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19

 真っ赤に染まる黄昏の海をぼんやりと眺めている葦舟ミライが、航空母艦のデッキの先に膝を抱えて座っている。


 ミライはシミュレーター室でヴィヴィアンに言われた言葉が忘れられなかった。そして、スターソード〟の一員になることになった、長門イソロク総司令官の言葉が忘れられなかった。


「こんな僕が、〝スターソード〟の一員になって、何の役に立つんだろう? ヴィヴィアンさんが怒るのも無理はないし、当たり前だよ」

 

 ミライは呟きながら膝を今までよりも強く抱えて、肩を震わせた。悔しさと、情けなさでいっぱいだった。


「伊号さんにも、僕は〝ここにいるべき人じゃない〟って言われたし」


 そんなふうに、一人情けなく黄昏ていると――――


「ミーラーイ」


「うっ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 突然、背中から声をかけられて、激しく背中を叩かれた。そして、あまりの勢いにミライは前のめりになって体勢を崩した。


「落ちる、落ちるううう」


「ミライ、私の手を取って」


 ミライは危うく太平洋の海に落ちてしまいそうになったところ、後ろから手を取られて助けられた。


「大丈夫?」


 振り返るとオードリーが立っていて、ミライを見てくすくすと笑っていた。


「オードリー、どうしたの?」


「ミライとこれを一緒に飲もうかなって、探してたんだよ?」


 オードリーは片手に二つ持っていたドリンクのボトルを一つ、ミライに渡した。


「これは?」


「『コカコーラ』だよ。私のスポンサーなの」


「スポンサー?」


「イエス。怪獣と戦う優秀な〝ネクサス〟には、スポンサーがつくこともあるの。ヴィヴィは国っていうか、〝ロイヤルファミリー〟がバックアップしてくれてるから企業のスポンサードは受けて無いんだけどね。そんなことより、さぁ、飲んで飲んで」

 

 オードリーは、ごくごくとボトルの中の『コカコーラ』を飲んだ。


「やっぱり、訓練の後は『コカコーラ』だよね。弾薬と『コカコーラ』は戦場のマストアイテム。『マクドナルド』も私のスポンサーになってくれればいいのに――――〝i'm lovin' it〟」

 

 よく意味が分かっていないミライも、ボトルの中の『コカコーラ』を飲もうと勢いよく口に含んだ。


「んっ? ぶはぁ、ごふっ。げほっ」

 

 ――――勢いよく吐き出した。


「これ、何?」


「だから、『コカコーラ』だよ」


「嘘だよ」


「の、プロテイン割り」


「プロテイン割りって? 何で、そんなの入れるんだよ?」


「だって、シミュレーションの最中に約束したでしょう? これが終わったら一緒にプロテインでも飲もうって」


「あっ?」


「思い出した?」


「うん」

 

 確かに、シミュレーションの最中にそう言われたことを思い出した。しかしそれと一緒に、色々なことを思い出して、ミライのテンションは一気に沈んでいった。


「あの、シミュレーションのことだけど、本当に、ごめん―――――――」


 ミライは顔を伏せて謝った。そんな意気消沈のミライを見て、オードリーは困ったような顔でやれやれと肩を竦めた。


「となり、座っていい?」


「えっ? うん、いいけど」

 

 オードリーがミライの隣に寄り添って座った。そしてしばらく無言で赤く染まる海を眺めた後、オードリーは徐に口を開いた。


「今日、〝マンハッタン・クイーン・ビー〟の殲滅行動作戦をシミュレーションしたでしょ? あの怪獣はね、私が八歳の時、初めて戦場に出た怪獣なの。そして、私がはじめて殲滅した怪獣。私の殲滅スコアの、はじめの一体」 


「八歳の時に、あの怪獣を殲滅した? そんな小さな頃に?」


 ミライは信じられないと言葉を漏らした。


「〝スーパーヒーロー計画〟。私の生まれた国、アメリカ合衆国が極秘に行っていた〝ネクサス〟の強化計画」


「〝スーパーヒーロー計画〟?」


「私は、その計画の〝被験者〟で、私のような境遇の子供たちはたくさんいたの。その計画の被験者の多くは身寄りもない〝ネクサス〟の子供だった。誰が親かも分からない子や、親に捨てられた子ばかりで、私は誰が親かも分からないケース」


