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 語辺 知夏は、僕、高天原 姓の、目立たないクラスメイトである。

 感情を露わにしないのは勿論のこと、会話に返答しないわけではなく、あえて最低限の会話を交わすことで、語辺自身に注意が向かないよう巧妙にくぐり抜けるのである。

 ちなみにこれは、僕が彼女を注意して観察したからわかったことであり、注意を向ける前は僕自身も彼女の顔と名前が一致していなかった。

 しかし、ただ単に彼女には存在感が無いわけではない。

 彼女の"無"は、儚さや脆さとは全くもって異なる類のものだ。

 彼女には"色彩"が無いのだ。

 人は誰しも喜怒哀楽の感情を、その雰囲気に纏うが、語辺にはそれが無い。

 故の薄弱さ、故の色の無さ。

 救い、とするところの、成功例の失敗談――この物語、僕が語辺 知夏に意識を向けるところから始めよう。





     卍


「まがたまー」

「高天原だ」

「たからー」

「高天原」

「たかー」

 名は重要な意味を持つ。僕の祖母の言葉だ。

 甲虫の名を持つ特撮ヒーロー風に言うと、「おばあちゃんは言っていた」……あれ、「おばあちゃんが」……かな?

 どちらにせよ、今は亡き我が祖母は、名、字、言葉の大切さを死ぬほど僕に説いて聞かせた。

 だからといって、僕が高天原姓→たかまがはらかばね→超略して"たか"と呼ばれることは防ぎようが無い。

「おばあちゃんが(もしくは"は")言っていた」字をキレイに書く、ということも、僕は苦手だ。

 話を元に戻そう。

祖母によって潜在意識に埋め込まれた固定観念「名前は大事」に忠実に従って、僕は自分のクラスの名簿を全員分覚えていた。

 だからその日、語辺 知夏が学校を休んだその日、語辺 知夏の名前すらも呼ばれなかったその日、僕は彼女に本当の意味で気が付いた。

 担任が語辺 知夏の名を読み上げなかった時、僕は小さな違和感を感じて担任にそのことを告げた。

 担任は名簿を確認し、すぐに彼女の名を呼び直した。

 しかし返事は返ってこなかった。

 欠席。その日、語辺は欠席していた。

 それ自体おかしなことではないし、実際クラスの誰もが気にすることなく、一時限目の授業に散っていった。

 だが絶対的におかしなことが起こっていたのにも関わらず、誰も気付いてはいなかった。僕しか気付いていなかったのが、異常。

 教室窓際の一番後ろ端、語辺の席が在るはずの場所――ホームルーム前、そこには何も無かったのである。




     卍


「語辺さん?目立たないけどいい子だよ」

 遥神(はるかみ) 夏和歌(かわか)、副ルーム長の座を楽々と乗りこなす、学年の人気者だ。

 割とアホで快活で、敵ができにくいタイプの生き方をしている。

「夏和歌は語辺さんとは友人?」

「んー……知らなぁい。話したことは何回かあるよ?向こうが友人だと思ってくれてるかまではわかんない」

「さすが人気者…。学年全員と話しただけあるな」

「だろ☆」

「はいはい」

 遥神 夏和歌、誉められると調子に乗るのが玉に瑕。

 瑕って難しい字だなぁ…書けないや。

「ありがとう夏和歌」

「んーにゃ、いいけど姓きゅんが人に興味を持つなんて珍しいね」

「人に、ってどういうことだ」

「姓きゅんはぬいぐるみにしか愛情を向けられないタイプでしょ?」

「そんな悲しすぎる人間じゃねぇ!!」

「あぁ、抱き枕の方か」

「それはただの変態だ!」

「この世には二種類の人間がいる。その愛情をぬいぐるみに向ける人間と、抱き枕に向ける人間」

「人に向けろよっ!」

「ちなみに遥神さんは日本人形に……」

「怖いわ!」

「三択目が出たのを先にツッコミなさい」

「ツッコミ指南を頼んだ覚えは……」

「やかましわボケ♪」

「ボケてねぇ!」

 放課後の教室は、かくも精神力がすり減る。

 夏和歌はカラカラと軽快に笑うと、カバンを掴んで立ち上がった。

「あ、部活か」

「うん。にしし♪」

これでも夏和歌は剣道部なのだ。……これでも。

「いってら」

「じゃね、また明日ぁ〜」

 スキップで教室を出る――直前、振り向いた夏和歌は、

「あんまり首ツッコミ過ぎちゃダメだよ?語辺さん、ちょっと危うい感じがするし」

 危うい……?あの薄弱さがか?

