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「やっぱり、あの二人はすごいんだなー」
オードリーとヴィヴィアンの訓練を見ていたミライは、航空母艦のデッキに腰を下ろしたままぼんやりと呟いた。
カタパルトから飛び出して、見事海に墜落した後、ミライはその後も繰り返し飛行訓練を行い、なんとか空中で静止状態を維持できるようにはなったところで、本日の飛行訓練を終了していた。そして龍驤ナオコにトップチームの訓練を見学するように言われていた。
「いい、ミライ君? まずは、一にも二にも、体よ。〝健全な魂は健全な肉体に宿る〟。まずは、腕立、腹筋、背筋を百回ずつ。それを、五セット。スクワットは、そうね? 千回くらいかしら? オードリーとヴィヴィアンの訓練でも眺めながら、ゆるーくやっておきなさい」
トップチーム〝スターソード〟を乗せた航空母艦に、半ばおこぼれのような形で帯同することになったミライだったが、片や大空を駆けるランキング上位のヒーローに対して、まだ飛行もままならない無能力のルーキー。遥か高いところを躍動的で華麗に駆け抜ける二人と、デッキに腰を下ろしてそれを見上げている自分との圧倒的な差に、ミライは気が沈んでいた。
「はぁ、僕ってこの〝ヴァリス〟に来た意味にあるのかな? こんなんじゃ、ぜんぜん役に立てそうもないや」
取りあえず言われたメニューの半分を消化したところで、体中の筋肉が悲鳴を上げて動けなくなったので、デッキに腰を下ろして潮風を感じていた。
「〝ヴァリス〟に来たら、僕にも何かできるって思っていたのにな――――」
そう言って、ミライは拳を握ってデッキを殴りつけた。かなり力を込めてはみたけれど――――鋼鉄製のデッキは、うんとすんもせず、ピクリともしなかった。痛んだのは自分の握った拳だけだった。
「こんなんで、僕は怪獣と戦えるのかな?」
溜息交じりに呟いた。
「悩んでいるのかい?」
艦橋の陰になったところから――――歌うように綺麗な声が響いた。
ミライは驚いて声をした方を眺めた。
すると、白髪赤眼の少年が微笑を浮かべて立っていた。
「――――驚かせてしまったかな?」
白髪の少年は真っ白なスキン・マトリクスを身に纏っていて、片方の手に日に焼けた文庫本をもっていた。ミライは徐に立ち上がったが、現れた白髪の少年の放つ不思議な空気に呑み込まれて、言葉を紡ぐことができないでいた。
「―――――〝不幸なのは我々だけではないようだ。この世界という広大な劇場では、我々が演じている場面よりももっと悲惨な見世物を見せてくれる〟」
「……………?」
「シェイクスピア、知っているかい?」
「…………?」
戯曲の台詞を引用した白髪の少年は、尋ねてはみたもののあらかじめ答えが返ってこないことを知っていたように言葉を続けた。
「僕は大好きなんだ。人間はとてもおもしろいね。生きているだけで何かを演じているというのに、舞台の上に上がってまで何かを演じたがるんだから」
白髪の少年は手に持っていた文庫本を開いて、その中から台詞を一つ引用して見せた。
「悲劇はいいね。そして、とても美しい。ハルカ・ディスカバリーだ。よろしく」
そう名乗った後、白髪の少年は手を差し出した。
ミライは慌てて手を握った
「僕は――――」
「知っているよ。葦舟ミライ君――――そして、〝リトル・ボーイ〟」
「よろしく。えっと、ディスカバリー君?」
「ハルカでかいいよ、ミライ君」
「うん。よろしく、ハルカ君。でも、僕のことリトル・ボーイって?」
「気にしないでくれ、単なる愛称だよ。ミライ君って、呼んでいいかな?」
「うん」
ミライは、何だかここに来てから変なニックネームばかりつけられるなと思いながらも、不思議な雰囲気を身に纏った少年、ハルカ・ディスカバリーに親しみを覚えていた。
何となく、自分に似た何かを感じていた。
「ミライ君、何か悩んでいたのかい?」
二人でデッキの日陰になった場所に腰を下ろすと、ハルカが尋ねた。
「悩みってわけじゃないけど…………僕にも何か特別な力があったら、みんなの役に立てるになって思っていたんだ」
ミライは何の戸惑いもなく心情を吐露していた。
「特別な力かい?」
「僕、レベル1の〝ユーバー〟って、検査結果が出たんだ。それって、ほとんど無能力と同じようなもので、怪獣と戦うのにぜんぜん役に立たないんだ」
「ミライ君は、戦いたいのかい?」
「戦いたいってわけじゃないないけど、誰かの役に立ちたいっていうか、みんなを守りたいんだ」
「守りたい? どうしてだい?」
「どうしてって?」
ミライはどうしてと尋ねられて押し黙ってしまった。
その理由を、考えたことがなかったからだ。
「君は、この〝ヴァリス〟に来たばかりのはずじゃなかったのかい? とくに親しい友人がいるわけでも、愛すべき恋人がいるわけでもない。戦うべき理由や、君が負うべき使命みたいなものだって無いはずだ――――それなのに、いったい何のために戦うというんだい?」
「それは、そうだけど、でも、何のためにって言われても」
ミライは困惑した。
「ここにいる子供たち、〝ネクサス〟の多くは、幼い頃から〝ネクサス〟として怪獣殲滅のために特別な訓練を繰り返し、そのための調整され、莫大な予算を注ぎ込まれたものが大半だ。国を焼かれ、家族を失い、多くの仲間を目の前で殺されている。そういったものたちと比べても、君が戦うべき理由みたいなものが、僕には見当たらないんきがするんだ」
ハルカ・ディスカバリーは、今にも泣きだしそうな顔で、自分の戦うべき理由のようなものを必死に探しているミライを見て、その苦悩の表情を慈しむような笑みを浮かべてみせた。
「ごめんよ。少し、意地悪だったかな? 君を困らせたいわけじゃないんだ」
ハルカはミライの顔を間近で覗き込み、その赤い瞳に映し込んだ。
ミライは、その赤すぎる瞳に魅了されたように――――ただ黙ったままその瞳を見つめ返していた。
「でも、僕にはよく分からないんだ。人間が、どうしてこうも戦う理由を求めるのかが? どうして戦い続けられるのかかが、僕には分からない。誰もが〝英雄〟を演じようとする。この現実という舞台の上で。悲劇という結末しか待っていないというのに」
どこか楽しげで、それでいてどこか悲そうに告げる少年の赤い瞳が、人間を唆す蛇のように妖しく輝いていた。
「ミライ君、君はたくさん悩むといい。悩み、苦しんでいる人間は美しい。それと、君は一人じゃないさ。君は、美しい〝双子星〟だ」
「双子星?」
「そして、君は特別な子供だよ。誰よりも特別だ。この世界で〝英雄〟になれるほどにね。それじゃあ、楽しかったよ」
そう言って、白髪の少年は立ち上がった。
急に強い潮風が吹きつけ、ミライが一瞬目をつぶったその隙に――――
ハルカ・ディスカバリーは消えていた。
―――――まるで、夢か、幻のように。




