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「ちょっとー、私は〝出撃前の最後のオフを楽しむように〟って言ったんだけど、何の用かしら?」

 

 時速百五十キロの速度で、海上都市の道路を駆ける『アストンマーチン』。運転席に座ってハンドルを握る龍驤ナオコが、助手席に座ったオードリー・エンタープライズに尋ねた。


「――――――――」


 かつて世界最大のメガシティを誇った日本の首都東京の風景の面影を、どことなく残した高層ビル群。無数の摩天楼が突き出した〝海上都市〟の中央に建設された〝ヴァリス本部〟――――流線形の塔のような形をしたその巨大な建造物は、海上都市のどこからでも見上げることができた。

 

 放課後、オードリーは「人前では話せない話がある」と、龍驤ナオコを呼び出し、それに応じたナオコは助手席にオードリーを乗せて颯爽とアストンマーチンを走らせた。


「この中、安全なの?」


「〝ヴァリス本部〟や海上都市の中よりは、まぁ安全でしょうね? 一応、盗聴器なんかの確認はやっておいたわよ。それより、花のアフターファイブを担任の女教師と過ごすなんて、思春期の女子高生も意外に寂しいのね。何なら、いけないことでもしてみる?」

 

 ナオコがからかうように言って、華麗なステアリングを見せた。


「ミライを誘おうなって思ったんだけど、ヴィヴィが先に手を出していたみたいなの。ミライに目をつけたのは、私のほうが先なのに」

 

 オードリーもざとらしく言って、バックミラーとサイドミラーを確認した。


「ミライ君? いくらオードリーでもあの子はダメよ。私が保護者なんだから。それにしても、まさかヴィヴィアンがねぇ? これからは余計な悪い虫がつかないようにしなくちゃいけないわね」

 

 そう言いつつも、意外な組み合わせの二人にナオコは楽しげだった。


「ナオコが保護者ってぜんぜんがらじゃない。もしかして、ナオコって年下好きなの?」


「あらー、年下って可愛くていいじゃない? 年上も好きだけね」


「いい人もいないくせに、よく言うわ」


「うるさいわねー。さて、これで尾行されていたとしても、上手く撒いたでしょう? で、何の用なの? おねーさんは忙しいだから、要点だけ伝えてちょーだい」


「分かってる」

 

 オードリーは表情を厳しくてナオコを見つめた。その表情は先ほどまでのあどけない少女の物ではなく、軍人然とした規律正しいものだった。


「ナオコ、今回の殲滅作戦行動――――私たちには、知らされていないことがあるんじゃない?」


「あなたたちに知らせてないこと? そりゃ、たくさんあるわよ。こういった作戦は機密事項の山なんだから。あなたたちのアクセス権にない情報は全て伏せているわよ」


「じゃあ、ミライは本当にレベル1の〝ユーバー〟なの? チームのメンバーの〝ネクサス〟能力は、基本的に公開が義務付けられているはずだよ」


「……………………」


「それに今回の殲滅作戦行動、全てが都合よく動きすぎている。ミライがこの海上都市、〝ヴァリス〟に来て、私たちのチームに編入され、そして怪獣が出現した。しかも、そのミライを今回の作戦で出撃させる。これが総力戦ならともかく、チームの連携が重要な作戦に初陣させるなんて、まともな作戦じゃない。ねぇナオコ、今回の殲滅作戦、何か裏があるんじゃないの?」


「――――――――」


 オードリーが核心を突くように言うと、ナオコは一瞬表情を強張らせた後、胸元にかけていたサングラスに手を伸ばした。そしてサングラスのフレームを歯噛みすると、片手で器用にサングラスをかけた。夕日を背にしていたにもかかわらず。


「私も上級大尉のアクセス権で調べられるだけは、調べてみた。ミライのプロフィールのほとんどが改竄されていた。巧妙に偽造しているけど、軍に所属していた人間が見れば一発で見破ることができる。しかも、〝首都決戦〟の生き残りってどういうこと? それはマヤのことでしょ――――いった、どうなっているの?」

 

 オードリーにそこまで問い詰められて、ナオコは走っていた海岸線に突然車を止めた。


「はぁ―――――」

 

 そしてナオコは大きなため息を吐いた。


「別に、隠してるわけでもないのよ。ただ、私も知らないってだけよ」


「ナオコが知らない? 戦術指揮官でしょ? 階級はともかく、この〝ヴァリス〟では、上級職員のはずじゃ?」


「そうよ。その上級職員である私にも、知らされていないことがあるのか、知らせられないことがあるのか――――または、そもそもオードリーが疑問に思っていることなんて存在していないのか? そのどれかね?」

 

 知らされていない秘密が隠されているのか?

 知らせられない秘密があるのか?

 

 そもそも、秘密なんて存在していないのか?


