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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
盲目的なハイカラ猪
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恐怖の軍曹




久しぶりに、この屋敷の主が帰宅した。

彼は国内でも、その強さと厳つい見た目から恐れられた男で、まだよちより歩きのころから父親に剣術を叩きこまれていたと噂されるほどの剣の使い手だった。今では国の軍を一挙に任された最高責任者なのだから、「儂の教育は間違っていなかった」と胸を張るお義父様の言葉も否定できない。

ごつごつした手は皮が固く、額から左の眉にかけて刀傷がある。こげ茶色の髪は短くサイドを刈り上げているのに、口元を覆う少し濃いめのもじゃ髭が清潔感とは彼を真逆に見せている。

そんな大男をみれば、普通の子どもは近づいただけで泣き叫ぶ。けれど、さすがに彼の息子は違うらしい。つたない足取りで寄ってきた子どもと、しゃがんで顔を合わせてみせる。


「そら、坊主。遠出したから、土産だぞ」


「あぃあとぉー」


「おう。まだちぃせぇのに、礼を言えて偉いな」


いかめしい顔をぐしゃりとゆがめて、嬉しそうな顔で軍曹は男の子の頭を撫でた。

どうやら彼は、仕事先でも可愛いひとり息子のことを忘れなかったらしい。以前、「ようやくつかまり立ちを始めた子どもには、乗馬は早い」と言ったからだろうか?軍曹が買ってきたのは、息子とさほど変わらない背丈の馬の形をした人形だった。


「おぅま、さー」


「そうだ、馬だ。お前のカカァが、まだ乗馬させるには早ぇってんでな。これを家の奴らに引っ張らせれば、ちったぁ遊べるだろう」


「やったぁー」


「…………」


楽しそうな軍曹と、嬉しそうな息子を前に何も言えずに口ごもる。

そもそも、一人で体を支えることも出来ない息子に、どうして乗馬を覚えさせる必要があるのか。あと半年もすればもっと歩みもしっかりするだろうし、体を鍛えるよりも礼儀作法を教える方がよっぽど有益だと思うのだけれど。

そんな訴えは、「なぁに。俺とお前の子だったら、多少問題が起こっても上手く乗り越えるだろうさ」なんて笑い飛ばされてしまった。


「それならば、乗馬だってすぐにできなくても、問題ないということになりますが?」


「んー?そりゃ、そうともいえるかもしれんがな。体力はあるに越したことはねぇし、貴族の作法だって、まったく筋肉がいらねぇ訳じゃないだろ?」


「そ、それは……」


「お前は作法を教えて、俺は生きる知恵を授ける。それで、いいじゃねぇか」


「……少なくとも、そんな火打石を持たせるのは早いですし、それが必要になる環境に晒す気もありません」


悔し紛れに口にした言葉の終着を思い出し、再度苦々しい気持ちが湧きおこる。

あの時だってこれまでだって、頭まで筋肉でできているとよばれる軍曹に、口で勝てたためしがないのはどうしたことか。これでも私は、貴族の間でも厳しいと評判の家庭教師に認められた数少ない教え子だというのに。

あの先生は軍人嫌いで有名な女性の先生で、今でもたまに顔を合わせると「わたくしの知識や技術を、すべて注いだ生徒があんな脳筋の馬鹿どもにもっていかれるとは……」なんて嘆かれる。


「政略結婚なんて今に始まったことではないし、軍人が手柄を上げて爵位を与えられるなど珍しくないのだから、諦めればよいのに」という本音は、憂いを秘めた微笑みでごまかしておいた。

私が口にできない代わりに行っているつもりかもしれないけれど、この件に関しては余計なお世話だと声高らかに主張したい。


それぞれの家で事情は違うし、財政難がなくても立場や風格の問題などいろいろあるのだ、

彼女は、そういった貴族としてのふるまいや歴史について教える立場だというのに、そういう各々の事情にまで頭が回らない所に、二流だと感じてしまう。


色々なことに関する愚痴を飲み込んで、私はそっとため息を吐いた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






