主人公、RPG3
という訳で第三段です。
吉村たちがたどり着いたのは太陽の位置が真上になった頃だった。
箒から地面へ降り立つと、師匠はうん、と背伸びをした。
「ついたぞ。」
吉村も地面に降り立つと、ズボンと連結していた紐を外す。
そして師匠の後ろからひょいっと覗き込んで、口をポカーンと開けた。
そこは誰もいない、荒れ果てた街だった。
瓦礫ばかりが目立ち、城壁はもはやその意味をなしていなかった。
「え、師匠ついたって」
「まぁ、見てろ」
師匠はにやりと笑うと、崩壊した城壁を乗り越えた。
慌てて師匠の後を追いかける。
師匠は特に驚く風でもなく、カツカツと音を立てて街の奥に進む。
吉村は辺りに人がいないか見回した。
やはり誰もいない。家の中にいるのかと思ったが、割れたガラスの中からも、半分とれたドアからも視線を感じない。
こんな所が街って、何?
吉村は不信がりながらついていく。
師匠がある場所で立ち止まった。
そこは青いやねが特徴の教会だった。
しかし、屋根についている十字架はかけており、窓も割れて役目を果たしていない。
師匠はその半壊しかけの教会の扉を開けた。
中は雑然としていた。
ベンチは転がっており、十字架もななめにかかっていた。
師匠はその中に入った。吉村は茫然としてその様子を見ていた。
「何してんだ、早く入れ」
「あの、師匠。街に行くんじゃ…」
「これからそうなる。」
師匠の発言に首を傾げながら吉村も教会に入る。
バタンと、扉を閉めると師匠は剣を取り出した。
吉村は肝が冷えるのを感じた。
ほいほいこの男についてきたが、もしかしたら…。
しかし、その考えは間違いだったことを知る。
師匠は剣を片手に持つと扉の隙間に差し込んだ。
そして一気にそれを下に振り下ろす。
ポカンと見つめる吉村をよそに、師匠は何事もなかったかのように剣をしまった。
そして扉を押しながら吉村ににやっと笑いかけた。
「ようこそ!魔法の国ストンボーンへ!」
扉を開けるとそこには、
「うわあ!」
立派な街が健在していた。
がやがやと人は賑わい、店が道沿いにずっと続いていた。
二人は教会の扉から出た。
急いで吉村は振り向くと、あの古ぼけた教会ではなく、しっかりとした綺麗な教会が佇んでいた。
教会のすぐ近くの店の前に樽が大量に置いてあった。
窓のサッシにはキラキラと酒の入った瓶がきらめいている。
店の看板が樽の上につってある。
≪酒屋 卵酒もあります≫
「一杯ひっかけたいけど、今は我慢だな」と師匠が言った。
ああ、私の目があと4つくらいあればいいのに。
吉村は思った。
それほどまでに魔法の街にはいろんな道具があふれかえっていた。
先ほどすれ違った少女たちが、喋っていた。
「さっきのブーツ見た?」
「見た見た、最新のペルーの翼がついた奴でしょ」
鎧の前に剣が交差する店がある。
中を少し覗くと、大量の屈強な男たちでにぎわっていた。
看板を見ると≪武器屋≫と書いてあった。
他にもマントの店、宿屋、吉村にはどう使えばいいのかわからない道具を売っている店もある。
蝙蝠の目玉や蜘蛛の足が入った樽を山のように積み上げたウィンドウ。
今にも崩れてきそうな古本の山。
「あったあった、道具屋だ」
師匠の声に振り向くと道具屋と金のメッキで書かれた看板が釣り下がっていた。
しかし、そのメッキも剥がれかかっている。
中に入ると、ドアに括り付けられていたクルミの殻が乾いた音をたてた。
店内の真ん中にカウンターが置かれており、その向こうには棚があった。
細かく分けられた瓶の中には何かの粉末や、乾燥させた根っこのようなものなどが入っていた。
天井からは羽やまがった爪、牙などが糸に通して吊るしてある。
「おい、親父」
師匠が誰もいないカウンターに声をかける。
慌てて吉村もカウンターに視線を戻す。
カウンターの下からひょっこり顔を覗かしたのは、顔に白いひげを蓄えた老人だった。
「おやまぁ、これまた久しぶりだねえ」
丸い眼鏡を押し上げながら老人がつぶやいた。
師匠がさっそく鞄の中から色々なものを取り出した。
木の実に牙が数本、何かの鱗のようなものがびっちり入った瓶に金色の球のようなもの。
老人はそれをしげしげと手に取って鑑定し始めた。
しばらく物を置く音、衣擦れの音だけが響く。
そしてうん、と満足そうに老人はうなずいた。
「しめて6562チェリーだねえ」
ジャラっと金色の効果を袋に入れると、師匠にそれを手渡した。
師匠は中身を確認して満足そうに頷くと、何やら老人と二言三言会話を交わす。
吉村はそれをじっと見ていた。
ふと、老人が吉村を見た。
ぎくっと吉村は体を強張らす。
