昼夜逆転 ~過去の記憶 前編~
こちらは、先に投稿した昼夜逆転のサイドストーリーで、前、後編に分けております。
……まさか、こちらの方がこんなに長くなるとは思わなんだ(汗)。少々テイストが変わりますが、よろしければお付き合いください。
それは、人間と獣人がまだ仲たがいしていた頃の話。
人間と獣人は互いに相容れることがなく、人数だけ多く非力な人間を獣人は嫌い、さまざまな能力にたけているくせに野蛮な獣人を人間は嫌った。
当時は、獣人たちの間でもそれぞれの修正を受け入れることが出来ず、交流こそあれど別々の国を作って共に生活することはなかった。比較的人間に対し友好的だった獣犬は、人間の国の隣に国をつくり。自由奔放で、細かい取り決めなどない獣猫たちは、大きな川を挟んだ人間国の向かいに国をつくった。そして唯一、「我々は群れを成すのが苦手だから」といって、獣鳥たちは、海に囲まれた小さな領地を自らの国とした。
数が多く領土は広けれど、獣人たちのように人間は生きられない。
数百年もしないうちに、人間たちは自らの領土の半分近く食いつぶし、他国を羨むようになった。寒い地域でも問題なく動け、長時間働き続けられる、その上空も飛べるとなれば、互いに細々ながら交易を結ぶ獣人たちの国にかなうはずがない。
次第に国は荒れ、初めは大きな一つの国だったというのに、人間の国は三等分され、獣人に友好的な者たちで集まり国をつくるようにまでなった。長く人間の国をまとめてきた王は、「あんな獣人に媚売る奴らは、追い出して領地を少しくれてやっただけのことだ」と息巻いて。もう一つの国は、「あまりに環境が悪く、税の徴収率も悪いから切り捨てただけのことだ」と鼻で笑った。
根強い獣人に対する差別はあるものの、こうして国が分かれれば獣人たちに歩み寄ろうとする人間もいる。現に、獣犬の国に接する領地をいただいた岩国は、徐々にだが獣人たちとの交易を始めた。
獣犬の国に接する土地は、水が少ないにもかかわらずすぐに栄えた。
何故なら、人間に友好的な一部の獣人が、労働力として土地の再生を手伝ったからだ。力があり頑丈な獣人たちは、砂漠化寸前の土地も活用した。
「元々、自国にも似たような土地があって、苦労をしたから」
なんていって、貴重な資源と引き換えに知識を授けたのだ。
その知識は、人間たちには到底思いつかないもので、五感が優れている彼らだからこそ、得られたものだと伝わっている。
「―――と、まぁ。こんな感じで、俺らの南側のお隣さんとは近年協力体制にあるが、北側の業突く張りとは、そりが合わないってこった」
「そんな事を言ったって、最近では友好関係を築こうかという岩国を放っておくわけにもいかないだろう」
確か、人間たちが付けた長ったらしい国名があったが、そんなものは一騎士でしかない俺たちにとっては取るに足らないものだった。
ニンゲン国を囲うように、獣人たちの国は作られた。なかでも獣犬の西側半分はニンゲン国の敵対国と接し、もう半分は友好的な岩国と接している。自分たちで岩ばかりの領土を切り捨てたくせに、いざそちらが栄えると面白くないのであろう。最近では「お前たちだけ抜け駆けして獣人の手を借りるなど」と、おおよそ我々には分からない理由でいちゃもんをつけられ、岩国もほとほと困っているらしい。
それはそうだ。自分たちが生きていくために、岩だらけで水も少ない土地をうまく使ったら、「ずるいっ」と詰め寄られたのだから。
しかし、数も多く歴史も長いニンゲン国には逆らえないらしく、岩国は度々獣犬国を訪れては、良い解決策がないかと泣きついて来ているらしい。
いまも、岩国招かれた獣犬国の王の護衛として、我々はやってきていた。
正直、人間嫌いの俺としては、そこかしこに敵の匂いが染みついているようで落ち着かない。見慣れない建物に、不便な家具。獣人のほうがガタイがいいのは分かっているが、宿屋も飲食店も使い勝手が悪いのはどうにかならないものなのか。だが、下手に武勲を立ててしまったのが悪かったのだろう。こうして王の身辺警護を任されるような仕事も、増えてしまった。
「おい、いくら人間が嫌いだからって、もう少し愛想よくしとかないと後が面倒だぞ」
先輩騎士の言葉は、もっともだと思う。
幾ら友好的な岩国でも、獣人に関する偏見がゼロな訳じゃないし、本能的な恐れはどうにもできないのだろう。廊下を行く人間たちが、ちらちらとこちらの耳や尻尾を注意深く見ているのは感じていた。
「そんなこと言ったって、あいつら無遠慮にじろじろ人のこと見やがって」
「いくら嫌でも、岩国にいる間は、どの獣人だと分かるようにする決まりだろう?」
「どんな獣人かなんて、匂いや動作ですぐ分かれってんだ。どうして、俺たちが子どもみたいに尻尾出してなきゃなんねぇんだ」
「おい、口調が荒くなっているぞ。第一、お前が怒りのあまり尻尾を動かすから余計に目立つんだろう」
「そんなこと言って、自分だって普段より顔が険しいぞ」
慌てて顔をベタベタ触りだした悪友は、これでいて優秀な男なのだ。
