の〝ネクサス〟なんだ。だから龍驤ナオコの命令は、僕には関係ない。まぁ、そもそも僕は誰の命令も聞くつもりはないけどね。僕は、僕に与えられた筋書きを演じるだけだよ。そのために、僕は生まれてきたんだから」


「ハルカ君、君は、いったい?」


「さぁ、ミライ君――――君は、いったいこの舞台の上で、どんな役を演じたいんだい? 奇しくも、台本は長門司令が言った通りに、君の命を指し出すべき場面となってしまった」

 

 黒い怪獣は九つの尾を振り、最前線の三人を追い詰めていく。セカンドチーム、サードチームの到着まではまだ時間がかかり、それまで最前線の三人が持ちこたえられるかどうか、ミライの目にも難しいように思えた。


「ハルカ君、僕は行く。怪獣と戦うために」


「戦うということは、死ぬかもしれないんだよ――――構わないのかい?」


「ああ。こんなところで、ただ見てるだけなんてできない。僕は、みんなの役に立ちたいんだ。みんなを、助けたいんだ。そして、みんなを守りたいんだ。たとえ、それが僕の持っているものの全てを犠牲にしたとしても」

 

 そう言った、少年の表情には微塵の迷いもなく晴れやかで精悍だった。


「やれやれ、君がそういのなら僕は止めないよ」

 

 そう言うと、ハルカは左手を隣に立っているミライに向けて伸ばした――――そしてミライの心臓のあたりに優しく触れた。ハルカの掌を通じて、彼の〝VK領域〟が、彼の世界が、彼の鼓動が、ミライの中に流れ込んでくる。

 

 ハルカにスーツの上から心臓を触れられた瞬間、ミライは全身に燃え滾るような何かを、湧き上がってくる熱い何かをを感じていた。


 鼓動、

 

 胎動、


 脈動、


 衝動――――


「ミライ君、今までの君は火の入っていない〝炉〟と同じだった。だけど、君の〝炉〟は誰よりも大きく、誰よりも大きな火を燃やすことができる。だから僕の〝調和〟と〝調律〟の力をもって、君の炉に火を入れたよ。だけどこの火は禁断の火、〝プロメテウスの火〟だ。人に扱える代物じゃあない。人が手にしてはいけない〝禁忌の炎〟なんだよ」

 

 ハルカの言葉を聞きながら目を瞑ったミライは、体中に火が巡って行くのを実感していた。今までバラバラだった全てのものが重なり合うような――――


 扉が開き、

 

 歯車が廻りだし、


 針が動き出したような――――


 そんな全身を駆け巡る火に、湧き上がる衝動に、ミライの身体は今にも破裂してしまいそうだった。


「これが僕の力? 何だろう、この暖かさは? ものすごく懐かしいような気がする」

 

 ミライは自分の両の掌を眺めた。そして体中から放出される、目に見えそうな程の熱に驚いた。


「さぁ、僕の〝調律〟はこれで完了だよ。早く、行くといい。さよならは言わないよ」


「ありがとう、ハルカ君。僕は行くよ」


 そう言って、ミライは空を駆けた。

 

 一直線に、最前線に――――


 勇ましく駆けて行く小さな背中を見送ったハルカ・ディスカバリーが、初めて人間らしい感情を表情にした。そして寂しげな表情を浮かべて、小さくなっていくミライを見つけた。


「ミライ君、せっかく君と出会えたのにもうお別れだなんて、運命は残酷で、人というものはとても冷酷だね。ただ君を利用するためだけに、ただ君の命の火を燃やすためだけにこの場所に連れてくるなんて。人間とは、どうしてこんなにも愚かしく醜いのだろう――――そして、どうしてこんなにも美くし暖かいのだろうね?」


 ハルカはミライの心臓に手を当てた左を見つめて、そう呟いた。

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