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「彼はいったい何者だったんだろう? 僕が特別って? それに〝双子星〟って…………いったい、どういう意味だったんだろう?」

 

 ミライは先ほど出会ったばかりの不思議な少年のことが、頭から離れなかった。ハルカ・ディスカバリーと名乗った少年と交わした言葉と、この手に残る握手の感覚を思い出しながら、あの妖しく光る赤色の瞳に心を奪われたままだった。


「うちのクラスじゃないみたいだし、この艦に乗っているってことは…………彼も、僕と同じ基礎訓練中なのかな?」

 

 スキン・マトリクスを脱ぎ去り、訓練後の汗や塩水を洗い流すためにシャワー室で熱いお湯を浴びているミライ。頭からシャワーを浴びながら、熱に浮かされたように色々なことが頭を過っては消えていく。

 

 十五年前の〝北日本消失〟、〝アトミック・ボンバー〟の襲来、その唯一の生き残りである自分自身、京都の山奥のサナトリウム、〝対怪獣殲滅組織ヴァリス〟、新しい人類――――特殊な能力をもって生まれる子供たち〝ネクサス〟、〝海上都市新東京〟、〝ユーバー〟、空中戦闘機動、〝英雄〟、双子星、ハル・ディスカバリー。


 色々な言葉や単語が、ミライの頭の中をぐるぐると巡っているけれど、そのどれもが上手く自分の中に落ち着かずに、深いところへと沈んで行ってしまう。シャワーの水が排水溝へと流れていくみたいに――――


「…………そろそろ出よう」


 そう思い、余計な思考を振り払うように頭を振った。すると、シャワー室の扉が開くのが聞こえた。


「誰か入ってきたのかな?」


 シャワー室は白いタイル張りの細長い空間で、間仕切りで仕切られた個室が六つ並んでいる。間仕切りは首元から下腹部のあたりまでしかないので、隣の個室でシャワーを浴びれば、それが誰だか分かる構造になっていた。


「…………ハルカ君かな? もし、違う人だったらどうしよう?」


 ミライは、ハルカ・ディスカバリー以外に、男性の顔見知りがないことに思い当たり、どうしようと頭を悩ませた。


「何か声をかけたほうがいいのかな? お疲れ様です、とかかな?」

 

 ミライは生まれたままの自分の姿を眺めてみた。なんとなく、こんな姿で誰かに会うことを恥ずかしく思った。流れるシャワーの音にまぎれて、ゆっくりと足音がこちらに近づいて来ることに耐えられずに、ミライは意味もなくシャンプーボトルをプッシュしいた。


 無意識に。

 

 そして、立ち上る湯気の向こうから小さな人影が露われて――――

 なぜか、ミライの入っている個室に入ってきた。


「えっ? あの、ちょっと――――」


 真っ白な湯気の向こうから現れた人物、その正体にミライは顔を真っ赤にして、信じられないと瞳を丸くした。そして、慌てて自分の下腹部を隠した。


「いっ、いっ、いっ――――いごうさん?」

 

 ミライは思わず声を上げた。


「なんで、どうして? ここは、男性用のシャワールームじゃ? もしかして、僕が間違えたとか?」


  現れたのはクラスメイトであり、ミライの隣の席の伊号マヤだった。

 

 ミライのシャワールームに入ってきた伊号マヤは裸ではなく、真っ白な〝スキン・マトリクス〟を身に纏ってはいはいたが、もともと下着もつけずに肌の上から直接身に着ける体のラインが強調されるスーツ。それは、ほとんど何も纏っていないことと変わりなく、〝スキン・マトリクス〟の上からでも彼女のあどけない肉体、未発達の乳房、あばらの浮いた痩せた体つきが、はっきりと見て取れた。

 

 ミライは彼女の体をなるべく見ないようにしながら――――


「あの、その、伊号さん、ごめん。僕が間違っていたなら、直ぐに出て行くから………お願いだから、少しの間だけ向うに行ってほしいんだけど? いや、目を逸らしてくれるだけでもいいんだ。このままじゃ、僕が出て行けないから」

 

 伊号マヤは無表情のままで、そんなことお構いなしといった感じだった。ただ真っ直ぐ、そしてじっくりと、葦舟ミライという少年を見つめていた。


「伊号さん、そんなじっくり見られると――――ねぇ、ちょっと、何を、どこ見てるの?」

 

