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未来予知の裏話

 私はいじめられていた。

 言動にしても行動にしても人と違う。

 そういうのは社会の中では迫害されるものだ。

 私の場合も例外では無く、クラスのリーダー格の女子に目を付けられたのだった。

 無視から始まったそれはエスカレートしていった。

 机への落書きは恒常化し、私の持ち物がゴミ箱から見つかる事もしばしばあった。

 馬鹿の一つ覚えの如く同じ事が繰り返された。

 実に古典的で、ありふれたいじめだったが、私の心は徐々に壊れ始めていたのだ。

 私にとって学校は辛い空間だった。


 家に帰っても辛い現実は変わらない。

 酔っ払いの父は平気で私に暴力を振るい、母はたまにしか家に帰ってこなかった。

 母がいる時は暴力の矛先は母に向かったが、隅で震えることしか出来なかった。

 それでも経済力のない私はそんな家に帰るしか無かった。

 こんな家庭事情のせいで学校を休む事も出来なかった。

 父に逆らえば何をされるか分からなかった。




 そんな中で私は傘をさすようになった。雨から私を守ってくれるように、苦しみからも守ってくれる。傘はそんな象徴だった。




 私の唯一の居場所は彼になった。

 彼に会うことこそが私を癒し、彼との会話は私にとって無くてはならない物になった。

 彼は優しかった。

 彼は誠実だった。

 そして何より、彼は私を理解しようとしてくれた。

 いつしか私は彼に友人としてではない感情を抱くようになっていた。




 話を戻そう。

 私はいじめに対して屈しなかった。

 たとえ何をされようと私はそれまでと同じように振る舞った。

 そうする事で辛うじて自分を守っていた。

 守れると思っていた。

 私が耐えさえすればいいのだから。

 そうすれば私は私でいられるから。



 人の心は弱い。あまりにも弱い。私は長きに渡る痛みでとっくにボロボロだった。

 私の心は、とても繊細なバランスで成り立っていた。

 バランスが崩れるのは簡単だった。

 たった一度、たった一度彼が用事で私と会うのを拒んだだけ。

 それだけで私は折れてしまった。

 彼が来れなかったのは純粋に、本当に外せない用があったからだろう。

 それについては信用出来る。


 でも、それでも彼との時間――私の居場所――が一時的にでも遠くなるという事は、私にとって絶望そのものだった。

 翌日、私は傘をささずに学校に向かった。



 激しい雨で傘を持つ私の手はもう限界だったのだ。傘は苦しみから私を守ってくれるけど、その傘を持つのは私だった。



 私は楽な方に流れた。

 いじめが軽くなるのではないかと信じて。

 勿論、何も変わらなかった。

 クラスメイト達にとって、私の変化なんてどうでもよかったのだ。

 私をいじめられさえすれば、私をいじめて楽しめさえすればいいのだろう。


 だから私が普通になる意味は無くなった。

 だけど、もう元に戻す物が無いのだ。

 私はそれから二度と晴れた日に傘をささなかった。




 彼は私がいじめられていることを知らない。

 知られてしまったら惨めすぎる。

 彼とは学年が違うため学校内で会う可能性は低い。

 一応、髪型を変えたりしてはいたけど、もしかしてということもあった。

 だから私は常に恐怖していた。

 いじめられていることが彼にばれるんじゃないかと。



 そんな日々は辛く、苦しかった。

 もう死んでしまおうか。

 そう思った事もあった。

 包丁を握りしめたり、沢山の睡眠薬を用意したり、天井に取り付けたロープの強度を確認したりもした。


 でも、その度に彼の顔が脳裏をよぎった。

 彼の存在が私にとってのストッパーだったのだ。

 彼がいなかったら私はその時に命を絶っていただろう。

 逆に彼さえいなければ私があんなに苦しむ事は無かったのかもしれない。




 ああ、でもそんな事はもう関係無いんだ。

 彼には悪いけど、私はもう死んでしまったのだから。

 私の葬式は実に簡素なものだった。

 お通夜さえ無かったと言えば理解してもらえるだろう。

 血やら何やらで見るも無残な姿に成り果てた私の体はすぐに焼却された。

 死に姿くらい美しくと思った私はおかしいだろうか。私は死化粧もできるのに、役に立たないのだ。

 でも、悲劇の主人公を演じているようで、それもありかなとも思った。




 再び話を戻そう。

 先に言ったように私は何度か命を絶とうとしていた。

 その時もふと、死のうと思ったのだ。

 彼はその日現れなかったのだ。

 誰もいない場所にいたい。

 そんな思いから私は屋上にいた。

 元々何もない場所なので人はいない。

 ふらふらと屋上のふちへと向かった。

 私の見つけた死に場所は真っ赤な花咲く花壇。

 無機質なコンクリートの上で死ぬのはごめんだった。


 爪先を縁にかけて一呼吸、決心を固める。

 いつもは、この段階で彼の事が浮かび、死を選べなかった。

 この時でさえも結局、私は足を踏み出せなかったのだけれど。


 戻ろう。

 そう思い振り返った刹那、風が私の体を押した。

 空を仰ぎながらただ落ちて、そして真紅の花弁が舞った。

 私はこうして死んだのだ。


 宗教だなんてまるっきり信じていなかったのだが、体が灰になっても私の魂はこうして留まっていた。

 成仏できなかったのだろうか。

 死んでしばらくは魂がこの世に残ると聞いた事もあるから、そっちかもしれない。

 私は考えた。

 考える意味さえないのかもしれないけど、彼の事はちゃんとしておくべきだろう。



 考えたのは彼の今後の事。

 彼は私の死を嘆くに違いない。

 それはとっても嬉しくて、そして切ない。

 彼には前を向いて欲しい。

 私の分も前を向いて。

 未来を彼に託したい。



 同時にこうも考えた。

 私はもう彼に触れることができない。

 彼もいつか私の声を思い出せなくなるだろう。

 私の顔も、私の好みも、二人で過ごした日々のことも。

 だったら、だとしたらそれは寂しい。

 耐えきれないくらいに辛い事だ。

 いっそ、彼が全てを覚えているうちに。

 やっぱり死んでしまえばいいのになと。



 思えば、これが全ての始まりだったのだ。

 彼の命は再燃する。

 唐突に彼は死に始めた。

 何度も、何度も。

 その死も無かった事になり、再び死ぬ。

 何が起きているのか理解出来なかった。

 彼も、私も。




 そして彼は屋上にやって来た。

 服を血に滲ませて、何度もバランスを崩しながら、彼はやって来た。

 何をするつもりだろう?

 怪訝に思う私が見たのは屋上から落下していく彼の姿だった。


 そして初めて私は理解した。

 彼の選択を。

 彼の思いを。

 彼の痛みを。

 そして疑いようのない彼の愛情を。

 悲しい、苦しい、愛しい、嬉しい……幾つもの感情がごちゃまぜになってもうわけがわからない。



 これが私達の終わり方なのかな。

 決してハッピーエンドとは言えないだろうけど。

 私はこれはこれで満足かな。

 彼の亡骸はちょうど私がいた場所の隣に眠っている。

 赤い花咲く花壇で。




――私たちの物語は終わる――

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