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「ここが、〝ヴァリス〟ですか?」
葦舟ミライは、青い海に堂々と浮かぶ海上の大都市を目の前にして、そう尋ねた。
京都の山奥から、比較的整った街並み、怪獣の被害の少ない地域を――長い間車で走った。その後、荒廃した街並み、沈下した地盤、海に沈んだ都市、黒い煙に覆われた空を車窓から眺め――――〝完全封鎖指定区域〟となっている東京の手前、半分消滅している伊豆半島から、〝新国道〟に乗り換えた。
さらに、その後――〝新成田空港〟のヘリポートで二人を待っていた、六つのプロペラをもった〝巨大な輸送機〟に車ごと詰め込まれて、揺れること数時間――――
ようやく到着したこの場所こそが――――
「いいえ、ここはまだ〝ヴァリス〟じゃないわ」
と、龍驤ナオコは、きっぱりと否定した。
「……じゃあ、ここは一体どこなんですか? うぇっぷ」
「ここは、世界最大の〝海上メガフロート〟――その名も、〝海上都市新東京〟よ。……ああ、ちょっと、吐くなら少し離れてね」
長旅で胃袋を揺れに揺られさせたいか、コンクリートの地面に再び立った瞬間に、ミライは顔を青ざめさせた。そして可愛らしい顔立ちを、これでもかというぐらいに歪めた。
「いえ……たぶん大丈夫です。うぷっ、直ぐにおさまると思います。うぇ、それで……〝海上都市新東京〟、こんなところが、あったんですね?」
「そうよー、壊滅した〝旧東京〟と〝ホノルル諸島〟を繋ぐ、ほぼ軸線上――太平洋のど真ん中。ここが、怪獣殲滅の最前線――〝海上都市新東京〟よ」
ナオコのその言葉を証明するかのように――
二人が立ったヘリポートからは――ずらりと並ぶ〝戦闘機〟や、海に浮かぶ巨大な〝戦艦〟が見えた。
「すごいですね。戦闘機に戦艦……戦車まである」
「でしょー? 世界中から最新鋭の兵器が納入されているのよー。ミライ君……見える? あれはねー、米
国が開発した最新鋭の戦闘機で、高度なステルス機能をもっているの。それに、あっちの戦艦は、日本が誇る最高のイージス艦よ――」
「へぇー、何っているのかまるで分からないですけど……すごいです」
「まぁ、そうよねー」
少年は、高いところから照りつける太陽の日差しを肌で感じていた。
空の高いところでは、翼を広げた海猫が仲間たちと飛んでいた。
少年の足元には、仲間たちからはぐれた海猫が一匹――ただ群れの方を眺めていた。飛べないのか、飛ばないのか、少年はひとりぼっちの海猫を見つめた。
群れからはぐれた海猫を眺めている少年を、隣に並んだナオコはチラと眺めだ。
そして、その胸のうちを隠すように、胸元に下げた黒のサングラスをかけて――照りつける太陽を睨み付けるように見つめた。
先ほどまでの、柔らかで気さくな物腰は途端に消え――
サングラスをかけたことで、何かのスイッチを入れたかのように、そこには精悍な雰囲気を身に纏う、一人の大人の女性が――
そして、この少年の上官が立っていた。
「さぁ、行くわよ」
そして、龍驤ナオコは声のトーンを一段下げて、少年を引率しようとした。
すると――――
「―――すいません、ナオコさん……少し、待っていてください。うぇっぷぅ―――」
ヘリポートの隅に慌てて逃げるようにミライは駆けて行き――
そこで、胃の中のもの全てを吐き出した。
少年の断末魔のような嘔吐の声と、みっともない内容物がコンクリートの地面に吐き出される音を聞きながら――
龍驤ナオコは肩をすくめて、呟いた。
「―――――やれやれ、ね。先が思いやられるわ」