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「あはは――――――――どうやら〝リトル・ボーイ〟は無事に届いたみたいですね?」

 

 ヴァリス本部の司令官室。


 巨大なスクリーンに映る訓練中の生徒たちの様子を、一人の少年が楽しげに眺めていた。白い髪の毛に、赤い瞳。中性的な顔立ちの痩躯な少年だった。その身には、真っ白なスキン・マトリクスを身に纏っていた。


「これで、全ての準備は、舞台は整ったわけですね?」


「ああ」


 長門イソロクが静かに頷く。

 少年は、長門イソロクが真っ直ぐ見つめているものを知り、楽しげに笑ってみせた。


「〝トウキョウ・ジュピター〟長門さんは、うまくいくと思いますか?」


「そうでなければ困る」


「そうでしょうね。でなければ、今日までの〝ヴァリス〟の活動は――――まるで意味がない」


「君のほうこそ――〝調律〟は大丈夫なのかね?」


「ええ、もちろん。僕のほうは問題ありません。そのために、僕は生かされているようなものですから」


 少年が天使のような微笑を浮かべた。

 司令官室のスクリーンには、空を飛びまわる生徒達の姿が幾つも映し出され、それぞれの生徒の詳細なプロフィールや、訓練内容のデータがリアルタイムで送られてきている。

 

 しかし、白髪赤眼の少年の穏やかな視線は、ただ一人――――〝リトル・ボーイ〟と呼んだ少年にのみ向けられていた。


「役者は揃い、舞台は整った。筋書きは――――ずっと昔から決まっている。後は幕を開けるだけだ。音楽は僕に任せてください。素晴らしい管弦楽団(オーケストラ)をご覧入れましょう。あはは」


 どこか人間離れした雰囲気を纏っている白髪の少年。瞳孔の開き切った赤い瞳に、艶めかしい三日月のような唇――――その姿は、どことなく人を唆す蛇のように見えた。


「しかし、人間とはおもしろいなぁ。〝世の中の関節は外れてしまった。ああ、なんと呪われた因果か、それをなおすために生まれついたとは〟――――」

 

 白髪の少年は、振り返り、長門イソロクに向かって歌うようにその言葉を述べた。


「『ウィリアム・シェイクスピア』――――ご存知ですか?」


 長門からの返答はない。少年は仕方なさそうに肩をすくめた。


「しかし、人間は素晴らしい。――――〝この世は、舞台男も女もみな役者だ〟」


 再び、『シェイクスピア』の戯曲を引用して見せた。


「長門さん、あなたも、ここに映っている〝ネクサス〟も、そしてこの僕さえ――――用意されたシナリオを演じる〝役者〟なんですよ? この関節の外れてしまった世界の上を舞台にしたね」

 

 少年の箍の外れた態度には見向きもせず、長門イソロクは拳を硬く握りしめた。

 その視線が向かった先は、壊滅した東京の空を覆う黒い霧だった。


「ああ、そう言えば…………人間は、〝ネクサス〟のことを〝ヒーロー〟と呼ぶんですよね? 〝ヒーロー〟。つまり、〝英雄〟か? あはは、今回の殲滅で、いったい誰が英雄になるのかな? 君かな?」

 

 白髪の少年は、他の生徒に視線を移して楽しげに指を指した。


「それとも、君? でも、僕の読んだ物語には、〝英雄とは、死してその功績を世の人々に認められてこそ、真の英雄たる〟と…………書いてあったような?」

 

 白髪の少年は、そう言ってくすくすと笑ってみせた。


「じゃあ…………やっぱり、君なのかな? ――――――〝リトル・ボーイ〟」


〝ああ、お母さん、お母さん、何ていうことをなさったのですか。ご覧なさい、空に裂け目ができて、神々がこの場面を見下ろして、笑っています。ああ、お母さん、お母さん、あなたはローマにとっては幸せな勝利を勝ち取りました。が、あなたの息子にとっては、よく聞いて下さい、それはすぐに死を意味しないまでも、この上なく危険な勝利なのです〟


 白髪の少年は、再び戯曲の台詞を引用してみせた。

 それは、まるでこれから起こることを予見し、暗示しているようにさえ響き渡った。


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