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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
唯一無二のヒーローを目指す鼠
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ヒーローの休息

現代を舞台としていますが、ちょっとファンタジーテイストで、暗めです。



それは、雪が降りそうなすっきりしない、とある冬の曇り空のなか。

彼女はそっと、白い息をこぼした。怯えるように吐いた息は小さかったはずなのに、その存在を知らせるように空へと昇っていく。住宅街とはいえ、東京からは車で数時間かかる田舎では、恋人の姿を見つけるのはそう難しくはなかった。少し茶色がちな髪が肩にかかり、ロングコートの下からのぞく足は、あまりに頼りない。いつも当たり前にかわしている笑顔も凍り付いたようで、不自然な笑みはみていて痛々しく思えるものだった。


「みーが、居なくなったんだってね?」


確か、友人からもらい受けたという彼女の飼い猫は、雪のように真っ白だった。

雪が降ったら探しにくくなるだろうし、何よりぬくぬくと室内で甘やかされた飼い猫が、こんな冬空のなか生き残ることができるのかという不安もある。ひとり猫を探していると聞いて、大学の講義が終わってすぐ近所の公園まで来たはいいが、考えていたのとは違った展開に驚く。


小さく名前を呼ぶだけで、無闇に歩き回っていたりしない。

もしかしたら、心配のあまりボロボロ泣いているのではないかと心配していたが、考えていたよりは冷静らしい。猫を大切にしていたし、度々「みーったら、全然こっちのことを考えてくれなくて、酷いのよ」なんて憤って見せたりする。こんなにも仲の良かった様子を知っていたからこそ、もっと取り乱しているものと思い込んでいた。


時は一刻を争うというのに、うつむき立ちすくむ彼女は動こうとしない。


「どこに、行っちゃったんだろうな?」


俺の言葉に、かすかに震えたその横顔は、別段表情を変えることなくじっと動かない。

まるで動いたら猫が逃げていくといわんばかりの様子は、マフラーに半分顔をうずめているため、うまく意図を読み取ることができない。


公園の片隅で草むらをみつめる彼女は、まるで何か別の世界をのぞいているかのようで不安になる。


「・・・みー、」


雪華せっか、大丈夫だよ。きっとそのうちひょっこり出てくるって」


「ちがうっ、もう、あえない・・・」


「いや、そんな落ち込むなって」


「ちがっ、ちがう違うの、」


いったい、いつから外にいたのだろう。

たまたま俺は大学が終わってから連絡したけれど、その前から数時間も探していたのかもしれない。辛うじて太陽の恩恵を受けている程度の明るさは、雲にすら負けそうだ。今日一日大学にもいかず探し回っていたのだとしたら、風邪をひいてしまう。触れた手は驚くほど冷たくて、背中に添えた手にも熱らしいものは伝わってこない。


「ほら。もう少し探したら、家へ帰ろう?」


「・・・・・・」


「こんなに体が冷えていたんじゃ、雪華のほうが先にまいっちゃうよ」


いつも血色の良い頬が真っ白になり、唇の色も青ざめている。

元気な印象の強い彼女が、こんなに意気消沈しているなんて、本当に飼い猫を心配しているのだとこちらまで心配になってしまう。子どもの頃に読んでもらった絵本に倣っていえば、「きっとみーは異世界で、悪者と戦っているんだよ」なんていうことになるが、いくらこの辺が田舎だからと言って、本気でそんなことを信じている奴なんていない。じいちゃんやばあちゃん世代なら、神隠しの代わりに異世界召喚なんて言い出しかねないけれど、若い奴の間では単なる笑い話だ。


陽はどんどん傾いていく中ちらちらと白い姿を探すが、コンビニの袋やペットボトルが転がっているくらいで、猫一匹見つけられない。



もしも野良猫が居たら後を追うこともできただろうが、雪が降りそうな寒さの中では野良も、暖をとるため隠れているらしい。


「さぁ、もう行こう」


重い彼女の足はそれから、しばらく動くことはなかった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






来る日も来る日も、彼女は沈み込んだままだった。

たしかに飼い猫と仲は良かったが、そんなにも落ち込むのかというほど、悲嘆にくれているさまは見ていられなかった。口さがない友人などは、今テレビで話題の「異世界召喚ではないか」なんて言っていたけれど、あんな都市伝説にもならないようなものに例えるなんて、本当にデリカシーがない。何故か昔からこの地方では失踪者が多く、UFOに並んで異世界召喚は口にされてきた。