 オードリーはとくに気にした様子もなく、さらりと言ってのけた。


「私は、物ごろついた時には軍にいて、この計画の〝被験者〟だった。それ以外に生きる術なんてなかったし、そのことで自分の境遇や、軍や、顔も分からない親を恨んだこともない」

 

 オードリーはなんてことはないと、努めて平静に明るい調子で語っていたが、それを聞いているミライの表情は、どんどん曇っていった。世の中にこんなにも悲惨なことがあるなんて、ミライはこの時まで知る由もなかった。


「その〝スーパーヒーロー計画〟の〝ネクサス〟が、初めて兵士として殲滅作戦行動に参加したのが、あの〝マンハッタン・クイーン・ビー〟だった。作戦に参加した〝ネクサス〟の数は、二百名余り。当時、計画の被験者だった〝ネクサス〟の全てが、あの殲滅に参加したんだ」

 

 二百名余りの僅か十歳にも満たない子供たちが、戦場に出て怪獣の殲滅にあたっている光景を思い浮かべて、ミライは喩えようもない感情が、胸の奥で胎動しているのを感じて――――「この気持ちは何だろう?」と、心の中で戸惑いを浮かべていた。


「当時は、まだ怪獣の殲滅方法も確立されていなかったし〝ネクサス・スーツ〟もなかったから、私たちはほとんど死に行ったようなものだった。けど、あの時はそれでも仕方なかった。あの当時、アメリカは相次ぐ怪獣の被害で国土の半分以上を失っていたし、これ以上主要な都市が壊滅されたら、アメリカという国自体が消滅していたと思うから。だけど皮肉なことに、〝マンハッタン・クイーン・ビー〟の襲来を最後に、アメリカでは怪獣の襲来はなくなったの。何故だか分かる?」


 ミライは首を横に振った。


「人口が減ったから。怪獣は人口の密集地に現れる。アメリカ合衆国の人口が十分の一以下に減って、それで怪獣は他の国に出現するようになった。今では、国連決議で人口の密集を防ぐために過疎地に人を送る政策なんかがとられていたりするけど、体のいい国外退去だよ」

 

 オードリーは遠くの方を眺め、遥か過去を振り返りながら言葉を続けた。

 濃紺の空に星が輝きはじめたが、水平線はまだ真っ赤に燃えている。


 星条旗がはためいているように見えた。


「〝スーパーヒーロー計画〟の〝ネクサス〟は、攻撃ヘリコプター――『ブラックホーク』に乗って出撃した。ひどい戦闘で、総力戦だった。私は、次から次にヘリや戦闘機が墜落して行く中、泣きながら必死に戦った。隣で一緒に戦っていた男の子が〝働き蜂〟にやられたけど、私は攻撃の手を緩めなかった。泣き叫びながら――――せいいっぱい攻撃を続けた」

 

 オードリーは、少しだけ悲しそうな顔をしてみせた。

 その顔は、思春期の女の子の顔だった。


「最終的に〝マンハッタン・クイーン・ビー〟の殲滅には成功し、その二十四時間後に〝働き蜂〟も殲滅された。生き残った〝ネクサス〟は、私を含めてほんの数人だった。結局〝スーパーヒーロー計画〟は、そのまま消滅した。私は〝マンハッタン・クイーン・ビー〟殲滅の功績が認められて、一躍アメリカを救った〝ヒーロー〟になったの。〝ネクサス〟のシンボル扱いされたんだ。ほとんどが、戦意高揚とかのプロパガンダ目的でうんざりしちゃんだけどね。ほんと、やれやれって感じ」


 彼女は困ったように笑ってみせた。


「オードリー、どうしてその話を僕に?」


「なんでだろう? ミライの情けない顔を見ていたら、あの時泣きべそをかきながら戦っていた私たちを思い出しちゃったからかな?」

 

 今度は、ニッコリと笑ってみせた。


「ねぇミライ、初めて殲滅作戦行動に出た八歳の私は、泣きながら戦って多くの仲間を失った。だけど、今、私とヴィヴィのタッグを組んでシミュレーションで〝マンハッタン・クイーン・ビー〟の殲滅作戦行動を行ったら、一時間以内に殲滅ができる」


