純粋な神様が堕ちる時
『彼の御方を愛しすぎた娘』の対になっております。
少々きつい表現をしていますので、お気を付け下さい。
あの娘を返せ、誰にもやらん
あれは俺のものだと言っているだろう
うるさい、黙れ
話を聞くのは、あの娘をこの腕に抱いてからだ
愛しいあの娘が地上へ行ってしまった。
最初は何故、そんなことになったのか理解できなかった。生まれたときから体が弱かったあの娘は、これまで創った神のだれよりも力が弱く気にかけていた。不器用なりに頑張っている姿が可愛らしくて、話しかけるたびに嬉しさを抑えきれないといった様子が愛おしかった。
それなのに、どうしていきなり彼女はここを去ってしまったのだろうか?
突然消えた彼女の気持ちを理解できず、さまざまな手を尽くしてきっかけとなった事柄を問いただした。どうやら得た情報によると、『あの娘が僕の傍にいると、僕にとって悪影響がある』と周りが騒ぎだしたせいであるらしい。
「どうして、突然あの娘はいなくなったんだい?」
「我らが主の害になると判断し、我々が排除しました」
さも『褒めてくれ』と言わんばかりに胸を張るやつらの愚かさに、呆れてしまう。
創造主である、僕の心配をする周囲の考えはわからないでもないが。彼女を僕から離れさせたのは許しがたい。こんな事は逆効果だ。彼女は僕の癒しなのだ。
大切な存在であるのに、訳の分からない理由をこじつけさせて僕から奪おうとするのはやめてほしい。怒りをひた隠し、僕は言葉をつづけた。
まずは、居場所を聞き出すのが先だ。罰を与えるのは後でもいい。
「へぇ…。何処へ行ったのかな?」
「もう二度と姿を現せぬよう、人間界に送ってやりました」
愛しいあの娘が地上に堕ちたのだという。
何よりも守るべき、高貴な僕を汚そうとしたのが罪状だという。馬鹿らしい事だ。
彼女という存在を得るまでは感じたこともなかった充足感。事あるごとに傍へ招きよせていたため、こんなにも離れているのは初めてだ。今すぐに触れられる距離に彼女がいないと知った時の、恐ろしいまでの飢餓感は計り知れない。
これが穢れているというのなら、人間など塵以下だ。
「―――そう、君たちのせいだったんだね」
あんなに懐いてくれていたし、大切にしていたのだから、彼女自身が望んで僕から逃げるわけがないと思っていたけれど、それを聞いて安心した。
きっと気が弱い彼女は。今頃怯えているだろう。早く迎えに行ってあげなければ。僕は目の前にいる奴らへにっこりと笑みを送り、罪状を述べる。
「えっ、なにを……」
「これは罰だよ」
僕は怒った。
聞きたいことを聞き出し、ようやく怒りを爆発させる。こんなにも怒りを感じるのは、存在してから初めてな程に頭に血が上り、すべてが煩わしく…且つ憎たらしく思えた。一度解放した怒りはエデンを飲み込み、自然豊かな楽園はがらりと姿を変えてしまう。彼女を僕から奪った奴らも、僕から簡単に離れた彼女へ対してまでも、怒りはとめどなくすべてを呑み込んでゆく。
周りの大馬鹿者たちは、すぐさま楽園から追放してやった。
僕の意思を無視して勝手なことをするやつらなど必要ない。かわりに僕は従順で、決して彼女を傷付けないだろう奴らを用意した。もちろん、僕たちが再び戻ってきたときに少しでも邪魔しないように教育してから。
「これで、二度と同じ過ちを繰り返さずに済む」
―――彼女を失った苦しみを、再び味わうなどごめんだ。
彼女へ対する怒りはもちろん消えることはない。
でも、それはどちらかと言えば、僕の元から簡単に去る決意をしたことであって可愛さ余ってという感情だった。…だから、彼女が二度と傷ついて『僕から離れる』などと愚かな考えが浮かばないように、細心の注意を払おうと考えたんだ。
大体、僕以外の奴が彼女をいじめていたなんて、本当に我慢できないんだよね。
「久しぶりに逢えたね。元気だったかい?」
「!っごめんなさい」
―――なのに…それなのに迎えに来た僕を見て、彼女は驚愕に顔を歪め、僕から走り逃げてしまった。
いつもと変わらず嬉しそうに駆け寄ってくる姿を予想していたのに、訳の分からない事を言った後に走り去っていく。あまりのことにしばらく動けなくなり、彼女の去る様子を黙って眺めてしまった。
「……どうして?」
どうして逃げられたのか、何を謝られたのか分からず彼女の背中を眺めていたのだが、次第にふつふつと怒りの感情が湧き起ってくるのを感じる。
愛しいあの娘は僕から逃げたから…。
癪に障ったので掴まえて、もう二度と勝手に離れないように天上に連れ帰り、地上との道を絶ってしまった。
「お世話になった人がいるから、挨拶したいんですっ」
「神である君を人間が敬うなんて、当たり前でしょ」
「私が神であると知らないのに、あの人たちは優しくしてくれたんです」
「そう…。でも、二度と会わすつもりはないから諦めて?」
「そんなっ!」
愛しいあの娘が僕を見ない。
だから嫌という程、彼女に対する愛と執着心を叩きつけた。体にも心にも、決して僕を忘れないように。何時までも僕を求め続けるようにと、願いをかけながら。
「愛しているよ」
―――きっとこれで、漸くみんな解ってくれることだろう。
この狂鬼は、元からこの胸で飼っていたのだと。
不快に感じる方がいらっしゃったらすみません。
知識が浅い私が語るのはお門違いかもしれませんが、悪魔と恋に堕ちるとかなら悪魔がその気になったら大丈夫な気がしますが、神様とは恋は出来ないだろうなーっと勝手に考えています。
愛なら大丈夫かもしれませんが、恋をしたなら博愛主義。また、異なるでしょうがフェミニストな人が相手なのは正直つらいですよね。
何より、周りが許さないのではないかと思います。優しさは心地よいから好まれるけれど、その人が欲や妬み憎しみを誰かに向けていたら、大概の人が嫌悪するのではないかと感じます。
次話は、旧華族の男性と少女の淡い恋物語になります。