Do you kill me?
「お兄ちゃんは、私を殺すの?」
銀髪のくせにかなりの魔力を持つ少女はこちらを見て、首をかしげていた。
目の前で人を殺され、血濡れの剣を突きつけられても、その澄んだ橙色の瞳は恐怖の色を浮かべなかった。
ただ、不思議そうにこちらを眺めるだけ。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんってば。」
恐怖で逃げ惑うことをせず、あろうことかこちらに手を伸ばした少女の手を取ったのはなぜだろう。
「……?」
少女はますます首を傾げる。
「!そっかぁ、お兄ちゃん、寂しかったのね!!
だいじょーぶよ、これからはリヴラが傍にいてあげるから!!」
その言葉を聞いて、俺の目から一筋涙が零れた。
(あぁ、俺は悲しかったのか。)
ようやくそれに気付く。
その昔、生贄として殺され、鬼として復讐を始めた男は、一人の少女に救われた。
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「紅蓮ー、ぐーれーんーっ!!」
私は、城内を駆け回り、紅蓮を探す。
「おや、リヴラちゃん。紅蓮様、またどっかに隠れてんのかい?」
「ええ、お仕事やめさせようと執務室へ行ったらおりませんでしたの。
まったくもうっ。魔王様に相談してどうにかしてもらおうかしら。」
通りすがりの官吏に尋ねられ、立ち止まって答える。
「ははっ、そりゃあいい案だ。なんせ、紅蓮様が多忙なのは魔王様のせいだからな。」
「だからといって、それをすべてこなそうとする紅蓮様も悪いのよ?」
「早いとこ見つけてやんないと、紅蓮様倒れるかもなー。」
「あ、大変!!それではごきげんよう。」
一礼して、私はまた走り出す。
あの日、紅蓮に拾われてから始まった日常は穏やかで、ただ、愛おしい日々で。
あの村で、さげすまれ、傷つけられた日々とはかけ離れている。
幸せな日々だ。
「もう、どこに行ったのかしら……。」
いつも紅蓮が隠れている場所はもう探した。
「みぎゃっ!?」
考え込んでいると後ろから抱き着かれた。
涼しげなヒリアの華の匂いがする。
「紅蓮?」
首だけひねって後ろを向くと、思った通り黒髪が見えた。
「……疲れた。」
紅蓮が弱音を吐くとは珍しい。
どれほど大変だったのだろうか。
想像を絶するほどだったのだろう。私が遠い目になりそうになる。
「お疲れ様。でも、引き受けちゃう紅蓮も悪いのよ?」
「…まぁ、魔王を押し付けたしな。」
ぎゅーっと私を抱きしめる力を強くするこの人を異性として意識するようになったのは少し前のこと。
最初は、不思議な人。
誰よりも恐ろしげな格好をしていたのに、誰よりも寂しそうだった人に、私は知らずに恋に落ちた。
私の胸を高鳴らせた不思議な人。
それが第一印象。
一緒にいるうちに、ちょっと拗ねたような顔がかわいくて、
仕事をしている顔がかっこよくて、
寝ている時の無防備な顔にキュンとして。
ようやくこの前、気持ちに気付いた。
普通一番魔力を持つものが魔王になる魔界で、今代の王は少し変わっている。
愛する人を手に入れるために、魔王になりたくて、でも紅蓮に敵わなくて、魔王になりたくなかった紅蓮の心を見抜き、交渉をし、成功した人。
そして、今は愛妻家としてかなり有名。
紅蓮は、二番目に魔力が強いとして宰相に納まっている。
魔王を押し付けた罪悪感からか、魔王からの仕事はほとんど断らない。
「……紅蓮、おかえりなさい。」
そう、言えることがどれほど嬉しいかをきっと彼は知らない。
「ただいま。」
にっこり微笑んで、それにこたえる彼を見るのがどれほど好きか、きっと彼は知らない。
この先、きっと私は何度も壁に当たるだろう。
それでも、このほほえみを見るためなら、あきらめることをしない。
(お慕いしております、紅蓮・アリディエル様。)
決して告げようとは思わない恋心。
この、穏やかな日々が続けばいいと思う。
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-はたから見た二人-
「あーあ、紅蓮様ってばあんな甘い顔しちゃってさ。
さっきのおっそろしい絶対零度の顔とは180度どころか一周廻って360度ちがうだろ。」
「なんで気づかないんだろうな、お互い。」
「ほんとほんと。あんなにわかりやすいのに。どっちも。」
「そりゃーあれだろ、あれ。どっちも超がつくほど怖がりなんだよ。」
「あー、紅蓮様が怖がりとか爆笑なんですけど。」
「人並みの感情あったんですね、あの人。鬼ですけど。」
「まぁ、何はともあれ、あれを見てるのは楽しいからな。
絶対言うんじゃねぇぞ?」
「「「もちろん!」」」
紅蓮の補佐官の言葉に同じく紅蓮の部下たちは声をそろえて頷く。
彼女いない歴=年齢である紅蓮の部下たちは、今日も上司に爆発しやがれと願っている。
リヴラは、銀髪緑眼で、紅蓮は漆黒の髪と紅い瞳です。
世界観としては、髪の色が黒に近いほど魔力が強く、銀髪に近いほど魔力が弱いと言われており、魔王は漆黒であるといわれています。
リヴラは例外で、魔力なしの証である銀髪なのになぜか膨大な魔力を持っています。