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「もう、いい加減にしてくださいっ。これでいったい何度目だと思っていんですか?」


 ヘッドギアを外して開口一番、ヴィヴィアン・インヴィンシブルがもう我慢ができないと声を荒げた。彼女は頭を軽く振り、白金の髪の毛を靡かせて〝シミュレーター〟の座席から立ち上がると、葦舟ミライのシミュレーターまで足を進めた。


「このスケベ猿は、どれだけ足を引っ張れば気がすむんですか? 〝ホロ〟の計器と睨めっこで飛行がままならないどころか、マヤを援護につけてもこの体たらく。あれほど、わたくしたちとの距離を保ちつつ前進、本体の攻撃に警戒と、何度も注意したにも関わらず、ほいほいと先に進んで? あなたには危機感というものがないのですか? これが実戦の怪獣殲滅でしたら、あなた死んでいたんですよ?」

 

 ヘッドギアを外したミライは、ただ茫然とヴィヴィアンの捲し立てる言葉を聞いていた。その表情は、申し訳なさと不甲斐無さでいっぱいだった。

 

〝ヴァーチャル・リアリティ〟にフルダイブしての戦闘訓練――――〝スキン・マトリクス〟を纏い、〝ネクサス〟が無意識に発生させている微弱な〝VK領域〟を、シュミレーション機がつくりだす電界への接続に利用して〝仮想空間〟へとリンクする〝シミュレーション戦闘〟は、九九%現実と変わらない臨場感をつくりだす。

 

 飛行するときに感じる風圧、手に持ったライフルの重さ、硫黄のような生臭い怪獣の体臭、流れ出る血液が頬を伝う感触、誰かの悲鳴――――五感で感じる全てが、現実と同じようにシミュレートされる。もちろん死に至る程の怪我、正気を保てない程の痛みには、コンピュータがあらかじめセーフティをかけて軽減してくれるが、それでも肉体の痛みはリアルに脳に伝えられる。そしてヴァーチャル・リアリティの世界で出現する〝デジタルデータ〟の〝怪獣〟も、実際に現れた怪獣と何ら大差なく、九九%現実と変わらない恐怖として、目の前に出現する。

 

 この〝VR〟によるシミュレーションは、過去に現れ、実際に〝ネクサス〟が殲滅した〝怪獣〟のデータをもとに創り上げられているため、このシミュレーション戦闘を通して殲滅作戦行動を行うことで、実際の戦場に立つことなく一人前の〝ネクサス〟を育成し、その素質にあった部隊への配属を決定することができる。しかし、たった今ミライが行っているシミュレーションの殲滅作戦行動は、怪獣を殲滅するうえでの最前線――――トップチーム〝スターソード〟と同じ訓練内容であり、この〝ヴァリス〟に所属して一カ月にも満たない、そしてついこの間まで何も知らず、戦場に出たこともない少年が行うような訓練ではなかった。

 

 この訓練を平均的な〝ネクサス〟が四人組で行った場合の成功率は、一%にも満たない。

 

 過去に、この〝マンハッタン・クイーン・ビー〟を殲滅した時の被害は甚大ではなく、殲滅に当たった数千の兵と、数百の〝ネクサス〟が無残に戦死している。そのような怪獣を前にして、〝ネクサス〟の対怪獣の基本ともなる空中戦闘機動もままならず、まともな能力すらもたない葦舟ミライに行わせるなど、土台無理な話で、そもそもの前提が間違っていた。

 

 たとえ、作戦行動の内容が――――チームの一員として本体にまで辿りつき、ライフルの弾丸をたった一発、〝マンハッタン・クイーン・ビー〟に命中させるという、比較的難易度の低い内容だとしても。それに、たとえどんな理不尽な訓練内容や作戦行動だとしても、葦舟ミライにはそれを拒否する権利もなく、意見する自由すら与えられていない。


 この〝対怪獣殲滅機関ヴァリス〟を訪れ、そしてこの〝ヴァリス〟に所属すると決めた時に、葦舟ミライは個人としての自由と、人権を捨てている。それが、この〝ヴァリス〟に所属して、〝ネクサス〟として怪獣殲滅に従事するということの意味だった。

 

 最悪、今のこの場で死ねと命じられれば、葦舟ミライはそれを実行しなければならない。

 少年はそう命じられた時、いったい何と答え、いったいどのような行動をとるのだろうか?


「そもそも空中戦闘機動も身につけてもおらず、まともなマニューバの一つもできないあなたが、わたくしたちと同じ訓練を受けていることが間違いなんです? ずっと警報を鳴らしっぱなしにして、頭が痛くてかないません。知ってますか? 索敵の結果や接敵を知らせる警報はチームで共有しているんです。あなたがいつまでも警報を鳴らしっぱなしだと、耳障りなんです。それに、そもそもあなたの飛行はエレガントじゃない」


「はいっ、そこまで。前半の内容は私も同意する。注意力は散漫、危機回避は最悪、そもそもミライは危険に対してのアプローチが雑すぎる。捨鉢というか、自殺志願者的ともいっていい。だけど警報の件は余計だし、飛行のエレガントさは難癖だよ?」


「ですが、これではまとも訓練一つ行えません?」

 

 二人の間に立って仲立ちを行うオードリーに喰ってかかるヴィヴィアンは、すでに我慢の限界は超えているといった様子だった。


「分かってる。だけど、チームの仲間に対して、〝一緒に同じ訓練を行うことが間違い〟だなんて、言わないで」


「それは――――」


「ミライには、もっと自覚的になってもらう必要がある。今は、私たちと同じチームの一員。この〝ヴァリス〟のトップチーム〝スターソードの〟メンバーなんだから」

 

 オードリーは、澄んだ青い瞳を真っ直ぐにミライに向けた。まだシミュレーターの座席から立ち上がることすらできていない放心状態のミライが、今にも泣きだしそうな瞳でオードリーを見つめた。


「このスケベ猿が、わたくしたち〝スターソード〟のメンバーですって? わたくしは、認めてません。こんなの時間の無駄です。やっていられません――――」

 

 ヴィヴィアンがものすごい剣幕で言い放ち、鞭を打つように空中で腕を振るった。すると、シミュレーター室の脇に並んでいる折り畳み式の椅子や、ホワイトボートが突然に細切れになり、音を立ててシミュレーター室の床に崩れ落ちた。それと同時にミライの頬がすぱりと、まるで切れ味の鋭いナイフでなぞられたように切れ――――傷痕からは赤い血が滴った。


「ヴィヴィ、〝エクスカリバー〟を?」

 

 そしてオードリーの大声と共に、シミュレーター室にけたたましい警報が鳴り響いた。


「知りません」


 ヴィヴィアンは苛立ちを隠さず、燃えるような碧眼でシミュレーション室の上部、ガラス張りのモニター室を睨み付けた。


 そこには、この訓練を監督している龍驤ナオコが立っていた。


 ヴィヴィアンは踵を返してシミュレーター室を後にし、オードリーはその背中をただ真っ直ぐに眺めている。シミュレーターの座席に腰を下ろしたままの伊号マヤは、葦舟ミライをただじっと眺めていた。


 そのミライ本人は、ただ茫然と、いったいどうしてこんなことになったんだろうと考えていた。


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