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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
唯一無二のヒーローを目指す鼠
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彼と私をしばる呪い  後編

長いので、前後編に分けております。



彼と言い争って以降、数か月顔を合わせていない。

本当は、彼が大きな魔術を使うたびに魔術払いをする必要がある。彼はどうやら魔術の影響を受けやすいらしく、周りからの大きすぎる期待もすべて、自らの呪いにしてしまうらしい。そんな呪いは、ずっと彼を狙い続けている悪い妖精には、絶好の機会を与えるらしい。彼の魔術払いを行うたびに、私の体に悪い妖精から刻まれた痣がひどく痛む。




私が過去におこなった賭けは、私か彼が死ぬまでに、魔術払いをおこなって私にかけられた悪い妖精の呪いを解くというものだった。悪い妖精は相当人間に対する恨みが深かったらしく、彼の大きな魔術を自らのものにしようと企んだ。きっと彼の体を乗っ取ったら、さまざまな国を滅ぼそうとしているのだろう。


師匠にすら解けない呪いに、一度は死を覚悟した私だけど、妖精にも人を乗っ取るなんてことは簡単ではないらしい。幸い、約束が破られることはなかった。けれどそれは逆に、私たちもルール違反をできないということだ。師匠に教えを乞うことはできても、呪いを解く方法は分からないといわれた。


彼以外の魔術払いをおこなうことで、少しずつ自分の技術を高めているけれど、最近は彼を前にするだけで眩暈や震えが激しい。時には内臓をやられるのか、血を吐くこともあった。早くしないとと焦る気持ちは、彼が魔術を使わないことをどこかで喜んでもいた。




結局のところ、いろいろ考えては見たものの、私はこの結果に満足しているのだろう。


何度となく、直接触れ合えないことを嘆く家族や恋人同士を見るたび、心のどこかで、そばに居られるだけマシでしょう?と、思っていた。

私はあなた達の大切な人を守るために、汗まみれになって、時には忌避されながら血を吐いている。それなのに、触れられないと嘆く人々を見るたびに、「嗚呼、私の│大切なあのひとは大丈夫だろうか?」と思うのだ。


彼らを助けることが、間接的に『彼を』助けることになるとは分かっている。

それでも、私の口から汚い罵りが出てこないのは、何とか歯を食いしばっていなければ、│商売道具つえすら持てなくなるからだ。


「あの人を……」


高潔な精神なんて、初めて大仕事を終えて全身に走った痣に「汚い穢れだ」と唾をかけられたときに、すべて死んだ。


実際は、ローブから出た手首に消毒だといって熱湯をかけられたのだけれど。

まさか、いつも明るく接客してくれる食事処のおかみさんにそんなことをされるとは思わなくて、痛みより恐れの方が上回った。我々魔術払い師を汚いというくらいなら、知らず市民おまえらがつけている呪いの方が、よっぽど汚いだろうに。ろくな力も知識もないまま、よくそんなことを言えるものだと笑ってしまう。


今日も、せっかくできた妹弟子が、店の人間に魔術払い師だとバレて、商品を売ってもらえなかったと嘆いていた。


「あそこの石鹸、気に入っているのに、他の客にバレたら嫌だから、とっとと帰れって言われました……」


「たまに、魔術払い師だとバレた途端に、商品を投げつけられることがあるんですよねぇ」


「嗚呼、たまにいるよな。触れただけで呪われると思っている老害」


兄弟子も似たような経験があるらしく、そういうやつらにはわざと軽い呪いを残しておくらしい。魔術払い師といっても、何も片っ端から払うわけではない。生活には支障のない軽度の呪い程度なら残しておくのも珍しくはない。大抵、傘を持っていないときに限って大雨に振られたり、あと少しで馬車に乗り遅れたり。それこそ、妖精の悪戯程度なら放置する。


ましてや、別の払い師が残しておいたのをみて、「面白そうだったから」なんて理由で放置する方もいるのだから、我々が『陰険だ』なんだといわれるのもあながちはずれていない。むしろ、我々の助けがなければ困るだろうに、どうしてあんなに大きく出れるのか分からない。