「ま、姓くんなら大丈夫だと思うけどねぇ♪」

 言い返そうと彼女の方を見るが、既に夏和歌の姿は消えていた。

 当然、と答えるつもりだった。

 人の踏み込んで欲しくない領域まで踏み込むことを、何よりもよしとしない僕のポリシーに従って、今以上の関わりは持つまいと考えていた。

 その変化に、既に踏み込んでしまっているとも知らずに。






     卍


 一日挟んで翌々日、語辺は登校してきた。相変わらずの無色感と薄弱さを携えて。

 言っておくが、僕はB型だ。

B型に幽霊は見ない見えない関係ない……と言われるほど無縁な存在だが、要するに僕には霊感がこれっぽっちもない。

 だから当然、彼女の机と椅子が一式丸ごと消失していた一昨日の朝のことも、見間違いか何かだと処理していた。

 それで、ここに来ての"これ"である。

 僕は、その無理矢理理論化した結論づけを覆せざるを得なかった。

 ある男子生徒、ここではAとしよう。

 朝の時間、一部の生徒しかまだ登校していない早い時間のことだ。

 窓側近くの席のAが、ペットボトルを投げた。

 何のことはない、ゴミ箱に狙いを定めて投げる、誰しも一度はやったことのあるであろう(?)行動。

 手元が狂ったのだろう。

 ペットボトルは回転しつつ大幅に軌道を逸れて、自分の席へと向かう語辺の横顔へと一直線に飛び、まさに直撃する5cmほど手前で――跳ね返った。

 傍観者である僕以上に息を呑んだであろう、ペットボトルを投げた張本人Aは、語辺に

「ごめん、当たんなくて良かった」

と軽い謝罪の言葉を述べつつ、拾い上げたペットボトルを今度は正確にゴミ箱へとシュートした。

 語辺も軽い会釈をしてから、自分の席へと向かっていった。

 明らかな異常。

まず、確実に当たるコースだったにもかかわらず、ペットボトルは語辺の目の前で、まるで何かに守られるかのように跳ね返ったこと。

 そして、その出来事をAが当然のことだと受け止めたこと。

 投げたAからは、語辺から跳ね返ったのが明らかに見えたはずだ。ならば、たった今起きた超常現象を、Aはさも当然の如く論理化したことになる。

論理化できてしまったことになる。

 納得がいくはずのない超常現象を前に、Aは何の躊躇いもなくそれを受け入れ、異常だと感じなかったのだ。

 そして最後に……当の本人、語辺 知夏自身も、それを論理化していたということ。

 今、この瞬間、この空間は、この世の秩序から大幅にはみ出していたようだ。



     卍


 Aの本名を明かそう。

 ズバリ、赤阪 英。

 学年トップクラスの低知能を持つ男赤阪は、アホのAくんと呼ばれる正真正銘の馬鹿である。

 ちゃんとした常識人ではあるが、勉強はできない。

「赤阪…さっきペットボトル投げたよな?」

「ん?ああ、語辺さんに当たんなくて良かったよ」

「……そうか」

 やはり……。

 赤阪は勉強ができないだけの普通の常識人だ。

 こんなことを冗談で言う人間ではない。

「語辺さん、避けなかったのによく当たらなかったとおもわないか?」

「え……直前で跳ね返ったの、見えなかったのか?いやぁ、当たんなくて良かったよ。女の子の顔に傷でもつけたら最低だもんな」

 論理化……されている。

超常現象を超常現象と捉えていない。

 物理的法則が彼の思考の中で歪んでしまっている。

 困惑した表情の僕を余所に、友人たちと会談を始めるA。

 何が起きている…?

 立ち眩みでふらつく僕の手が――おもむろに掴まれた。

「え……語辺さん!?」

 語辺は何も言わずに僕の手を引いて教室を出た。

 冷静さを欠いていた僕は、普通なら少なからず上がるはずの冷やかしの声が一つも上がらなかったことには気が付かなかった。

 かわりに、さっきの非現実的じみた光景ばかりが頭の中を飛び回っていた。






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