 ミライは目を背けながらも、彼女の視線が気になって仕方がなかった。

 

 しばらくすると、シャワールームの床に撒き散らしたシャンプーが、シャボン玉に変わって二人の間を漂い始めた。花の蜜のようなシャンプーの香りにあてられて、ミライは何だかくらくらした気分になっていた。

 

 そして、伊号マヤが一歩ミライに近づいて肌を合わせた。


「いっ、いっ、いっ、いごうさん? あの、これは――――」


「静かにして」

 

 情けない声を上げて慌てふためくミライに、伊号マヤはその小さな頭をミライの胸のあたり、今にも爆発してしまいそうに鼓動している心臓のあたりに、そっと押し当てた。

 

 彼女の体はとても冷たかった。

 寒さで凍えてしまいそうなほどに。


 ミライの体を伝ったシャワーの水が、伊号マヤの短い黒髪と――――小さな体を濡らしていく。しばらくすると、シャワーの音で掻き消されてしまいそうな、小さな声がこぼれた。


「あたたかい。それに、今にも爆発してしまいそう」

 

 ミライの胸に耳をあてながら、伊号マヤは上目使いでミライを見つめた。


「よく聞いて。あなたは、ここにいるべき人じゃない。今直ぐ、この〝ヴァリス〟から立ち去るべき。一日も早く、ここからいなくなって」


「そんな? それって――――」

 

 ミライは呆然と呟いた。そして、あまりにも衝撃的な一言に驚いて、タイル張りの床のシャンプー溜りに足を滑らせて、伊号マヤを勢いあまって押し倒してしまった。


「伊号さん、危ないっ」


  何とか伊号マヤを守ろうと、腕を回しながらタイル張りの床を転がり――

 その後で、シャワー室の備品が転がって大きな音を立てた。


「いてて、伊号さん大丈夫?」

「平気」

 

 ミライはシャワー室のタイル張りの床に、仰向けで寝転ぶ伊号マヤの小さな頭に腕を回し、上から伸し掛かるような形で顔を付き合わせている。二人の周りを、シャボン玉がいくつも浮かび上がっては弾けていく。そして、静寂を邪魔するシャワーの音がBGMように流れていた。まるで、秘め事を覆い隠すかのように。


 二人は、鼻先が触れ合うほどの近い距離で見つめ合っていた。


 すると――――


「ちょっと、何事です?」


「すごい音がしたけど、大丈夫?」

 

 物音を聞きつけてシャワールームに入ってきた乱入者、訓練を終えて、隣の女子シャワー室でシャワーを浴び終えていたオードリーとヴィヴィアンがやって来た。おそらく髪の毛を乾かしている最中だったのだろう、二人は濡れ髪のままだった。


「あなたたち、いったい何をしてるんですか?」


「あらら? なかなかやるねー、ミライ」

 

 ヴィヴィアンは顔を真っ赤にしてわなわなと震え、オードリーは興味深そうに、二人のくんずほぐれつを眺める。


「………あの、これは、その、誤解で――――」

 

 ミライは震える声でこの状況の説明というか、弁明に努めようとするが、タイル張りの床に押し倒されている伊号マヤ、そして彼女の後頭部に腕を回して押し倒す格好の葦舟ミライ――――シャンプーの白濁とした液が、伊号マヤを艶めかしく覆っている。


 何よりも、ミライが伊号マヤの後頭部に回した右手とは、反対の左手は――――しっかと、そしてちゃっかりと、伊号マヤのタイル張りのような胸に置かれていた。


「これだけのことを仕出かしておいて、どの口が言い訳なんてものをなさるんですか? このスケベ猿………わたくしが、その粗末なものを切断して、今直ぐ去勢を、いえ、この際、わたくしが殲滅して差し上げます」


「これは、まぁ、ドンマイとしか言いようがないね」


 下腹部がひんやりと冷たくなるような悪寒を感じながら――――


「ちょっ、ちょっと、待って、お願いだから、僕の話を聞いて――――」


 そして、葦舟ミライの断末魔が響き渡った。


「――ホント、阿呆ばかり」

 

 悲鳴を上げるミライを見つめ、そう呟いた伊号マヤは――――

 ミライが触れた自分の胸にそっと手をあてた。


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