「二人で一時間? それじゃ、僕なんかまるで必要ないよ」


「そんなことないって。実際の殲滅作戦行動では、不足の事態の連続なんだよ。訓練通りに行くことなんて、絶対にない。だから、私たち何度も訓練をして連携を高めるの。ねぇミライ、ヴィヴィのことを気にしているのなら、一度しっかり話し合ってみることを勧める。あの子、あれで気を張っているだけだから」


「ヴィヴィアンさんと話し合う? って、腕の一本ぐらいじゃ済まなそうな――――」

 

 ミライは、激昂したヴィヴィアンに切り刻まれて、細切れにされている自分を思い浮かべた。


「そんなことしないって」


 オードリーは、気のいい冗談でも聞いたみたいにくすくすと笑った。


「それと、さっきヴィヴィが能力を使ってミライを傷つけた件だけどm私たちってね――――訓練と実戦以外での能力の使用を強く禁止されているの。だから、今頃ヴィヴィは軽い懲罰を受けているところよ。後で覗きに行こうよ?」

 

 オードリーは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。


「そんな、僕のせいでヴィヴィアンさんが、懲罰?」


「あれはミライのせいじゃなくて、ヴィヴィのせいだよ。物に当たるなんて子供みたいにことすることなんだから」


 きっぱりと言った。


「それに、ミライは知らないと思うけど、私たち〝ネクサス〟ってね、一般社会では軽蔑というか、軽い差別の対象になっていたりするんだ」


「そんな、〝ネクサス〟って、みんなを怪獣から守るヒーローなんじゃ?」


 ミライは、今日一日で一番驚いたような表情で尋ねた。


「さっきも言ったでしょう? 私を、〝ネクサス〟のシンボルにしたのも、プロパガンダ的な目的でうんざりしちゃうって。まぁ私たちって、ほとんど怪物みたいな力をもっているでしょう? だから、それを恐れて忌み嫌う人がいても、それは仕方ないんだよ。それに、〝ネクサス〟の犯罪が横行している地域があるのも事実だしね」


「そんな、オードリーの力は怪物なんかじゃないよ。みんなを守るすごい力だよ」


「ありがとう。まぁ、私は色々な地域で大人気だから、ぜんぜん気にしてないんだけどね。映画の主演のオファーだって来てるし、CDデビューしないかって言われもいるんだから」

 

 オードリーは冗談めかして言ってみたが、ミライに、〝オードリーの力は怪物なんかじゃない〟と、はっきり言われて、誇らしげな顔で笑い、少しだけ頬を赤く染めていた。


「でも、どうして差別なんて、そんなことするんだろう?」


「たぶん、ミライは分からないんだよ、ミライはピュアすぎるから」

 

 オードリーは少しだけからかうように言って続ける。


「そう言う訳でね、軍や〝ヴァリス〟では――――〝ネクサス〟の能力の使用を厳しく制限しているの。規律や統制をきかせるためにもね。ヴィヴィがシミュレーター室をめちゃくちゃにした時、警報が鳴ったでしょう?」

 

 ミライは、そう言えばと頷いた。


「私たちが能力を遣う際に、無意識に発生させている〝VK領域〟――――あれを感知する計測器が、そこら中に取り付けられていて、ある一定の数値を越えると警報が鳴るようになっているの。結局のところ、私たちは危険だから管理されているみたいなものなんだよ」


「危険だから管理?」


「まぁ、私はあんまり気にしていなんだけどね。軍に所属している期間が長いし、ある程度の拘束は当たり前って思っているから、規律がなければ軍なんて維持できないのも事実だしね。でも、ヴィヴィみたいにナイーブな子もいるから難しいんだよね。あの子は、いいところのお嬢様だから――――あれっ、ミライ?」

 

 とつぜん、オードリーがミライの顔を覗き込んだ。


「ヴィヴィに切られた頬の傷…………なくなってない?」


 オードリーは,ミライの頬に触れながら傷を探し始めた。


「オードリー、近い、近いって?傷ならもう治ったよ」

 

 ミライは顔を真っ赤にして背けた。


「治ったって、もう? ウソっ?」


「僕、昔から傷の治りが早いんだ。転んでも直ぐ治っちゃうし、歯なんて何度も生えてくるんだよ。小さい頃、何かの検査を行うたびに歯を抜かれてさ、そうすると次の日にはまた生えてきてるんだ」