心地よい陽気のなか、軍曹に連れられてピクニックにやってきた。

始め誘われた時は、まさかまた息子を必要以上に鍛え上げようとしているのではないかと警戒した。けれど、ふたを開けてみて拍子抜けした。



私は貴族の女性特有の、サイドサドルを使った横乗りでの同行となったが、別段気にする様子もなく軍曹は息子との相乗りを楽しんでいた。「馬に跨げない?ならお前は待っていろ」「いえ、小さな息子と離れるのは不安なので、今回は日を改めましょう」なんて会話をする予定だったのに、当てが外れた。息子は息子で、いくら馬を日ごろから見せていたとはいえ、怯えの一つも見せないとは何事なのか。




馬なんて獣臭いし、大きくて怯えると思ったのに。

家の馬はよく手入れされているうえに、とりわけ気性の優しい子を選んだようで逆に気に入ってしまったらしい。軍曹が「大事な仲間で、相棒なんだ」と嬉しそうに笑うから、つい馬たちにかける人手や、お金も多くなってしまったのが裏目に出たらしい。



もう少し怯えてくれれば、馬車での楽な移動になったのにと内心舌打ちする。

正直、最近の私は具合が良くない。シェフに特別に作らせた、ローストビーフのサンドイッチは胸焼けするし。何時もは好んで飲んでいる赤ワインも、ちょっと遠慮したい。

もそもそとデザートの木苺をつまんでいる横では、「もっと食べろ」と私の手にサンドイッチを親子そろって握らせてくるのだから困りものだ。


「どぉーぞ」


「ほら、坊主もこう言っているぞ。無くなる前に食え」


「いえ、ちょっと馬に酔ったようなので、遠慮しておきます」


「そうか?」と、渋々引き下がった二人の顔は、親子なんだと実感させられるものだった。

柔らかな風にあおられた息子の髪を、軽くなでてあげると、途端にまぶたが半分に下がった。


「おぅ、坊主がうとうとしてやがる」


「まぁ、移動しながらも、散々騒いでいましたからね」


握っているサンドイッチを小さな手から奪うと、そっと籠の中へと戻す。

少し嫌がる姿を見せたが、眠気には勝てなかったらしい。「とっておいてあげるから、起きたら食べなさい」と背中を撫でると、こくりと頷き敷物の上でくるりと丸まった。私のスカートをちょこんと掴んだまま眠る様に、愛おしさがこみあげてくる。


「―――なぁ、なんか最近おかしくないか?」


予想外の台詞に、ぎくりと肩が跳ねる。

目ざとい軍曹に問い詰められるかと、恐る恐る向けた視線の先には、予想外に眉を下げて情けない顔をさらす中年の男がいた。


「何ですか、その顔は」


何時も強気で恐れられている軍曹にそんな顔をされると、調子が狂うからやめてほしい。

そんな慣れない顔を向けられると、何か恐ろしいことが起きる前兆なのではと身構えてしまう。


「嫌そうな顔をするな。俺だって普通に妻の心配くらいするさ」


「心配、ですか?」


「嗚呼。最近顔色が悪いし、元々少ない食事量がさらに減っている。おまけに、好物だった赤ワインも避けているし、大して好きじゃなかった木苺ばかり食べていれば心配もする」


「…………」


想像以上に、軍曹は私のことを見ていたらしい。

忙しい彼と食事をするのなんて朝食くらいだし、晩酌にもあまり付き合わない。ひたすらお酌をするだけなのに、彼に好みを知られていたとは驚きだ。


ましてや、彼が好むからと一緒に食していたはずの木苺が苦手なことなど、これまで生家のシェフやメイドにすら指摘されたことはないというのに。口にできない事はないが、可能なら遠慮したい。そんな程度の好み、大人になってから隠せるようになっていた。