普段から穏やかで、人間嫌いの俺とは違って愛想も良い。そんな奴がこんな顔をしているのは、六年前の人間との戦いで、俺の家族が死んだのを知っているからだろう。
「本当につらいのはお前なのに、……ごめん」
眉をめいいっぱい下げて、耳まで力なくへたっている。
騎士として、それなりに鍛えている男だ。獣人の雌なら可愛く見えても、俺にしてみればそんな姿なんの利点もない。
「お前が愁傷になっても、可愛くもなんともねぇな」
「……イザァに、そっちの気がなくてよかったよ」
ボカリと殴ってきた力は、思いのほか強かった。
わざと殴られてやったのに、碌に手加減もしない奴にムカついて蹴りをいれる。
「お前たちっ、何をじゃれてるんだ!」
「「すみませんっ!」」
上官からの叱責をいただき、ぴしりと騎士の礼を取る。
この方は風下に立って、気配を消しつつやってくるのだからたちが悪い。他の同僚ならまだしも、自分の実力以上の存在にそんな事をされれば、気付けという方が無理だろう。
上官の耳はこちらを向いていて、それだけで機嫌が悪いのだと分かってしまう。何せこの方は番いを得たばかりで、本来であれば「国を出るなんてとんでもない」と断りたかったろう。それなのに、うちの王に無理やり指名されて岩国までやってきた方なのだ。
俺も番いを得ていないからはっきりとは知らないが、同僚の中でもこの上官に対する同情の声は多く挙がっていた。『番い』という存在は、それだけ特別なのであろう。いくら交流があるとはいえ、ずっと敵対している人間のいる国に愛しい番いを連れてこられるはずもなく、涙をのんだともっぱらの噂だ。
「―――私は、一秒でも早くデクセの元へ帰りたいんだ」
あたりの空気が、一瞬にして重くなった。
心なしか、息までしにくくなった気がする。騎士としては悔しい限りだが、本気で殺気を向けてくる上官を前に、軽い震えが抑えられない。遠くの方で警備している仲間が、呆れたまなざしを向けてくるのが横目に映る。
「聞いているのか、お前たちっ!」
「「はいっ」」
「もしも問題を起こして、この滞在が伸びようものなら……分かっているな?」
「はいっ、今後はこのような事が、ないように致します!」
「大変、申し訳ありませんでしたっ」
その後しばらくお叱りを受けると、上官は殺気をおさえて去って行った。
あまりに長くさらされた殺気は、一般人であれば気絶していたレベルだろう。どっと疲れた俺たちだったが、座り込むことなど許されない。気合いで踏ん張っていると、ふっと向かいの渡り廊下で、強烈にひかれる香りがした。
仰々しいドレス姿の女たちが、ぞろぞろ連れ立って歩いていく。
人間の女たちだったらしく、獣人には強すぎる香水をつけている。確か、別の国からも王族が来ているという話だったから、その一団なのだろう。普段なら、一刻も早く通り過ぎてほしい所だが、香水に混じって心惹かれるものがあった。この匂いは、いったいなんだろう?隣の悪友に聞いてみても、香水が強すぎて何にもわからなかったらしい。
「あんな強い臭い、わざわざ分析したくねぇよ」
「嗚呼。確かに大体は不快だったが、一つだけ気になる匂いがあったんだよ」
「何だそれ。獣人が好む香水でも、つけている奴がいたんじゃないか?」
「そうかな……?」
口では同意しつつも、絶対に違うと本能でわかる。
気になりつつも、憎い人間のことだし、再び上官に叱責を受けるのは御免こうむる。つい気配を追おうとする自らを律し、むりやり仕事に集中した。
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人間たちの岩国から帰還後、俺たちは休むことなく戦いに放り込まれた。
ニンゲン国はどうやら、国内でも小さな反乱がおこっているらしい。自国への反発をこれ以上強めないように、食糧や良質な土地を求めて攻め込もうとしているらしい。まぁそのすべては、我が国に侵入される未然で防げているが。
国境沿いにも腕に覚えのある獣犬騎士たちが控えているが、どうもあちらも必死らしい。
度重なる戦いの頻度も増え、王城に戻ってはまた別の国境沿いへ応援へと駆り出される。そんな事が数か月続けられると、いい加減に嫌気がさしたらしい。うちの上層部はとうとう、俺と悪友へニンゲン国への潜入捜査を命じた。
「―――なんで、上官が不参加なんだろうな」
「そんなの、何時もの『デクセ様病』に決まっているだろう?これで成果が上がれば、今までみたいに移動と闘いの日々から解放されるさ」
「嗚呼。俺だっていつまでも、機嫌最悪のあの方と野宿の日々なんて嫌だけどよ」
俺たちの上官は、本来人徳者で腕も確かだ。
けれど続く闘いの日々で、番いとの時間が減らされて機嫌も最悪だ。そんな方を司令塔として派遣できるはずもなく、俺たち二人なら王の覚えもめでたいし大丈夫だろうと判断された。
「さぁ、とっととこんな面倒な事終わらせて帰ろうぜ」
「そうだな」
獣人である俺たちが、人間ごときに後れを取るはずがない。
そんな風に、明らかに相手を甘く見過ぎていたと気付くのは、だいぶ痛い思いをしてからだった。