 

 ミライは幼い頃を思い出しならそう言った。


「歯が何度も生えてくる?」


 オードリーは不思議そうな表情を浮かべていた。

 ミライのことをまじまじと見つめ――――


「あれ、私、何を話していたんだっけ?」と、首を捻った。

 

 オードリーの過去の話から、話はずいぶんと脱線して遠いところに流れていってしまっていた。

 波に揺られるように。


「思い出した。そう、初めて殲滅作戦行動に出た八歳の私は、泣きながら戦って多くの仲間を失った。だけど今の私は、昔の私とは違う。あれから、七年もの月日が経った私は。あの頃の私じゃないんだよ」

 

 オードリーは立ち上がり、自身に満ち溢れた調子で言った。

 

 そして暮れていく空を、まだ日の名残りのある海を真っ直ぐに見つめた。

 

 胸を張って腕を組む堂々とした立ち姿が、彼女のトレードマークともいえる赤いマフラーが潮風に揺れるその姿が、ミライには本物のヒーローの姿に見えた。


「オードリー、僕、何も分からないんだ」

 

 ミライは、それまで胸の内にしまっていたことを吐き出すように口を開いた。


「本当に何も分からないんだ。どうして僕がこの〝ヴァリス〟に呼ばれたのかも、どうして〝スターソード〟のメンバーになったのかも、それに戦うとか、殲滅とか、そういうことの全部が僕には分からないんだ。僕自身のことだって、僕には何も分からない」

 

 ミライは、深い森の中で迷子になってしまったかのようだった。

 オードリーは、そんなミライを見て優しく微笑んだ。


「ねぇミライ、私たちの中で、もちろん私も含めてだけど、何かを分かっている子供なんて、ここにはいないよ。みんな、悩んだり、迷ったり、戸惑ったりしながら、必死にこの場所で生きてるんだよ」


「何かを分かっている子供なんていない? オードリーも?」


「そうだよ。私たちは、ただ生きることに必死なだけ」


「生きることに、必死?」


「そうだよ。だからミライもただ考えているだけじゃなくて、行動しなくちゃ。アクションを起こさなければ、リアクションは返ってこない。生きることに必死にならなくちゃ」


「じゃあ、分からなくてもいいのかな? 僕は、何も分かっていなくてもいいのかな?」


「それでいいんだよ。分からないってことが分かっているのなら、あとは前を向いて進めばいい」


「分からないことが、分かっているのなら――――あとは、前を向いて進めばいい」


「ねぇ、ミライ――――」


 遠くを見つめながらオードリーが続ける。


「私はね、ミライに期待しているんだよ」


「僕に、期待?」


「そうだよ。私は、なぜか君に期待している。私のシックスセンスがね、ミライに何かを感じているんだ。今の私たちは怪獣に対してじり貧。怪獣の被害をかろうじて防いではいるけれど、それもいずれ限界が来る。今はただ、時計の針が進む速度を遅めているだけなんだよ。このままだと私たち人類の緩やかな死はまのがれない。だから私は変化を求めているんだ。この絶望的な状況を打開できる、進む時計の針をも壊してしまう、革新的なパラダイムシフトを」


「進む時計の針をも壊してしまう、革新的なパラダイムシフト? そんなの、僕には無理だよ。僕なんて何もできないし、今日だって足を引っ張ってばっかりだし」


「今のままではね。だけど私の中の何かが、シックスセンスが、DNAがね、そう囁くんだ。君が特別な〝ネクサス〟で、この絶望的な状況を打開するために必要な〝子供〟なんじゃないかって」


「なんだか、すごく無茶苦茶な期待をかけられているような気がする」


「あはは、気がついた?」


「そりゃ、嫌でも気がつくよ」


「ねぇ、ミライ知っている? 太陽ってね、沈む時が一番きれいに輝くの――――」

 

 オードリーは組んでいた腕を解いて、沈んで行く太陽を指さした。


「見せてやろうよ。クソッタレな怪獣たちに、私たち人類のとびっきりの輝きを」

 

 眩しいな、ミライはそう思った。

 オードリー・エンタープライズという少女が眩しかった。



 ――――――――眩し過ぎる程に。


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