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航空母艦の艦長室。長門イソロクの前に一列に並んだトップチーム〝スターソード〟メンバー――――オードリー・エンタープライズ、ヴィヴィアン・インヴィンシブル、伊号マヤ、ハルカ・ディスカバリーの四人と、そしてなぜ自分がこの場所に呼ばれたのかもまるで分かっていない葦舟ミライがいた。
ハルカ・ディスカバリーは戸惑いを浮かべているミライと視線が合うと、意味ありげな微笑を浮かべてみせた。
〝スターソード〟のメンバーは全員が制服姿で、胸に手を当てる〝ヴァリス〟式の敬礼のポーズをとってみせた。初めてそれを見るミライも、見ようみまねで胸を張り、右手を左胸の心臓のあたりに当てて、敬礼のポーズをとった。
「どうして、わたくしたちと、このスケベ猿が一緒なんです?」
敬礼の最中、ヴィヴィアンが横目でミライをじとりと見た。そして、不服そうにそう呟いてみせたが、五人と向かい合って立っている龍驤ナオコのサングラス越しの無言のプレッシャーを感じて、それ以上は何も言わなかった。
シャワールームでの一件以来、ヴィヴィアンは完全にミライを目の敵にしており、顔も見たくないと、いまだにおかんむりのご様子だった。もちろん、あのシャワー室での誤解は解けていない。解いたところで、この関係は改善しないんじゃないとさえ思えたし、ミライにはヴィヴィアンに取りつく島も、そんな器用さも甲斐性もなかった。
「ヴァリス総司令官の長門イソロクだ。葦舟ミライ君とは、初めてだったかな?」
「はっ、はい、初めまして。葦舟ミライです」
ミライは緊張した様子で口を開いた。目の前の屈強な男性を前にして、まるで蛇に睨まれた蛙か、獅子を前にした兎のようになっていた。
「そう硬くならなくていい。全員崩してくれ」
その言葉を聞くと、ミライ以外の全員が敬礼のポーズを解き、手を後ろで組む休めの姿勢を取った。
ミライも遅れてそれを真似した。
「今日集まってもらったのは、君たちに通達すべき決定事項があるからだ。本日、現時刻をもって、葦舟ミライをトップチーム〝スターソード〟の一員とする。今後、全ての訓練及び作戦行動は、五人一組となって行ってもらう」
長門イソロクのその言葉に重苦しい沈黙が流れた。
オードリーは厳しい顔つきになり、その言葉の真意を確かめるように龍驤ナオコを真っ直ぐに見つめたが、その隣のヴィヴィアンは声を荒げた。
「長門司令、本気で言っているんですか? このスケベ猿、いいえ、葦舟ミライはまだこの〝ヴァリス〟に来て一カ月にも満たない、空中戦闘機動はおろか、ほぼ無能力なんですよ?」
「ヴィヴィアン、口を閉じなさい。あなたに意見する権利はないわ」
龍驤ナオコが厳しい口調でヴィヴィアンを叱責する。
「ですが、こんなことって――――」
「ヴィヴィ、今は口を噤んで」
引き下がろうとしないヴィヴィアンに、オードリーが制止の声をかけるが、その表情は言葉とは裏腹に厳しかった。そんな混乱した指令室の様子を、ハルカ・ディスカバリーは楽しげに眺めていて、まるで初めからこうなることを予期しており、そしてそれを歓迎しているようだった。伊号マヤは無表情のままだった。
そして全員がこの決定を呑み込んだと思った、その時――――
「あの、待ってください? 僕が、トップチームの一員なんて、嘘ですよね? 無理です。僕には、オードリーや、ヴィヴィアンさんみたいに、あんなに上手く飛んで怪獣と戦うことなんてできません。そんなの、無理ですよ」
情けないミライの言葉が、艦長室に響いた。その言葉を聞いた長門イソロクが、ミライの目の前に立ち、その揺れる瞳を、鷹のような鋭い視線で射抜くように見つめた。
「できるか、できないかなどは聞いていない。これは決定事項であり、撤回の余地のない命令だ」
頑とした面持ちで言葉を続ける。
「この〝ヴァリス〟に所属している以上、君は私の命令に従う義務がある。いや、従う義務しか存在していない。いいか? 仮に私が今ここで、君に死ねと命じたら、君はそれを実行しなければならない」
「司令、それ以上の言葉は必要ありません。後は、私が言って聞かせます」
あまりにも衝撃的な長門イソロクの言葉に、龍驤ナオコが思わず口を挟む――
「いいだろう。後は君に任せよう」
「あ、あの――――」
しかし、龍驤ナオコの言葉に同意した長門イソロクに――
葦舟ミライが再び口を開いた。
「死ねと言われることに関しては、そう命じられれば従います。もともと、僕なんて誰からも必要とされていなかった存在です。それが、この場所に、〝ヴァリス〟につれて来られて、少しでも僕の存在の意義があるのなら、何かの役に立つのなら、そう思って僕はここに来ました」
「ならば、何故、私の命令が聞けない?」
ミライは、しばらく黙った後――――
「誰かの足を引っ張ったり、誰かに迷惑をかけたくないんです。誰かの重荷になりたくないんです。できることなら、誰かの役に立ちたい。誰かのためになることをしたいんです。だけど〝スターソード〟の一員になったら、僕は迷惑をかけることしかできない。足を引っ張って、みんなの重荷になってしまう。だから――――」
ミライは、その時初めて自分の心情を吐露した。それは情けなく、みっともなく、しみったれものだったけれど、ここにいる多くの人に何かを感じさせるくらいには、真に迫っていた。
少年は京都の山奥のサナトリウムで穏やかに暮らし、自分が何故この場所にいるのか、なぜこの場所で暮らさなければいけないのかも分からないまま、無為といっても過言ではなく、無駄とも言える十五年間を過ごしてきた。
空白ともいっていい真っ白な十五年間を。
最低限の教育と、最低限の運動、最低限の常識しか与えられず、自分が何者なのかも分からないままに、少年はただ静かに生きてきた。日々、人類が生存圏を失い、刻一刻と追い詰められている不安定で、曖昧で、残酷な世界で、たった一人、何不自由なく平和に暮らしていた。そんな少年にとって、誰かの役に立つということがどれほどの意味を持ち、どれほどの意義を持つのかは分からないが、それでも少年はそう願っていたのだ。
誰かの役に立ち、誰かのためになる自分で在りたいと。
そのために、この場所に――――〝ヴァリス〟に来たはずだった。
「ならば、今は黙って私の命令に従えばいい。この〝ヴァリス〟にとっても、そして存亡の危機に瀕している人類にとっても―、君が〝スターソード〟の一員になることが、この世界のためであるのだから」