「そうですねぇ。理解のある人の方が珍しいですからね。でも、そういう輩は決まって、ろくな知識もなく時代に遅れて新しい知識を得ることしかできないんです。可哀相な人たちなのですから、放っておきなさい」


「えー。でも、治療後に今後一切かかわるな!なんて言う爺さんとか見ると、腹が立ちません?」


「そんなの、死なない程度に魔術払いをおこなってから、軽度の呪いをかけてやればいいんですよ。あまりにひどすぎる相手なら、『私には態度の悪い人間治せない』と放置しておやりなさい」


「いやいや、そんなこと言えないですって」


「もちろん。死にかけてもえばり散らしている人間に、態度を正せなんて、わざわざ諭してやる訳がないでしょう?」


師匠が発した言葉に、弟子たちみんなでひきつった。

正直、師匠ほどの実力者がそんなことを言うと、真実『放っておかれた』人間のその後を想像せずにはいられない。師匠をお好きなはずのバスカさんですら引きつっているから、相当だと思う。


「我々は、大切な患者を助けるのに忙しいのですから。命を懸けて戦っている中、自ら死に向かうド阿呆どもにかける情けも魔力もないのですよ。ましてや、大事な弟子に熱湯をかけられてまで、助けてやる義理はありませんね」


そっと手首をなでられて、気まずさに手を引く。

ずいぶん昔のことだから、引きつる感覚はあるけれどなんてことはない。ここにいるみんな、優しすぎるのだ。


ある兄弟子は、熱湯をかけてきた女将の店を営業停止にさせた。

別の姉弟子は、国へ提出するため女将がやったのだという、証言と証拠を押さえてくれた。


―――そして師匠は、強力な呪いをかけられた女将の治療を拒否した。


「あのおばさんは、自業自得なのよ。うちのカンディアちゃんに怪我させるなんて、許せない」


「そうだぜ、いくら忌避されているからって、魔術払いなしでは生活できないんだし、俺らに世話になった人間もたくさんいる」


「みんながみんな、恩知らずな馬鹿じゃないってことよねー」


みんなの笑い声に、ちょっと安心した。

強力な呪いは、元々彼女の思い込みの激しさや、素行の悪さの被害にあった人間がかけたものだろうということだった。


呪いの中には、妖精がけかる天然のものと、人の感情からなるものがある。

妖精たちや身内からの好意から生まれるプラスのものは、主に『祝福』と呼ばれて喜ばれる。だけど、良かれと思ってかけられたものが、必ずしも本人のプラスになるとは限らないし、いろいろ難しいものなのだ。かと思えば、私にかけられた直接的な悪意まみれの呪いもあるのだから、自らの仕事の重要性に胸を張れるというものだ。

そんな風に、気分を持ち直した所で、その知らせはもたらされた。


「カンディアさん!お城から、急いできてほしいと、電報がありましたっ」


「えっ……」


「どうやら、大魔術師さまが倒れたから、来てほしいとのことです!」


私は、呼びに来てくれ弟弟子を置いて、杖を片手に走りだした。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






彼の部屋に入った途端、濃密な魔力に足が進まなかった。

どうやら、突然魔力の暴走を起こしそうになった彼が、本能的に結界を張ったらしい。職場から自身の部屋に瞬間移動してから、だれも足を踏み入れられないらしい。いくら自室とはいえ、城の一角に作られた魔術師用の部屋だ。誰も近づけないなんて異常事態と言えるだろう。


でも、幸か不幸か、私はずっと彼の魔力に触れてきた。

私ならできるだろうと、彼の周囲を説得して、何とか時間をもらうことができたのだ。


「また、こんなに無理して……」


これまで見たことがないほど汗をかいて、ベッドの上で胸をかきむしっている。

良くなじんだ妖精の気配に、すぐに杖を彼へとかざす。大した装飾もなされていないけれど、師匠からいただいたこの杖は、ちょっとやそっとでは折れることがない。兄弟子に言わせると、「杖を振り回したら家のレンガが欠けた」ということだから、なかなかの強度を誇るのだろう。


