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――――○六三○。
トップチーム〝スターソード〟のメンバーが、発進カタパルトで待機している。支援や補給を行うセカンド、サードチーム及び――――島風ミサキがチームのリーダーを務める補給チーム〝パラダイス・バード〟も、全ての準備を終えて所定の位置についていた。
今この太平洋沖に集まった、全ての〝ネクサス〟が出撃準備終えて――――
作戦が始まるその時を待っていた。
「おはよう、みんな、よく聞いて――――」
作戦開始前の針でつつけば破裂してしまいそうな重苦しい空気の中、オードリー・エンタープライズがさわやかな声で上げた。雲間から差し込む陽の光のようなそんな言葉が、無線を通じて、全ての艦艇、〝ヴァリス本部〟、そして全ての〝ネクサス〟に伝わった。
オードリーは海の向こうを、青く澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめて腕を組んで胸を張る。
そして、赤いマフラーを靡かせながら言葉を続ける。
「私たちは今から空に飛び立って、史上最大の怪獣の殲滅作戦行動に臨むことになる。たぶん、ものすごく壮絶な戦いになると思う。もしかしたら、私たちは無事に帰って来られないかもしれない。だけど、敢えて私はこういう――――YES WE CAN。私たちなら、できると」
静かな声で誰かに語りかけるような口調だったオードリーは、次第に感情や覇気を露わにして自分の言葉を聞いているものを鼓舞していった。
「私たちは、この戦いに勝利することができる。くそったれな怪獣たちの侵略を防ぎ、私たち人類は。もう一度独立することができる。そのために、私たちは今日最善を尽くす。勝利のために。独立のために。私たちの正義のために。帰ってきたら、今日の記念日をお祝いするために盛大なパーティを開きましょう。健闘を祈っている」
オードリーは言葉を閉じた。
オードリーの演説に答えるように、艦内はざわめき立った。彼女の言葉が波紋のように伝播して、この海域一帯が激しい熱気で包まれたような怒号が包み込んだ。
オードリー・エンタープライズという熱に当てられたように、この海域にいる全てのものが戦意を高揚させて、自分たちの勝利を確信していた。
「相変わらず、アメリカ大統領も顔負けの演説ですね」
演説を終えたオードリーの隣に、青い〝ネクサス・スーツ〟のヴィヴィアン・インヴィンシブルが近づき、寄り添うように立った。彼女の髪の毛は綺麗に結い上げられて、後頭部のあたりで一つに纏められていた。そして、その表情は研いだ刀のように凛々しかった。
「アメリカ大統領? それ、将来の私の職業だから」
「その自信、呆れますわ」
「怪獣との戦いが終わったら、たぶん私たちネクサスは微妙な立ち位置の存在になる。そのことで、私たちは下らない争いをするかもしれない。だから、私は人類が、そして私たち〝ネクサス〟が、平和に暮らせる世界にしたい。私たちのあとに続く〝ネクサス〟のためにも。そのためには、大統領になるのが一番手っ取り早いでしょう?」
「そうですわね。あなたは、きっといい指導者になりますわ。でも、まずはこの殲滅を無事に生きて帰ってこなければ」
「もちろん。誰一人、失わせない」
「そうですわね」
見つめ合った二人の表情には、揺るぎない決意が浮かび上がっていた。
「オードリー、わたくしの背中を預けますわよ
「確かに預かったよ」
そう言って、二人の少女はお互いの拳を合わせた。
お互いの無事を願い、お互いの健闘を祈り、お互いを鼓舞するように。
☆
そんな二人の英雄の姿を、葦舟ミライはじっと見つめていた。その瞳に焼き付けるように。
赤と青の英雄を、本物のヒーローの姿を前にして、ミライは自分の胸の鼓動を確かめる。
そして、自分にできることを、自分のやるべきことを確かめた。
「ミライ、そんな強張った顔をして緊張してるの?」
戻ってきたオードリーが、気さくな調子でミライに声をかけた。
「あなたは後ろで見ているだけなんですから、とにかく足手まといにはならないように、しっかりわたくしたちの華麗な戦闘を見ていればいいんです」
続いて、ヴィヴィアンもミライに声をかけた。
「うん、分かってる。大丈夫だよ」
ミライは短くそう言った。
すると「お前ら、絶対に帰ってこいよ」と声が聞こえ、航空母艦のカタパルトデッキに現れたのは、島風ミサキだった。
「ミサキどうしたの?」
ミライが驚いたように言った。すでに出撃準備を終えて、所定の位置についていなければけないミサキが、いくらテレポート能力があるとはいえ、自分の持ち場を離れて現れたからだった。
「いや、必ず帰ってこいって、それだけ言いたかったんだ」
灰色のネクサス・スーツ〝橘花〟を纏ったミサキが、心苦しそうに告げた。
「もちろん、当たり前だよ。それよりもミサキの補給にも期待してるんだから、頼んだよ」
オードリーがミサキの心情を察知して快活に告げる。
「ああ。空中給油から、空中換装までバックアップは任せろ。だから、頼むから全員無事に帰ってこいよ。帰って来てくれ」
そう言ったミサキの顔は、蒼白を通り越して土気色で、手足はぶるぶると震えていた。今、少年の頭の中には、半年前の怪獣殲滅の光景がまざまざと浮かび上り、たとえようのない恐怖を感じている。そんなことは容易に理解でき、この場にいる全員がそのことを分かっていたが、あえてそのことを口にするものは一人もいなかった。
「ミサキ、あなたは安心してわたくしたちのバックアップに努めなさい。あの怪獣はわたくしたちが必ず殲滅して見せますから」
ヴィヴィアンが優しく言う。そしてオードリーが続けた。
「大丈夫。私たちは無事に帰ってくる。必ず」
ミライはそんな光景を眺め、その瞳に焼き付けながら――――
心から、この〝ヴァリス〟に来てよかったと思っていた。
ミライには恐怖や怖れは存在していなかった。
ただ真っ直ぐに、怪獣のいる旧東京を見つめる少年のその眼差しは、たくましく精悍だった。
――――少年は決意を一つ、胸に秘めていた。




