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「――――ミライ君? ……ミライ君?」
誰かが、名前を呼んでいる。
「―――あーしーふーねーみーらーいーくーん?」
「……はっ、はいっ、」
揺れる車内の中だった。
ぼんやりと、車窓から流れる景色を眺めていた少年は、なかなか自分が名前を呼ばれていることに気が付けずにいたが――
四度、名前を呼ばれて――ようやく気がついた。
――――〝葦舟ミライ〟と、呼ばれた。
そして、慌てて運転席のドライバーに視線を向けた。
葦舟ミライと呼ばれた少年は、人懐っこそうな顔立ちに、小柄な体つき――少し長めに伸ばした髪の毛のせいで、遠目には女の子にも見える、そんな中性的な容姿と雰囲気をもっていた。
「もしかしてー、緊張してる?」
「―――いえ、別に……」
運転席に座り、先ほどから猛スピードで車を飛ばしているドライバーは――
視線を葦舟ミライと呼んだ少年に向けて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「そうよねー、同世代の子供たちと集団生活なんて、生まれて初めてだもんね? そりゃあ、緊張しちゃうわよね? とくに、女の子とかは? 女の子とか?」
「別に、そんなんじゃ――」
「いーの、いーの。ミライ君も年頃なんだから――女の子はいいものよー。女の子はー」
大事なことだからと念を押すように――
二度、〝女の子〟という単語を強調したドライバーは、そう言って「くすくす」と笑ってみせた。
そして、そんな呑気な会話を交わしながら――
ドライバーは、〝時速一四〇キロ〟でコーナーに突入し、華麗なる運転技術を披露してみせる――優しく添えるような左手でハンドルの操作、右手で流れるようなギアチェンジを繰り返す。
黒い軍服のような服を身に纏い、肩先まである濡烏の黒髪をバレッタで無造作に止めている女性――少年には、龍驤ナオコと名乗ったその女性は、穏やかな黒い眼と、薄く紅を塗った唇、開いた胸元には黒のサングラスを下げていた。
そして、制服の襟元には―――――
―――――〝VALIS〟と描かれたピンバッチ。
このスピード違反を犯す車――
時代遅れの、左ハンドルのスポーツカー『アストンマーチンDBS V12』の目的地が、刻印されていた。
―――――〝ヴァリス〟。
正式な名称を――〝対怪獣殲滅機関ヴァリス〟。
車内の二人が目指している場所だった。
「あの、龍驤さん――」
「ナオコよー」
そう言われて、葦舟ミライは困ったような顔を浮かべた。
そして、少し気恥ずかしそうに口を開いた。
「―――あの……ナオコさん」
「なーに、ミライ君?」
「これから、僕は怪獣を殲滅するための機関に入るんですよね? それって、どんなところなんですか?」
葦舟ミライは、自分が暮らしていた――京都の山奥にある〝療養所〟からここまで、事前に電話一つの連絡のみで、強引に連れてこられたことを思い出した。
『あー、もしもし、葦舟ミライ君ですか? 私、今日から君の保護者兼、上官になる龍驤ナオコでーす。今から、だいたい一時間後に君を迎えに行くから、すぐ出かけられるように準備しておいてねー』
そんな、まるで「これから、お姉さんと楽しいところに出かけましょう」、ぐらいの軽いノリで、強引にここまで連れてこられた葦舟ミライ――
龍驤ナオコは、半ば拉致か連行のような形で連れてきた少年を、横目に眺めてみた。
先ほどからずいぶんとスピードを出して、かなり危険な運転をしているにも関わらず、この少年の表情がピクリとも変化していないことには気がつていた。
「……どうやら、本当にファイルの通りってことなのかしら?」
龍驤ナオコは、一人居心地が悪そうに呟いた後――
再び表情を明るくした。
「基本的には、高等学校みたいなところよ。同世代の子供たちが集まって一緒に勉強したり、運動したり――まぁ、共同生活を通じて連帯感を養い、チームワークの向上を図るって感じかしらね? 普通の学校と違うのは、各国からの子供たちが集まっているってことと……もちろん、怪獣殲滅のための厳しい訓練があるってことぐらいかしら?」
「その、各国から集まってくる子供たちって――」
そこまで言って、葦舟ミライは言葉を呑み込んだ。
その言葉を――何と表現して口にしていいのか、分からないとういうように。
「そうよ。あなたと同じ―――〝ネクサス〟よ」
しかし、その言葉を、龍驤ナオコははっきりと――
まるで、つまらないものを切り捨てるかのように、すっぱりと口にした。
――――〝ネクサス〟
二十年前、初めてこの星に現れた怪獣――
〝グレーム・レイク・1〟と、ほぼ時を同じくして現れた―――〝新人類〟。
怪獣の出現の後を追うように登場した、現代の〝ヒーロー〟。
それが、〝ネクサス〟と呼ばれる子供たちだった。
新しい子供たちは、次から次に出現する怪獣に対抗するかのように――生まれながらにして超人的な特殊能力を持っていた。
たとえば、物を動かしたりする〝念動力〟や、火を操る〝発火能力〟、空を飛ぶことができる〝飛行能力〟、空間を移動する〝瞬間移動〟など――
〝ネクサス〟と呼ばれる子供たちは、生まれながらにして、いずれかの特殊な能力を備えている。それは、まるで次々と現れては迫りくる怪獣と戦うことを、生まれながらに運命づけられているかのように。
今では、怪獣の殲滅に、〝ネクサス〟は不可欠の存在となり――
この人類史上初の未曾有の事態を、人類滅亡の危機を救う――〝ヒーロー〟として、多くの人々に深く認知されていた。
京都の山奥のサナトリウムで暮らしていたミライも――〝ネクサス〟がどういうものであり、どのような役割をもっているかは、教えられ知らされていた。
そして、自分も〝ネクサス〟であるということも。
自分と同じ、〝ネクサス〟の子供たちがいる〝対怪獣殲滅機関ヴァリス〟――
それを聞いた葦舟ミライは、どこか不思議な気持ちだった。
「なんだか――」
葦舟ミライは最後の言葉を呑み込んで――
龍驤ナオコと出会ってから、はじめての笑顔を浮かべてみせた。