『貴族とは、貴族として、貴族たる者』


何度となく繰り返された言葉は、私の中に根をはり住み続けている。

淑女らしく振舞えないのなら、貴族として失格だ。貴女は庶民とは違うのだから、家のために尽くし死ぬべきだと。今でこそ、疑問に思わなくなった言葉だけれど、初めて庶民と自分との違いを知らされた時は抵抗感が強かった。


だって、自由に子どもたちが駆けまわっている時に、私はずっと机に向かって国の歴史やマナーについて教わっているのだ。羨んだことも、息苦しく感じたこともある。




それでも爆発せずにやってこれたのは、庶民とは違うのだというちっぽけな優越感と、貴族の子どもたちは当たり前に、似たような日々を過ごしているのだという間違った認識だった。


何せ、目の前にいる軍曹は、子どもの頃から市井の子どもに混じって剣を振り回していたのだ。礼儀作法も成長してからようやく学び。何だったら、未だ不完全な振る舞いに頭が痛くなる時もある。


どこの世界に、王妹にダンスに誘われて断るものがいるのか。

彼の家は軍人一家で、彼の母親は皇后さまの女性近衛騎士だったこともあるし、彼の妹自身も現在第三隊の副隊長を務めていると聞く。そんな血の気の多い家柄が災いしたのか、軍曹は礼儀知らずな一面がある。


「いくら俺の剣を捧げた陛下の妹でも、苦手なダンスなど踊りたくないです」


なんて、最低な断り文句をぶつけたこともあった。その後に向けられた王妹の厳しいまなざしは、恥をかかされた故か、きちんとしつけしろと言われているのか。とりあえず、本人ではなく隣にいた私を睨んでくるのだから理解できない。



ああ、こんなに苛々しているのも、胃がむかむかしてくる原因も、すべてわかっているけれど目の前の彼には言いたくはない。


心配なんてしてくれなくて結構だし、話したところで理解はできないだろう。


「んっっ」


「おい、大丈夫かっ!」


こみあげてきた吐き気を抑えて、下を向くよりはマシになるかと上げた顔に、恐ろしい顔が飛び込んできた。慌てて駆け寄ってきた軍曹の顔はあまりの険しく、「悪魔が魂を狩りに来たのか?」と思ったところで、ついぽろりと言葉が漏れた。


「こど、もが……できました」


「こども?」


「えぇ、坊やの弟か妹です」


ぽかんと開けた彼の口に、すっと木苺を一つ放りこむ。

反射のように口を閉じると、はっとしすごい勢いで口を動かし飲み込んだ。まるでリスが餌を食べるかのような勢いに、思わず可愛さを見出してしまった私の目は少しおかしいらしい。軍曹と同じ瞳の色を持つ息子ならまだしも、彼自身を可愛いなんて幻覚にしてもあり得ない。『大嫌いなみみずがコミカルに踊り、愛しくてしょうがなく思う』なんて展開ほどあるわけがない話だ。


「……い、いるのか?」


「人のお腹を指さして、大声を出さないでください」


息子もお腹の子もびっくりすると非難すると、慌てて自分の髭もじゃの口を覆った。

初めて会った時からこの人は、ずっとその髭を自慢そうにしていた。私から見ると、何がいいのか分からないけれど、彼なりのこだわりがあるらしい。下手をすると、朝起きて頭のセットよりよっぽど丁寧に管理している。


「なっ、なんでもっと早く言わないっ!」


「だって、男の子だったら争いの元で、女の子だったらごく潰しでしょう?」


いきなり立ち上がった軍曹は、思った以上に威圧的だ。

戦場では敵味方関係なく震え上がらせ、彼が通った惨状を見た者は『悪魔の戯れ』なんて表現をしたくなる程、的確に仕留める。そんな、軍人でも泣いて許しを乞いたくなるような眼差しを、こちらに向けないでいただきたい。