「私としては、〝三番〟を希望しているけどね。だけど、ミライ君が〝首都決戦〟の生き残りであるということは、本当よ。その記録は私も見たから。ただ、マヤのケースとは少し違うってだけ」

 

 ナオコは自分のショルダーバッグから電子パッドを取り出してそれを操作し始めた。


「私のアクセス権で見られるミライ君の情報を特別に見せてあげるわ。オードリーのアクセス権よりは虫食いが少ないでしょ? それだって、大したプロフィールにはならないけど」

 

 オードリーは渡された電子パットに表示された葦舟ミライのプロフィールを呼んだ。その情報は、確かにナオコが言った通り自分のアクセス権で読める、葦舟ミライのプロフィールよりも少しだけマシという程度の情報だった。

 

 しかし――――



「これは、いったいなに?」

 

 オードリーの目に留まった情報は、葦舟ミライの幼少期から検査記録のレポートだった。この記録によると、ミライが暮らしていたのは〝サナトリウム〟なんかではなく、〝ネクサス〟を隔離しておくための保護施設だった。しかし、それ自体は対して珍しいことでない。社会的に危険性のある能力を備えた〝ネクサス〟が、一般社会から隔離されて教育を受けるのは、世界中で見られることだった。

 

 しかし不可解なのは、葦舟ミライは危険性のある能力を持っているわけでもなく、反社会的でもなく、人格に破綻などが見当たらない、健全な精神状態を維持しているにもかかわらず、こんなにも長い期間隔離されていたということだった。しかもミライが隔離されていた施設は、隔離者が葦舟ミライしか存在しない――――ミライのためだけの施設だった。

 

 そこは、まるで、葦舟ミライただ一人を閉じ込めておくためだけの檻だった。


 そして、その施設を管理していたのは――――〝PKDインダストリアル〟だった


「こっちのレポートは? そんなっ」

 

 オードリーは信じられないと、スクロールしたページを巻き戻した。


「葦舟ミライには、〝恐怖〟や〝脅威〟の認識力が低く、判断に乏しい? 危機回避能力が欠如している?」


 その検査結果では、先天的か後天的かは不明だが、葦舟ミライには〝恐怖〟という感情が欠如しており、自身を襲う〝脅威〟に対して正しい判断が下せない傾向にあると記されていた。葦舟しミライ自身は、恐怖を抱いた時、〝怖い〟と感じないわけではなく、ただ〝危険〟と感じることができないのだと続けられいる。


 大勢の人は、ここから先に進んだら危険だと知っていた場合、意識的にも無意識にも恐怖を感じてブレーキをかけるだろう。そこでアクセルを踏んだとしても、それは危険を認識たうえで危険を回避できると理解してのアクセルのはずである。

 

 しかし、葦舟ミライの場合は違っていた。この先に危険が待っていると知っていたしても、それを危険だと思うことができない。だから迷わずアクセルを踏めるし、無謀な行いに出ることができる。恐怖自体は感じることができるし、痛みを感じることもできる。怖いと感じた場合、この先に行きたくないなとも思う。しかし脅威に対して正しい判断を下せなないミライは、その脅威を防ぎ、危機を回避することができない。

 

 無防備にアクセルを踏み込むことができる。

 危機回避の能力が完全に欠如してしまっているのだ。 


 オードリーは、これまで行ってきたシミュレーション訓練中のミライの行動を振り返った。危機感の欠如、認識不足、勇み足――――そのどれもが、このレポートの示すとおりだった。

 

 そして、ミライの真に迫った言葉を思い出した。


「死ねと言われることに関しては、そう命じられれば従います」


「ミライは、死を恐れていない? こんなの冗談じゃない。こんな欠陥を抱えた兵士が戦場に出るなんて、ありえない。こんなの死にに行かせるようなものだよ? ナオコ、あなたはこれを知っていて、それでもミライを次の作戦に出すというの?」

 

 オードリーは怒りに震えて声を荒げた。


「オードリー、あなただって軍での生活が長いのなら知っているでしょう? 私が何かを口にしたところで、状況は何も変わらない。私の後任がやって来て、私と同じようにするだけよ」


「でも、こんなの明らかに適正不足だよ。だって、ミライはこのことを知らないんでしょう? そんな状態で出撃させるなんて正義じゃない」


「別に、誰も正義のために戦ってなんていないわよ」


「そういうことを言っているんじゃない。ナオコ自身の正義のことを言っているんだよ」


 オードリーが声音を強めて、澄んだ青色の瞳でナオコを真っ直ぐに見つめた。その美しい大海原のような瞳の奥には、彼女のもつ正義感が溢れ出していた。


「私たちに正義なんてないわよ」


 ナオコは両手を広げて続ける。サングラス越しに見つめたオードリーの力強い瞳の輝きから、無意識に視線を外したまま。


「どこにも正義なんてないのよ。私たちにあるのは、ただ生き残りたいっていう生存本能だけ。そのためなら、私たちは何だってする。核兵器だって使うし、人口の抑制だってするし、子供たちだって戦場に送りだす。悪にだって――――染まるわよ」


「ナオコ?」


 オードリーは、初めて聞く龍驤ナオコの半ば投げやりな態度や、弱々しい口調を聞いて――――それ以上に何も言えずに押し黙ってしまった。目の前の戦術指揮官が、どのような気持ちで今日まで葦舟ミライの訓練につき、どのような気持ちで出撃の命令を出したのか、そんなことは考えるまでもなく分かることだった。

 

 誰が望んでそんなことをするだろうか?

 誰が望んで悪に染まるだろうか?


「オードリー」

 

 龍驤ナオコが、優しい声で続ける。言葉にはできない何かを託すように。



「今回の殲滅作戦行動、私にはこれ以上何もできることはない。だから、必ず成功させなさい。そして、必ず全員で帰って来なさい」


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