―――だというのに、彼に向けられた杖はミシミシと音を立てて、掴む腕を無視して上下に揺れている。杖が何とか逃げようとしているかのように見えるが、私の体だって彼の結界がなければ部屋の外に吹っ飛ばされていたかもしれない。


「や、めてくれ……」


「なに、いっまさら、おき、たの?」


「カンディア、顔に痣がっ」


「えっ……」


彼に言われた瞬間、血が口からごぽりとこぼれ出て驚いた。

元々あった胸をつぶされるような痛みは少し軽減したけれど、代わりにヒリヒリしたのどの痛みを感じてうまくしゃべれない。最近、一時的に楽だった体は、この部屋に近づいただけで重くなっていた。


だんだん、手足がうまく動かなくなってきて、さすがに死が頭をよぎる。


でも、ここでやめる訳にはいかない。

自分の手の甲にまで痣が広がり、簡単に結んだ髪は真っ黒になっていた。嗚呼、例の呪いが暴れているのだと、確信する。きっと、自分の状況からいって、これが最後のチャンスだろう。


「カンディア、やめっ」


「ごめん、いま、ちょっとよゆーないっから、後でね」


お願いだからやめてくれと、泣かれたってしょうがない。

たとえここでやめたとしても、お互いに助からないではないかと。どうせ私が助からないなら、彼だけでも助けたい。最後に、何とか呪いだけでも解かなければと、さらに力を籠める。


「お、っれは!あの時みたいに、守られてばかりなんて、いやなんだっ」


嗚呼、頭がぐらぐらしてうまく働かない。

彼がベッドの上から手を伸ばしてくるけれど、その手に触れる余裕もない。


「嗚呼……、どうか、どうか」


幸せになって、お願いだから。


こんな形で彼を失っては、私が何のために魔術払いになったか分からない。辛い修行も絶えたし、無理解な視線や対応にも何とか負けずにやってこれたのは、支えがあったからなのだ。まだ幼い時から、ろくに遊ぶこともなく修行してきたのだ。ここで結果を出さなければどこで出す。


自然と溢れてきた涙で視界はふさがれ、ふっと部屋の抵抗がなくなったところで私は意識を失った。






目が覚めると、体の痣は消えて髪は小麦みたいな明るい色に戻っていた。

こんな例は初めてだと師匠は興奮していたけれど、「体が安定するまでは、仕事は休ませます」という、彼の言葉で「それもそうですね。ゆっくり休んで『早く』戻ってきてください」と、いい笑顔を向けられた。


ただの幼馴染のはずの彼は、気づけば恋人になっていた。

散々、人生をかけて抗ってきた呪いは、何とか解くことができたらしい。あの妖精自体も、長年にわたって強力な呪いをかけ続けていたのだから、きっと弱ったのだろうということだ。また力を取り戻した時に、大人になった私たちが狙われることはないと師匠に言われたときは安心した。


きっと師匠なら、嬉々として研究に付き合ってくれるだろうけど、また同じようなことが起こらないとは限らない。第二の被害者を出さないためにも、我々の体験は事細かに検証することになった。


「さぁ、いまのカンディアにできることは、ゆっくり体を休めることだよ」


「はーい」


城にいた方が、看病もできるし安心だという彼の言葉で、私はお城の一室を間借りすることになった。魔術払い師も、魔術師の一種と言えなくもないし。女性魔術師用の部屋を借りているのだけれど、彼は仕事の合間にもこうして見舞いに来てくれている。



これまでにない、穏やかな日々に、そっと私は幸せな息をついた。





色々と、思うところがあって書かせていただいたのですが、気分を悪くされた方が居たら申し訳ありません。少しでも、頑張ってくれている方々に、感謝が伝わりますことを願って。



次話は、ちょっと口悪男子×彼氏大好き彼女のお話です。

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