彼は一度、小さく息を吸い込んだかと思えば、大音量で怒鳴りつけてきた。


「俺たちの子に向かって、そんなこと誰が思うっ!」


「たとえあなたが思わなくても、周りは分かりませんよ」


「そんな事を言う奴は、俺が国から追放してやる!」


まるで、悪政を行う暴君のようだと呆れたところで、ちらりと眠る息子に目をやると再びすとんと腰を落とした。

こんな大声を出されても起きないなんて、大物だと感心していただけだったのだけれど。彼は無言で責めていると思ったらしい。先ほどより抑えた声で、口を開く。


「本当に、貴族や周囲で好き勝手なことを言う奴が出るかもしれないが、お前や子どもたちが気にする必要はない」


彼はきっと、その言葉のとおり私たちを守ってくれる気なのだろう。

けれど、見えない悪意というのは塞ぎようがないことを、私は嫌というほど知っていた。暴力を振るってくる者たちならば、いざとなれば捕まえればよいし、護衛を雇ったりも出来る。でも陰口や噂話というのは、悪趣味であればあるほど注目を集めやすく広がりやすい。


私たちが結婚した当初だって、散々言われてきたのだ。

最近でこそ落ち着いてきたからといって、次はどうなるかわからない。以前までは自分一人のことだったから耐えられた。でも、今は何にも代えがたいこの子たちがいるのだ。もしもこの子たちが傷つくようなことがあれば耐えられないし、追い込まれたら子どもたちを連れて何処かへ逃げようかとさえ思っていた。




幾ら恐れられている軍曹だって、この国ではそれなりに人気もある。

慕ってくる大半が男性とはいえ、女性からの贈り物だってちらほら見受けられるから、私の代わり位すぐに見つかるだろう。もっと若くて貴族然とした女性を娶れば、私なんかよりよっぽどうまくやれるかもしれない。


よその家を見れば、やれ隠し子だ妾だと騒がしいし、軍曹は少々手間が増えるかもしれないけれど、もっとうまくいくはずだ。そんな事を、やんわりと告げ「安心していい」と言ったのに、軍曹はめったに見ない悪魔のような顔をして肩を震わせている。まるで今にも切りかかってきそうな覇気に、思わずお腹と息子をかばった私は悪くないはずだ。


「どうして!……どうしてっ、次の子どもが生まれる幸せな報告と共に、離縁状を突き付けられなければならないんだ!」


「俺は、別れないからなっ」などと騒ぐ軍曹の考えが、ほとほとわからない。

元々恋愛結婚でもあるまいし、何か不足があるでもなしに。まぁ、息子のことは可愛がってくれているから、置いて行けという事なのかもしれないけれど、それこそありえない話だ。たとえ庶民以下の極貧生活に落ちるとしても、この子たちを奪われるなんて冗談じゃない。思わず眉を吊り上げる。


「絶対に、この子たちと離れませんよ」


「だから、どうして別れる前提で、話を進めてるんだお前は!俺からは、離れていいって言うのかっ?」


不思議なことを言う軍曹に、今度こそ首をかしげる。


「いざとなったら、軍曹は家や国を捨てられませんでしょう?私はこの子たちさえいれば、どこででも生きていけますから」


ぐっと詰まった彼に、ほれ見たことかと心で舌を出す。

そんななまっちょろい気持ちで、私からこの子たちを奪えると思わないでほしい。この子たちは、私がどんな手を使っても幸せにしてみせるのだと、決意を固くする。


「……だから、少しでもお前たちに悪意が向かないよう、今後己の振る舞いも気を付けるし、今まで以上にお前たちを大事にする」


「は、はぁ?」


「苦手な書類仕事だって早く終わらせて帰るし、すぐに手が出る癖も治すから、出ていくだなんていうな」


仏頂面の軍曹は、坊やが叱られて拗ねている顔と同じに見える。

第一、部下やいけすかない貴族と「拳で語り合っていた」という目撃証言は数あれど、私たちがその石よりかたい力に晒されたことはない。あってパーティーやお茶会のたびに嫌味を言われるくらいだから、ここで引き合いに出されても困る。