「あれまぁ、いつからこんなお嬢さんを連れて歩くようになったんだい?狩りの旦那」
老人が素っ頓狂な声を出した。
師匠がちらりと吉村を見て「いいだろう、昨日できたばかりの弟子さ」とにやりと笑った。
そして吉村と一緒に外に出た。
「さて、金もできたし服でも見るか」
「あ、買ってくれるんだ」
吉村のその声に「お前金ねえだろ」と師匠が言った。
「その代わりこっちが選ぶからな」
「スカート+ズボンじゃなきゃOK」
吉村がちらりと自分のスカートの下に穿いているズボンを見た。
吉村はこちらの世界で初めて自分の服を手に入れた。
簡単なTシャツと短パンというシンプルな代物だった。
ぐっと太いベルトで絞めれば一応それらしく見える。
ブーツは師匠と同じような作りになっており、かかと部分がくぼんでいる。
「うん、俺の見立てもなかなかだ」
うんうんと大きく首を縦に振りながら師匠が言った。
何で短パンなの?と吉村が尋ねると、
「男なら!女子の太もも見たいじゃない!」
と堂々と言い放った。
鳩尾を殴られた。
「…い、良いパンチだ…」
殴られた鳩尾を押さえながら師匠が言った。
薬草を取るなどの作業用に買った手袋が初めて役に立ち、吉村は少しご満悦という表情を浮かべた。
しばらく師匠は鳩尾の痛さと戦った後、ようやく地面から起き上がった。
「よし、じゃあ箒とか取りに行くか」
「買うんじゃないの?」
吉村は驚いた。
てっきりこの街でそろえると思っていたからだ。
吉村のその言葉に師匠が「バカ野郎」と言った。
「そんなことしたら、あっという間に路銀なくなっちまうだろうが」
「じゃあ、誰からもらうの?」
吉村が尋ねると師匠があっさりこう言い放った。
「え、俺の家だけど?」
「はぁ!?」
吉村が驚いて声を上げた。
そして目を真ん丸に見開いて叫ぶように言った。
「師匠、家あったの!?」
「俺をなんだと思ってたんだお前は」
「家なし放浪人」
その言葉に師匠が「…俺の認識って…」と地面にしゃがみ込み落ち込んだ。
「ここ、俺んち」
大分街から離れた場所で師匠が立ち止まった。
師匠が指す方向にはこじんまりとした平屋建ての家が一件、建っていた。
吉村はその家をじろじろと不躾に眺めた。
「なんていうか、こう、メルヘン」
本音を言うならば?という師匠の合いの手に「師匠には似合わない」という言葉を返した。
中に入ると予想以上に綺麗だった。
予想していたような綿ぼこりは一切ない。
「ただいま、我が家!」
師匠は自分の持っていた荷物をそこらへんの床に放り出すと、手近にあったソファーにダイブした。
うーん、至福の時とだらしなく足をソファーの上に投げ出しながら師匠が言う。
すっかりだらけきっている師匠に吉村がきいた。
「私、どうすればいいの?」
師匠はめんどくさそうに家にある柱の一本を指さした。
吉村がそちらに目を向けると、箒が一本吊り下がっていた。
「とりあえず箒で飛ぶ練習な」
飛ぶって、どういう風に?と吉村が尋ねると、
「なんか、こう…ぎゅわーとなって、ぶわーっと…」
そこまで言って師匠は何かを考えるそぶりをした後、「もう、俺知らん」とごろっと吉村に背を向けた。
なんて使えない師匠なんだ。
吉村は、心の中で毒づいた。
とりあえず外に出たものは良いものの、どうしたらいいのか吉村にはさっぱり分からなかった。
自分の持っている知識をフル活用して、地面に箒を置いてみた。
そして右手を突き出し、「あがれ」と言ってみる。
何の変化もない。
じゃあこれならどうだ、と箒にまたがってジャンプしてみた。
そのまま普通に足が地面に着くだけだった。
「どうしろっていうのよ」
吉村は拗ねたように言った。
と、そこで師匠が立って乗っていたことを思い出した。
試しにかかと部分の窪みに箒の柄を入れてみた。
カチッという音と共に、ぴったりはまった。
吉村はそのまま上へ伸びあがるように体を意識する。
すると、
「!浮いた!」
吉村がそう叫んだ瞬間、
ばーん!
すごい音に師匠が飛び起きた。
飛び起きた拍子に頭に乗っていた読みかけの本が床に転げ落ちた。
何事かと急いで窓を開けて外を確認する。
外には誰もいない。
吉村の姿もない。
「何だぁ?」
師匠が不思議そうに寝癖のついた頭をぽりぽり掻いた。
その時、庭の木から大量の葉っぱが落ちた。
見上げてみると、そこには。
「…何木登りしてんだ、ヨシムラ」
「…とりあえず浮けたけど、木に激突した。」
木の枝から宙ぶらりんにぶら下がる、木の葉まみれの弟子の姿があった。
前途多難だ。
師匠が大きくため息を吐いた。
to be continue?