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その日も、ミライは空中戦闘機動の訓練を行っていた。数日間の猛訓練に次ぐ猛訓練を経て、ようやくカタパルトから射出、飛行の維持、空中での停止、高高度の飛高、その他初歩的なマニューバを会得することに成功していた。
ミライが身に纏っている黒のネクサス・スーツ〝零式〟は、現在この〝ヴァリス〟に配備されている基本的な〝ネクサス・スーツ〟の一つで、汎用性に富んだ量産型のスーツである。最大の特徴は、軽量化されたボディによる機動性に優れた点であり、飛行速度、飛行距離共に安定した性能を発揮する信頼性だった。非常に扱いやく整備しやすい点も、量産機として生産ラインに乗った要因であり、国際規格の〝兵装〟を〝オプション〟として取り付けられる点も、このスーツの使用者が多い要因の一つとなっている。
〝ネクサス〟の上位ランカーには、〝ワンオフ〟と呼ばれる、量産機としての生産ラインに乗っていない、自身の能力との相性を最大限に生かしたスーツを纏うものが多数を占める。たとえば、オードリー・エンタープライズの纏うネクサス・スーツ〝ラプター〟は、〝人工衛星〟を介した〝戦術データリンク〟に直接アクセスする能力を持ち、敵味方を含めた戦場での全ての情報を彼女の元に集約して殲滅作戦行動の指揮を執ることができる。現在、戦術データリンクにアクセスすることができるネクサス・スーツは、〝ラプター〟のみであり、そのスーツの圧倒的な性能と、オードリー自身の圧倒的な能力が相まって、〝ネクサス・ランキング〟一位――――最強の〝ネクサス〟の座を維持している。
逆にヴィヴィアン・インヴィンシブルが纏うネクサス・スーツ〝アヴァロン〟は、機体性能のみを極限まで追求した、彼女以外には扱えない〝ピーキー〟な使用のスーツであり、ありとあらゆる空中戦闘機動を超高速で行える機動性、運動性を有している。その速度は音速を超えて、ネクサス最速の飛行を誇る。
このように優れた〝オンオフ〟のスーツは、非常に高い生産コストと運用コストがかかり、さらには専用パーツの発注、練度の高いメンテナンスを必要するために、〝ワンオフ〟のスーツを纏える〝ネクサス〟はごく少数に限られている。
同じ〝スターソード〟のメンバーである伊号マヤでさえ、新型の量産機である〝橘花〟を身に纏っている。
「よしよしっ、ミライ君、なかなか上手になって来たじゃない? 〝零式〟もだいぶ体に馴染んだみたいね?」
「あ、ありがどうございまず――――」
龍驤ナオコの声に、航空母艦のデッキで息を切らせた葦舟ミライ答える。
「じゃあ十五分後に武装訓練に移るから、整備のいる専用ドッグに行ってちょうだーい」
「ぢょっど、まだやるんですか? 早朝からもう八時間もぶっ続けで訓練を続けているんですけど?」
「あら、適度な休憩、給水、食事は与ええているはずよ? この航空母艦での訓練中に、空中戦闘機動はマスターしてもらわないと話にならないから」
「それ、本気ですか?」
さらりと、とんでもない訓練目標が掲げられ、ミライは思わずその場で吐きそうになった。初期の訓練中こそ毎回のように吐いていたが、現在ではそのような情けない姿をさらすこともなくなっていた。
「おねーさんは、いつだって本気よー。しゃべくっていると貴重な休憩時間を失うわよー」
「おねーさんって?」
「聞こえてるわよー」
「わっ、わかりました。直ぐにドックに向かいますっ」
「はい、おりこうさん。昨日座学でやった、対怪獣用の〝アンチマテリアルライフル〟の武装訓練だから、思い出しておいてねん」
「了解しです」
ミライは精神的なものからくる吐き気を抑え込んで、専用ドックに向かおうとした。すると上空に一機のヘリコプターが現れて、航空母艦に近づいて来た。二つのプロペラを持つティルトローター方式のヘリコプター『V-22オスプレイ』が着陸の体勢に入り、航空母艦のデッキに着陸した。回転する二つのプロペラが巻き起こす激しい風に煽られながら、ミライはそのヘリコプターから下りてくる人物をゆっくりと眺めていた。
「誰だろう?」
龍驤ナオコと同じヴァリスの制服を身に纏った屈強そうな男性が、ヘリコプラーからゆっくりと下りて来た。その男性はプロペラの巻き起こす風などものともせずに、遠くの方に立っているミライ見つけて、そして真っ直ぐにミライを見つめていた。
その人物の顔の右半分は、痛々しい傷痕に覆われていた。
ミライの耳に無線の声が響いた。
「ミライ君、武装訓練は中止よ。今から三十分後に制服に着替えて艦長室に来て」
「それって、訓練はいいんですか?」
「――――――」
すでに無線は切れていて、苛立たしげな沈黙が聞こえるだけだった。
「ナオコさん、どうしたんだろう?」
ミライは言われた通りに訓練を切り上げて制服に着替えようとドックに向かった。そしてあの一件以来、細心の注意を払っている――――〝シャワーを浴びている最中はシャワー室に鍵をかけておく〟という、重大な任務を忘れないでおこうと思った。
ふと、ミライは先ほどの顔に傷のある男性のことを思い出してヘリコプターの着陸した方を眺めてみたけれど、すでにその人はいなかった。