「それに、もしどうにもいかなくなった時は、俺がお前たちを連れてどこか遠くの国で暮らす。俺だけ除け者だなんて、酷いことを言うな」


「……王妹が、貴方と別れろと言ってきてます」


「王妹が?」


「えぇ。どうやら貴方を手に入れるために、色々裏で手を回しているようです」


「―――もしかして、狙われているのか?」


無言を肯定とみなした軍曹は、その名に恥じぬ恐ろしい形相をすとんとなくして一言つぶやいた。


()るか」


「……逃げられる確率が、限りなく減りそうなことを口にするのは、止めて頂けませんか?」


「そもそも、俺から逃れられると思っていることが、愚かしいと思わないか?」


息子と遊んでいる時のような笑顔でそういった彼は、想像以上に私たちを愛しているらしい。子どもたちを守るためなら、貴族も妻という座も捨てて良いと思っていたのに、思わず惜しくなって戸惑ってしまう。戸惑いついでに、「逃げようとしていたのは王妹からだ」ということも、伝え漏れてしまった。


「とりあえず、王を脅してでもあの女を黙らせるぞ」


「……『多少』暴れても構いませんが、貴方がドジを踏んだら、子どもたちを連れて出ていきます」


そんな事はさせない。お前もこの子たちも、必ず守るといった軍曹の顔は珍しく格好良くて、笑った。不思議そうに首をかしげるさまが幼くて、尚のこと笑いが込み上げる。私たちの間に流れた風は、陽にほてらされた顔を柔らかくなでていった。






それから二月程過ぎ、王妹が反逆罪で捕まった。

どうやら不当に私腹を肥やし、密猟に人身売買にと悪行を尽くしていたのだという。国を揺るがす大事件として、普段は配られない辺境地まで一面として新聞が配られ上に下にの大騒動だったと捕まり数日たってから聞いた。大変申し訳ないのだけれど、私はそのころ早産でしばらく寝込んでいたから、世間の話題に乗っている場合じゃなかったのだ。


寝込んでいた私が初めに見たのは可愛いわが子ではなく、心配のあまりびしょびしょと涙をこぼす軍曹の顔だった。正直、地獄の住人だってもう少しマシな顔をしていると思うのだけれど、さすがに空気を読んでそんな事は口にしなかった。


なんとか、かすれた声で子どもの安否を確認すると、幸い小さいながらも健康に問題はなかったらしい。恐る恐る、軍曹に抱きかかえて見せられた子どもは女の子で、「嗚呼、父親に似なくてよかった」と、安堵したことをここに記しておく。



数日、寝込んでいた私につきっきりだったらしい。彼は、目がくぼんでげっそりとし、別人かと思うほど覇気がなかった。数日飲まず食わずで、不眠不休だったとしても戦地を駆け抜けたといわれるのに、あまりに私の容態が思わしくないから、心配でたまらなかったと再び涙をこぼして泣かれてしまった。どうやら彼にとってみれば、王妹を処罰するより、出産に立ち会う方が辛かったらしい。


「だから、部屋の外でお待ちになってと、言いましたのに」


「いや、傍に居なければ奇襲にあった時に守れない」


「確かに出産のときは無防備になりますが、坊やのときだって立ち会わなかったんですし、何も無理しないでも……」


「お前があんな大変な思いをして生んでくれていたなんて、全然知らなかった」


涙をためる壺が馬鹿になってしまったのか、ボロボロと再び涙をこぼす彼に呆れてしまう。軍曹はしばらくの間、出産について聞かれるたびにうるうると目を潤ませるようになったが、賢明な周囲は彼をからかうことなどなく、そっと見守ってくれている。


このことから私に、『悪魔を泣かす、恐ろしい淑女』という呼び名が付いた件に関しては、頑として抗議していきたい所存である。





ここまでお付き合い頂き、有難うございました。

次話は、すれ違う貴族夫婦のお話です。

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