たしかに、突然消えた中学生が数年後見違えるような姿で戻ってきたという話はある。また、記憶喪失者が、「自分はこことは違った世界からやってきたのだ」なんていって、一部のオカルトファンを喜ばせたりしているらしい。だが、どれも決定的な証拠や証言などないし、当たり前のように身体的な変わった特徴もない。テレビに出て荒稼ぎ目的か、意識混濁が原因だと言われているが、どちらにせよ二、三年前に流行ったネタで茶化すなど、無神経すぎて距離を置いた。



あの日以降、彼女は時間が空けば猫を探し、大学にいるときは一瞬でも悲しみから引き戻せたらと、あの手この手を尽くしていた。


「ほら、これみーが好きだったおやつ、持ってきた」


「・・・それ、世界中の猫をメロメロにするやつだよ」


「うぉっ!なんか、えらい数の猫が寄ってきたんだけどっ」


「だから、にゃーるは猫用の麻薬みたいなもんだから」


「お、おい、中には、首輪つけてる奴もいるんだけど!」


こんな会話をしても、わずかに瞳を和らげるだけで、以前のような笑顔が浮かぶことがない。

「ただ、飼い猫が逃げただけ」そんな言葉を吐くには、あまりに焦燥した様子に不安をあおられる。わざとおどけてみても、気を使って笑うだけ。日増しに変わっていく様子を、眺めていることしかできないのが堪らなくもどかしかった。


「あと一度、会えさえすれば、別の道もあったかもしれないのに」


ぽつりと雪華がこぼした言葉の意味は分からず、きっと飼い猫は死期を悟ると死に場所を探すという、迷信を思い出したのだろうと、自らを無理やり納得させた。






一緒に公園で猫の群れに囲まれて以降、雪華は飼い猫探しをぱたりとやめた。

あんなに必死に探していたのに、その姿はあまりに違和感があってモヤモヤとしたものが胸につかえる。飼い猫のみーが消えてから、まるで雪華自身もどこかに行ってしまったようで、見えない不安が付きまとう。


大学からの帰り道、バス停へ向かう途中で、後ろから誰かに呼び止められた。

振りむいてみるとそこには雪華が笑っていて、「嗚呼、元気になったのか」と一歩踏み出したところで、そうではないのだと足を止める。


彼女の笑顔が好きだった。


それなのに、彼女はこれまでのように笑いながら、なぜか喉を不自然にふるわせた。泣き出す寸前のような震える吐息は、言葉になることなく曇り空へと吸い込まれていく。みるみるうちに瞳は水分量を増し、涙がこぼれるのではないかと伸ばしかけた手を、無言のまま拒絶された。その時に初めて、彼女が『何か』とんでもない決意をしたのだと察する。大学からほど近いはずなのに、周囲には誰もいない。そのせいで、不穏な言葉はまっすぐに届いた。


「・・・忘れてね」


何を、なんて問うまでもない。

きっと、ずっと探し続けていた飼い猫のことだろうと思うのに、ぐるぐると不安は渦を巻く。


「きっともう、二度と逢うことはできないと思うから」


仄暗い瞳は光を失い、砂利ばかりの道にそっと落とされる。

まるで目を合わせることに怯えたように、あわない視線がじれったい。


「もう、時間だから行かなきゃ」


「待って、もう少し諦めずに探してみよう?」


みーが消えてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしている。今までは、どうすれば諦めさせられるかばかり考えていたのに、現在はその真逆の思考にとらわれている。空はみるみる雲が広がり・・・嗚呼、雨が降りそうだとこんな時なのに心配になった。


「ううん、散々いろいろ方法を試してダメだったから、もういいの」


「いや、他にも何か、」


「ごめん、本当にもう時間がないから」


「そんな・・・」


「さようなら」


彼女のまっすぐすぎる瞳を見たのは、それが最後になってしまった。





魔王との戦いに敗れて、飛ばされた休息地。

相棒であるみーは、一足先に故郷へ戻ってしまった。

故郷を捨てられないことなど分かっていたのに、

彼との別れが、つらくてたまらない……。



ここまでお付き合い頂き、有難うございました。

お目汚しにはなりますが、活報の方に、後日談的なものを少し掲載しております。

少々雰囲気が変わるかもしれませんが、それでもよろしければご覧ください。



次話は、とある呪いに抗おうとする人達の話です。

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