未来予知の先へ
僕が死んだ後の話をしよう。
彼女の死は事故、僕の死は自殺として処理された。ちなみに僕の死は不可解な点が多いということで、危うく事件にされかけた。
学校はいじめの事実を認めなかったが、管理上の責任を問われた。
僕達の死はただの悲劇として扱われ、2日続いて生徒が死んだ事で、学校は少し早めの冬休みとなったらしい。
あのおばあさんは事故後すぐに身元が判明したらしく、僕より葬式は先だった。
おばあさんの葬式には、たくさんの人が来ていた。
寂しいと言っていたが、まだまだ多くの人に愛されていたようだ。
僕もそっと焼香させてもらった。
僕の死を知って母は自分を責めた。父が慰めても母は泣き続けていた。母には悪いことをしたな。
父はしっかりしたもので、少し狼狽えただけですぐに色々な処理を始めた。
葬式の手配や親類への報告は全て父が取り行った。通夜、葬式と終わった頃には父の顔には大きな隈ができていた。
彼女に会う事は出来た。
彼女は僕に事の顛末を教えてくれた。
いじめられていた事、家庭内不和。
ぽつり、ぽつりと語られていくそれらは僕の全く知らない事だった。
どうして気づけなかったのか。
彼女を救えたかもしれないのに。
後悔する僕に彼女は言った。
「自分を責めないで。だって私は……ほら」
僕は彼女の細い腕に抱きしめられていた。
そして彼女は僕の耳元で呟いた。
「あなたの傍にいられるもの」
ふわりといい香りがした。
辺りに咲く紅蓮の花の物では無く、彼女の香り。
頬に当たる彼女の黒髪がくすぐったい。
そのまま彼女は僕だけに聞こえるように、小さな声で続けた。
「私ね。あなたが死んじゃえば良いのにって思ったの。あなたと離れるのが恐くってさ。おかしいかな?」
彼女が服の裾を掴んだのが分かった。
彼女にとって、そんな告白をするのは物凄い恐怖だっただろう。
だからこそ、僕は誠実でなければならない。
僕は何も言わず彼女にキスをした。
触れるだけのキス、それも頬にであったが、彼女は驚いたようだった。
少しづつ朱に染まっていく彼女の頬を見ていると、僕まで恥ずかしくなってしまった。
でもこれだけは伝えたいと思ったから、僕も彼女がしたように呟いた。
「僕は君の事が好きだよ。だからさ、ずっと一緒にいたい」
僕の告白に彼女はこくりと頷いた。
やっぱり髪がくすぐったい。
「ねぇ、もう少しこのままでもいい?」
でも不思議と安心感があるのだ。
彼女の囁きに、もちろん僕は頷いた。
突然彼女が声をあげた。
何事かと困惑した僕もすぐに気づいた。
空からゆっくり落ちてくる白いもの。
「雪だね」
雪だ。彼女の耳に落ちてふわりと溶けていく。
「うん。雪だ」
初雪。積もるだろうか。
風景が白んでいく。
「傘、忘れちゃったよ」
彼女の声は心なしか物憂げだった。
肩から重みが消えた。
彼女は僕の瞳を覗く。
「濡れちゃうな」
「うん」
彼女は短く答えた。
「寒くないか」
「うん」
白い吐息が混ざり合う。
死んでいるのに不思議な事ばかりだな。
雪には濡れるし、匂いも感じるし、寒さも感じる。
それに、彼女に抱く思いも色褪せていない。
だから彼女は幸せであってほしい。
らしくない台詞かもしれないけど、僕もたまには男っぽく、強くてもいいだろう。
「じゃあさ、僕が君の傘になるよ」
彼女の唇が震えている。
彼女は僕の服を強く引っ張って、小さく――注意して見なければ分からないほどそれは微妙な仕草だった――頷いた。
「うん」
少し俯き加減の彼女はしばらくすると、目元を拭って僕の腕を引いた。
突然の事でバランスを崩した僕を見て、彼女は快活に笑った。
少しムッとして抗議した僕の腕を、一層強く握りながら彼女は言った。
「じゃあ私は、あなたを支えなきゃだね」
「どういう意味だよ?」
僕の問いには答えず、彼女は歩き出した。
僕は慌ててついていって彼女の隣に並ぶ。
どちらからとも無く手が繋がった。
指を絡め合わせて強く、離れないように。
街の明かりの為か、やけに雪は明るい。
どこからか鐘の音が響いて来た。
一度では無く、定期的に何度も、何度も。
そうか、今日は大晦日。
一年が終わり、新たな年が始まる特別な日。
ふと、彼女が語り始めた。
「除夜の鐘。百八の煩悩を祓うための儀式だね。三十六の煩悩を前世、現世、来世に分配して百八回」
「やけに詳しいんだね」
茶化したつもりだったが、彼女はそのまま続けた。
「もう死んじゃってる私達にもさ、百八回である必要ってあるのかな」
本当に彼女は変わってるな。
だからこそ、それを理解したいと思うわけだが。
僕は少し考えてから、口を開いた。
どうやら今夜の僕は少し、くさい台詞を思いついてしまうみたいだ。
「それでも二人で百八回じゃ足りないってことだよ。百八から三十六を引いて一人、七十二回は無いとさ」
「え? 別に二人で百八回って訳じゃ無いよ」
彼女はあからさまな疑問の表情を浮かべた。
「今、ここにいるのはさ。僕と君だけだよ」
雪は未だ降り止まず、視界を白に染めている。まるで、僕達が世界から切り取られたかのようだ。
「だからさ、お互いに助け合わなくちゃな。鐘だけじゃ足りないから」
彼女の目が僕を見据える。
じっと見つめ返すと彼女は顔を背けてしまった。
「巧いこと言ったつもり?」
ぶっきらぼうに呟く彼女の頬がピンク色を帯びていた。多分寒いだけが理由では無い。
静けさの中、鐘の音だけが聞こえる。
少し気恥ずかしくて、ぼそりと呟いた言葉は鐘の音に掻き消された。
何を言ったのかと、しつこく尋ねてくる彼女に今度は僕の頬が染まる番だった。
『これからもよろしくな』