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翌日。殲滅作戦行動開始前、最後のオフ。
「それで、こんなところに呼び出して何の用です?」
朝、久しぶりとなる〝新東京都市学園〟に登校した葦舟ミライは、ヴィヴィアン・インヴィンシブルを校舎端の非常階段に呼び出した。険のある表情で、挑むように告げたヴィヴィアンの態度はあからさまに不機嫌だった。
ヴィヴィアンを呼び出した張本人であるミライは、激しい緊張で高鳴る心臓の鼓動を感じながら「落ち着け、落ち着け」と、自分自身に言い聞かせていた。目の前にいる女王様然とした少女の、威圧的で高圧的な態度に呑み込まれないように。
「黙っていては、何も分かりません。わたくしに決闘でも申し込むつもりもりですか? もちろん、受けて立ってあげますわよ」
ヴィヴィアンが白金の髪を振って余裕を見せる。ミライは目の前の少女を真っ直ぐに見つめた。
「ヴィヴィアンさん、あの、その、訓練の時、いつも足を引っ張ってすいません」
ミライは大きな声で謝罪して頭を下げた。
「へ? えっ、なっ――――」
その言葉に面を喰らったヴィヴィアンは、一歩後ずさる。そして深々と頭を下げるミライを、驚いた様子でまじまじと見つめた。
「ヴィヴィアンさん、次の作戦、僕が役に立てるとも思えないけど、チームの足だけは引っ張らないよう、精いっぱいやりますっ。それに、今後はヴィヴィアンさんのように早く綺麗に飛べるように、一生懸命訓練します。だから、これからもチームの一員として、よろしくお願いいたします」
これがミライにとっての、初めとなるチームメンバーに対しての挨拶だった。色々なことが次から次へとミライの身に降りかかり、巻き起こり続け。この〝ヴァリス〟を訪れてから、ミライはまともな説明も無い中で曖昧に、流されるように日々を過ごしてきた。そんなミライにとって、これがヴィヴィアンに対しての初めて行動だった。
「ちょっと、葦舟ミライ? 頭を下げるのはよしなさい。これでは、わたくしがあなたを不当に糾弾しているみたいじゃないですか? とにかく、頭を上げなさい」
「でも、今の僕にはこれぐらいしか、ヴィヴィアンさんにできることがないんです。だから、これまでのことを謝りたいんです」
「わっ、わかりました。わかりましたから、頭を上げてください。謝罪は謹んでお受けします。そもそも私はあなたに対して腹を立てていたわけではありません。いえ、立てていたといえば、立てていましたが、それは、そもそもあなたがデリカシーの無いスケベ猿だったり、危機感のお間抜けだったからで――――あなた自身に腹を立てていたんじゃありません」
慌てて取り繕うように言ったヴィヴィアンは困惑の表情を浮かべていた。
そしてミライはゆっくり顔を上げて、捨て犬のような表情でヴィヴィアンを見つめた。
「そんな顔で見るのはよしなさいって。はぁ、何だかあなたと話していると調子が狂いますわ」
「すいません、ヴィヴィアンさん」
ミライは子犬のような声をだして言った。その表情とその声を聞いたヴィヴィアンは、小動物のようにいじらしいミライを目の前にして、完全に毒気が抜かれていた。
「とにかく、もう謝罪は必要ありません。それと、その〝ヴィヴィアンさん〟もやめて下さい? 〝ヴィヴィアン〟で結構です」
「わかりました。ヴィヴィアン」
「敬語もやめる」
「はいっ、じゃなくて…………分かった。ヴィヴィアン」
ぴしゃりと言われて慌てて言い直すミライは、おどおどと目の前の少女の名前を呼んだ。
ヴィヴィアンは怪訝そうに眉根を寄せてミライを見つめた。
「あなたに呼び捨てにされるのは、何だか釈然としませんわね?」
「そんな?」
「うそ、冗談ですわ」
そう言うと、ヴィヴィアンは上品に笑ってみせた。
エメラルドのような瞳が、これまでで一番穏やかに輝いた。
「とにかく僕、ヴィヴィアンみたいに、上手く空を飛べるように頑張るよ」
「わたくしのようにですか?」
「ヴィヴィアンの空中戦闘機動が一番早くて綺麗だし、僕も、あんなふうに飛べたらって思うんだ」
ミライは正直で純粋な気持ちを吐露した。
「はぁ、あなたって人は、そんな無防備な顔をして?」
ヴィヴィアンは困ったように言って笑った。戦場でも校内でも、常に気を張り続けているヴィヴィアンにとって、ミライの無防備さや無警戒さ、そしてこの無神経さは苛立ちの原因でもあり、理解不能の驚きでもあった。こんなひどい世界で、こんな絶望の世界で、どうしてこんな無防備や無警戒さを手に入れることができるのだろうと、ヴィヴィアンは不思議に思った。
「しかし葦舟ミライ、あなたは何も分かっていないようですね?。ぜんぜん、全くと言っていいほど何も理解していませんわ」
ヴィヴィアンはぴしゃりと言って、細く長い指をミライの鼻先に突き付けた。
「今夜、二一○○――――新横須賀港でお待ちしています」
「新横須賀港? そんなところで何を?」
「さぁ?」
もったいぶった調子で踵を返したヴィヴィアンは、白金の髪を撫でながら優雅な足取りで教室に戻って行くが、少し進んだところでゆっくりと振り返ってみせた。
「そうですねわね? 決闘――――いえ、舞踏会といったところかしら?」
最後にそう告げたヴィヴィアンの足取りが少しだけ弾んでいることに、間の抜けた表情のミライが気づくことはなかった。




